第18話 好きとは?

「あったじゃない。恋のハプニングが」



ニコニコ顔の有理絵。


月曜のお弁当タイム。


あたしは、購買で買った焼きそばパンを頬張りながら言った。


「恋のハプニングぅ?ないよ、そんなの。ま、あたしがぶっ倒れるといった予想外のとんでもないハプニングはあったけどね」


「ねね、楽屋で桜庭と2人でなに話してたの?それとも……なんかあった?」


さとみがニヤニヤしながらあたしの顔を覗き込む。


「なにもあるわけないだろっ。あたしと桜庭は友達だぞ?そこんとこを忘れないように」


モグモグ。


2つ目のパンを食べ始めたら、さとみが嬉しそうに言った。


「でもさぁ、ひかるが倒れたおかげで、あたし初めて大谷くんとしゃべっちゃったぁ。彼ってけっこういいよねー」


うっとりしているさとみの横で、有理絵が真顔であたしに言った。


「でも、ホントにビックリしたよー。一緒にライブ観てるものだとばかり思ってたからさ。終わってひかる捜してたら、大谷くん達が来てくれて。『立花が倒れて楽屋で休んでる』って教えてくれてさー。まぁ、桜庭も一緒だから心配ないって言ってくれたから安心したけど」


「……めんぼくない。だって、あまりの熱気と驚きで、なんかプッチンしちゃってさ」


「ああ、桜庭でしょ?あたしもビックリしちゃった。バンドやってたなんて全然知らなかったよねぇ!でも、ちょーカッコよかった!ギターもすっごいうまいしさ」


そう言いながらミートボールを頬張る有理絵。


そうなの、そうなの。


「桜庭ずっとギターやってたみたい。ギターの話になるとすっごい楽しそうでさ。ホントにギターが大好きってカンジだったなぁ」


あたしがそう言うと、さとみが突然ピトッと寄ってきた。


「なんか。ひかるめっちゃ嬉しそう」


「え?嬉しそう?どこが?」


有理絵もうなずきながら身を乗り出してきた。


「ひかる。実際のところ、どうなの?ホントは桜庭のことちょっとはいいなって思ってるでしょ」


「まさしくそれ!!」


さとみがあたしの腕をガシッとつかみ、周りをちらっと見ると小声でこう言ったんだ。


「自分では気づいてないかもしれないけど。ひかるの中で、桜庭はちょっと特別な存在になってきてるんだと、あたしは思う」


え?


「あたしの中で桜庭が特別な存在?そんなことあるわけ……」


「だから。桜庭がステージの上でギター弾いてるのを見た時、倒れるほどビックリしたんじゃないの?」


え……?


「前にひかる言ったよね?桜庭と一緒にいる時は、健太といるのと同じみたいなカンジだって。でも、あたしは違うと思うなぁ」


ニコニコのさとみに続いて、有理絵がちょっとイタズラっぽい笑顔でこう言った。


「桜庭とひかるが一緒にいるのと、健太とひかるが一緒にいるのを見てても。なんか全然違うんだもん」


「違うって……?」


「なんていうか。空気が、違うの」



空気ーーーーーー?



「それと、すっごくいい顔してるの。桜庭と一緒にいる時のひかるって」


ドキ。


「いい顔って。な、なんだよ」


「すっごくカワイイ顔」


にっこりほほ笑む有理絵。


「な、なんだよ。それっ」


「あーあ。なんとかひかるにいい人見つかるようにあの手この手で……って思ってたけど。その必要もないみたい」


「ねぇー」


うなずき合う有理絵とさとみ。



ちょっと、ちょっと。


2人してなに言ってんだよ。


それじゃ、まるであたしが桜庭のことを好きだと言ってるみたいじゃん。


「いやいや。違うんだよ。そりゃ、あたしは桜庭のことは好きだよ?いいヤツだもん。最初は苦手だったけど」


あたしがケロッと言うと。


「だから、そういう好きじゃなくてさ。もっと、こう……『幸せー』みたいな気分になったりするじゃん?きゅんってしたり、ドキドキしたり。一緒にいたらさ」


「ーーーううん」


カク。


有理絵とさとみが揃って軽くずっこける。


きゅん?ドキドキ?


