第二十七話 講習大根3回目
東雲は少し黙り込んでいたが、またいつもの感じに戻ると顔を上げた。
さっき見せた表情は、もうない。いつもの平坦な声で言う。
「それで先輩。ダンジョンの恩恵、知ってます?」
「それが『DSS』だろ? なにかのホームページにくわしく載ってたが」
最初にダンジョンが確認されていたときから言われていたことだが、世間ではダンジョンができてからのダンジョンの3大メリットというのがあるらしい。
それが『ドロップ』、『スキル』、『ステータス』の3つだ。頭文字を取って『DSS』。
『ドロップ』は、もちろんドロップ品だ。ポーションはじめ、ダンジョンができてから、様々な謎の品が世間に流通するようになった。厄介なことに化学的な方面で解析できないものが多く、これを解明することを第一に掲げて勢力を伸ばす新興企業は多い。ダンジョンの恩恵として、一番に挙げられる部分だ。
そして、もう二つが『スキル』と『ステータス』だ。こちらはまだよくわかっていない事が多い。
『スキル』は、言ってみれば魔法のようなものらしい。ただ、その習得はかなり難しいらしく、ダンジョン内のドロップ品によるもの、なんだとか。滅多なことでは見つからず、そのドロップ品は数十万円とか、貴重なものだと億単位の値がつくのだとか。
ただそんなものだからか、世間一般にはあまり知られていない。少なくともオレは見たことがないし、動画サイトを漁ったが見つからなかった。
それよりよくわかっていないのが『ステータス』だ。なんでも、ダンジョン内での活動で、身体能力が伸びる、らしい。なんとかクエストとかのRPGにありそうな話なのだが、一種のレベルアップのようなものがあるんじゃないかというのが、世間では言われている。こちらもその仕組みはわかっていない。
「そうです。先輩もちゃんと知ってましたか」
「お前はオレをなんだと思ってるんだ…」
「流行に関心を持たない人ですね」
「あたってるけどさぁ…」
オレお前の先輩なんだが…。
後輩に敬意を持ってもらうのを求めるのは間違っているんだろうか?
オレが悶々としていると、東雲は話を戻すように、ちいさく咳払いをした。
「…まあ、その恩恵は、割と早い段階でわかっていたんです。それがダンジョンを早くに開放して、こんな流行になっている原因ですね」
実際、ダンジョンの恩恵はすさまじいものがある。オレはドロップの話しか知らないが、それだけ取ってもすごい。
例えばポーションだ。
当たり外れはあるが、当たればどんな怪我も病気も治る不思議なクスリ。
例えば鉄。
ドロップ品の中には、普通の鉄の剣がある。もちろんただの鉄だが、資源がないこの島国で、鉄が産出する。それだけでも群がるものはいる。ちなみにダンジョン採掘業者というのがいるくらいだ。
企業関係が盛り上がったのは、この部分が大きい。今までのこの国ではできない商売が可能になるのだ。あのときは週刊誌もビジネス誌も、全てこの話題一色だった。
どうも規制が厳しくできそうでできないのは、そういう『金のなる木』としての部分が多いらしい。まあ、言ってしまえば、規制したくてもできないのだとか。
「まあ、他にも色々事情はあるそうですけどね。ダンジョン庁も人手不足で管理が万全かって言うとそうでもないですし。そんなこんなで、ほとんどのダンジョンは開放されっぱなしってわけです」
「そんなんで大丈夫なのか?」
つまり管理なんてできてませんて事だ。
オレが言えば、東雲も悩ましそうに言う。
「…ダンジョン庁の職員て、元警官隊とか、元自衛隊員とかで構成されてて、結構なステータスとか、スキル持ちが多いんですよ。なんというか、文字通りの
「…どこもかしこもブラックだな」
なんでも、ダンジョン関係の何でも屋というのがダンジョン庁の実態らしい。例の統計はじめ、ダンジョン関係の厄介事が起こったら、日本国内のことは大抵ここに丸投げ状態なのだとか。気の毒に。
「そういえば、DSSっていうけど、あとの二つはよくわからないんだよな。そんなにすごいのか?」
なんだか世知辛くなってしまったが、それだけではDSSの説明は全てできたわけではない。
ドロップはよく知っているが、ほか二つ、スキルと、ステータスはよくわからないのだ。
すごいすごいという話こそ聞くものの、実際どうなのか、一般にはあまり知られていない。少なくとも、ニュースにはなっていなかったはずだ。
オレの言葉に、東雲は少し悩むように眉を寄せた。
「…そうですね。いつもなら、少し見せるんですけど…」
そう言ってウンウン唸っている。
「なにかあるのか?」
「あー、いえ、こっちの事情です…。そうですね。ちょっとまっててください。準備を忘れてました」
おもむろに立ち上がると、東雲はまた部屋の押し入れから、なにかを取り出す。
「…それは?」
「小太刀です。で、こっちが角材です」
いや、それは見ればわかる。
ただ、なぜそれを取り出した?