そもそもその『幸せー』みたいな気分ってなに?


どんなカンジなわけ?


あたしにゃわからん。


「まぁ、いいか。ひかるらしくて。でも、あたしは絶対2人のこと応援しちゃう。それに、最近ラブレターも告白もパッタリなくなったんじゃない?」


「そうなんだよ。だから嬉しくて、ホントに助かりんこだよぉー」


これも全部、桜庭との誤解のおかげだよね。


「そうだ、ひかる!この際だから、ついでに桜庭に勉強も教えてもらっちゃいなよっ!もうすぐテストだしさっ」


有理絵が目を輝かせて言ったので。


「ああ、うん。教えてもらうことにした。アイツ頭いいじゃん?助かるよな。これでピンチ脱出」


イェーイ。


ピースしたら。


「そうなのっ⁉︎」


2人ともガバッと身を乗り出してきてガシッとあたしの肩をつかんだの。


「な、なんだよ」


有理絵もさとみ興奮しちゃって。


「どこでっ?」


「ど、どこで……って。どおだろ。図書館とか?わかんないけど」


「2人っきりで?」


「2人っきりなんて。いや、まぁ確かに2人だけど。そんな大騒ぎすることでもないだろ」


ヒラヒラ手を振ったら。


「大騒ぎすることよ!すごくいい!その調子よ、ひかるっ」


なんて、盛大に拍手なんかしてる。


「なんだよそれ。あ、なんなら有理絵とさとみも一緒にどお?」


誘ってみたら。


ちっちっち。


有理絵が人差し指を横に振った。


「2人のプライベートレッスンを邪魔するほど、ヤボじゃないわよ」


「は?」


プライベートレッスンぅ?


「とにかく。ひかるは、赤点取らないようにしっかり桜庭に勉強教えてもらいなさい」


「お、おう」


とは、言ったものの。






「ーーーー完璧に勘違いしてるよな。有理絵もさとみも」



帰りのホームルームが終わったあと。


たまたま一緒に日直だったあたしと健太は、汚れた黒板消しをキレイにするために、廊下の隅に設置してあるクリーナーにかけに行ったの。


そこであたしがボソッと言った言葉に、健太がキョトンと聞き返してきた。


「勘違いって、なにが?」


「桜庭のこと。2人ともさぁ……。いや、景子もマヤも。みんなして、あたしが桜庭に……その、なんていうか。恋愛感情?的なものを抱いていると勘違いしてるんだよ」


パチ。


健太がスイッチを止めた。


「なんだって?」


「だからさー。噂とかじゃなくて、実はホントに好きなんじゃないかって。みんな勘違いしてるんだよ」


「好きって。誰が」


「あたしが」


「誰を?」


「桜庭を」


なんでかなぁ。


違うって言ってるのに。


あたしが首を傾げていると、健太が言った。


「そりゃ、おまえ。んなの、桜庭だって困るよなぁ」


なぬ?


「なんで困るんだよ」


健太ってば、あたしの肩を叩きながら。


「まぁ、おまえが惚れる惚れないとか。そういうガラじゃねーのは、オレがよーくわかってるぜ。桜庭だって、おまえみたいなうるさいヤツに万が一好かれたとしたってなぁ」


だって。


ちょっとちょっと、お兄さん。


今の言葉は、聞き捨てならないね。


「おい。あたしに好かれる相手は迷惑とでも言いたそうだな。そしてあたしが誰かに本気で惚れたりしちゃおかしいわけ?」


あたしがじと目で健太を見ると。


「なに、おまえ。もしかしてマジで好きなの?」


健太がちょっと驚いたように聞き返してきた。





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