「…小太刀には、あんまり、いい思い出がないんだが?」
「昨日は幸子がすみません…。ただ、見てもらわないと…」
角材は畳の上でも立てられるように支えがついていた。それを少し離れたところに立てかける。
「ちょっと離れててください」
そう言って、東雲は小太刀を抜き放つ。
おい。
唖然とするオレを、東雲が目で促すのであわてて距離を取る。
東雲はまた部屋の真ん中においた角材から部屋の隅まで移動した。
なにするんだ?
「見ててくださいね」
なんとも言えない表情で見ているオレに、東雲はいうと、少し低くする。
次の瞬間、東雲が飛んだ。
「…は?」
正確には、それは一足飛びにジャンプしたのかもしれない。
かがんだ姿勢から、滑るように部屋の中央まで飛んだかと思うと、抜き打つように小太刀を振り抜く。
そして次の瞬間には、東雲は消えていた。
なにが起きたのかわからなかった。
ただ、さっきまで東雲が立っていた場所に彼女はいない。
ぽかんとしていると、ぽんと肩を叩かれる。
「…ある程度突き詰めると、こういう事ができます」
横を見れば、さっきまで部屋の真ん中にいた東雲が立っていた。
「…なにやったんだ?」
「これが『ステータス』の効果です。部屋の端から中央に移動、角材を切って、ここまで飛びました。見えましたか?」
「いや…」
角材を見れば、真ん中の辺りから一刀両断されていた。全く見えなかった。
何だそのバトルマンガみたいな動き。
呆然とするオレを、おずおずと何故か伺うように東雲が見てくる。
「…引きました?」
「いや、引きはしないが…」
なぜそこで引かれると思っているのかは知らないが、なるほど。
「…東雲、すごかったんだな」
普通の会社員だと思っていたら、後輩がスーパーマンだった。
なんだか、オレの知らないところで、社会は随分先に行っていたらしい。
これは色々認識を改めないといけないかもしれない。
「…まあ、ダンジョンで更に鍛えれば、こういう事もできますよって言う宣伝なんです。これ、一応カリキュラムとしてやらなくちゃいけなくて…」
「宣伝してどうするんだ…?」
「振興と、警告的なやつです。ほら、これでスポーツとかしたらすごそうでしょう?」
なぜかしどろもどろに、そんな説明をする。
内容はおぼつかなかったが、要約すると話はこうだ。
ダンジョン内で鍛えると、かなりの身体能力の向上が認められる。これが要するに『ステータス』というやつらしい。ゲームのキャラクターのように鍛えれば鍛えるだけ強くなる。
そして、大量に現れたダンジョン。もちろん管理は追いつかない。底に潜る大量の人々。その中には、一定のステータスを得る者たちが出てきてしまう。そうして人間離れした身体能力を持ってしまう人間が一定数でてしまった。強くなれば深度の深いところに潜り、それなりの稼ぎを得られるようになる。そして、そういう人ほど強くなるというループが出来上がってしまった。そして、いつもの国会のぐだぐだな議論が終わる頃には、規制なんてしたらそんな化け物じみた人々を相手にしなければならないなんて状況になったのだとか。
「まあ、そんなわけで規制をかけられずに今に至るわけです」
「なるほどな…」
間抜けな話だが、さもありなんと納得できてしまうのはどうなんだろう。
それにしてはそんな話全く聞かないのだが。
「外では基本的に色々法律制限があるんです。これ、見てください」
東雲は財布を取り出した。
ピンク色の、なんだか女の子が持つような可愛いらしい財布だ。
思わず凝視していると、東雲の眉が訝しげに顰められる。
「なにか?」
「…ああ、いや。なにを見てほしいって?」
東雲は少し首をかしげていたが、無言のまま財布から一枚のカードを取り出した。
一見それは免許証だ。だが、明らかに違うことが書いてある。
「『探索者免許A種』?」
「これが言っていた探索者免許の一つです。裏面見てください。…上から3行目くらいでしょうか?」
言われるがままに裏を見れば、そこはいつもの日本の身分証だ。びっしりと書かれた、読ませる気もない文字をたどっていけば、そこに気になる記述がある。
『ダンジョン外での能力仕様の禁止規約』
内容はよくあるタイプの難解な内容だが、要約すれば外では普通の一般人として過ごせというのを凄みを利かせた感じで書いてある。具体的に言うと、あまり派手なことをする人間は、資格剥奪の上問答無用で逮捕、拘禁されるらしい。これには、ネットでの拡散も含まれる。具体的な処置については、ダンジョン庁規約参照とのこと。
「なんだか、随分物騒なこと書いてあるな…。なんだ、このダンジョン協会規約って」
「破ると、ダンジョン庁が捕縛部隊を送ってきます。ちなみに免許の有無は関係ありません」
なんて?
オレは無言で東雲を見た。
東雲は真顔だ。
「日本だとあんまりないんですけど、海外だとスーパーマンの真似事してる人がいるんです。そういう人向けの規約ですね。しょっちゅう書き直されるんで困ってるんですが」
そんなことを、なんてことないように真顔で言う。
俺の知らない間に、世間は随分物騒になっていたらしい。
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