第二十二話 言い訳大根

「なにやってるんですか?」


 鉄と鉄がぶつかり合う、ひどく耳障りな音がした。

 ひどい金属音を至近距離で聞かされて、耳がキンキンする。

 音の原因にようやく目を向ければ、小太刀がオレの顔の真横まで迫っていた。


「…うお」


 目の前にギラつく刃を見て、今更後ろに倒れ込んでしまった。

 倒れ込んでよく見ると、その刃はオレの後ろから出てきたもう一本の小太刀によって受け止められている。

 

「…あらま、紀子、どうしたの?」


「こっちの台詞ですよ、何やってるんです?」


 オレの後ろから東雲の不機嫌そうな声が聞こえる。どうやら東雲が止めてくれたらしい。

 幸子は面白そうに笑っている。


「いや、だってうち、、よ? ここに来るくらいなんだもの。これくらいはしてもらわないと困るじゃない?」


「…だから、言ったでしょう? 先輩は、本当に、普通に来ただけなんですから、そういうのはやめてください」


「えー、でも紀子の場合そういうのがはじめてというか…」


「余計なことは言わないでください」


 瓶底眼鏡の底で、ギラリと東雲の目が光るのが見えた。

 それを見て、ようやく幸子が刃を引く。


「…わかった、わかった。そんなに怒らないでよ。ちょっとしたお遊びでしょう?」


「…あの、私はお遊びで殺されかけたんですか?」


 オレの上で喧嘩が始まりそうだ。

 自分でもびっくりするくらいガクガクする腕でようやく体を起こす。心臓がバクバクと嫌な脈を打ち、今頃冷や汗が溢れてくる。

 うわ、こけそう。

 起き上がるのに四苦八苦していると、東雲がさっと腕をとって支えてくれた。


「大丈夫ですか?」


「あ、ああ、すまん。腰が抜けた…」


 まさか、あんなものを見せられるとは思わなかった。

 よろよろと座り直すと、幸子が呆れたようなため息を付いていた。


「うーん、思ってた以上に動けなさそうですね?」


「…いきなり殺されかけて最初の台詞がそれかい?」


 随分散々なことを言ってくれる。

 オレが言えば、幸子はまたため息だ。

 大丈夫か、この女。


「…とりあえず話を聞いてみようと思ってきた初心者に、随分なご挨拶じゃないか?」


「まったくです」


 その一言とともに、スパン! と鋭い音が響く。

 今度はなんだ。


「…いった…! なにするの、おねーちゃん!」


「なにするの、じゃありませんよ全く」


 見れば幸子の後ろに、光子が仁王立ちで立っていた。

 その手には竹刀が握られている。


「…まったく、やっとまともな受講希望者が来てくれたのかなと思ったのに。あなたがそんなでどうするの?」


「えー、でも確かめたくない?」


「やり方を考えろって言ってる、の!」


 光子が振るった竹刀は、的確に幸子の頭を捉えていた。

 部屋中に響く竹刀の音。


「…すみません、土屋さん。大丈夫でしたか?」


 幸子がしゃがみこんで頭を押さえるのを一瞥もせず、光子はオレの方に向き直って頭を下げる。

 いや、大丈夫とかなんとかよりも。


「一体これはなんの騒ぎなんです?」


 来て、説明を受けていたと思ったら、殺されかけて、姉妹喧嘩が始まっていた。

 どういう状況だよ。

 

「…すみません、最近はまともな受講希望者が少なくて、困ってたんです。それで少し気が立ってまして」


「は、はあ…?」


 それって説明か?

 おれが困惑していると、光子さんが小さくため息をつく。


「…土屋さん、よく説明されずにいらっしゃったようですが、実はうちの道場、ダンジョン界隈では、それなりに名が通ってまして。結構人気なんですよ?」


「そ、そうなんですか?」


 検索しても出てこなかった気がするが…。

 オレが言えば、どうも一般には出回らない情報らしい。

 そこまで言って、光子は気まずそうに目をそらす。


「まあ、それで、なんです。ちょっとばかり、妙な人も多くて、ですね…。あの…」


 なんでも最近はその有名税のようなもので、奇妙な輩につきまとわれることが(要はストーカーだが)多く、それなんじゃないかと幸子は疑っていたらしい。

 最近は朝も夜も押しかけてきて、かなり参っていたそうだ。

 気持ちは分からなくもないが、そんなのと同類にしないで欲しい。

 光子の説明には納得したが、さすがに参った…。

 そこで言葉を切って、光子は東雲の方に目を向ける。オレもそっちを見れば、東雲が眉間にシワを寄せていた。

 どうした?


「…すみません、てっきり幸子は、またそういう輩なのかと思ったみたいでして」


「は、はあ…。そう、なのか?」


 何故か東雲がそんな説明してくる。

 こいつは一体何なんだ?


「…お前、さっきのアレはさすがに死んだと思ったんだけど、よく止められたな」


「…わたし、結構ダンジョン界隈だと強いほうなんですよ」


「…そ、そうなのか?」


 そんなこと、職場じゃ全く話題に出さなかったはずだが。

 後輩の新たな一面に驚いていると、その後輩がため息をつく。


「大丈夫です。私みたいなのはそんなにいません。石川さんとか、多部さんとか、会社の運動会でもあんなでしょう?」


「ああ、そういえばな…」


 石川と多部は会社の同僚だ。

 会社主催の運動会ではいつも順位はビリッケツも良いほうな連中だ。そういえば、アイツラでもダンジョン探索趣味だったか? 何かでそんな話を聞いたようなそうでもないような…。

 オレが二人の小太りな顔を思い出していると、東雲は手に持っていた小太刀を鞘に収めていう。


「それに先輩だって、わざわざここまでやりたいわけじゃないでしょう?」


「そりゃな、オレは初心者講習を受けに来たわけだからわざわざそんなとこまで行くきはないよ…」


 もともとオレはダンジョンの一般常識的なのと、あとは免許でも取れればよかったんだ。

 流石にさっきの斬撃みたいなのを受け止めたいわけじゃない。

 オレが言えば、東雲の瓶底眼鏡が光子の方に向く。

 

「…ということです。光子さん、普通の、ダンジョン講習で十分ですから。お願いしていいですか?」


 なぜか面白そうに俺たちの様子を見ていた光子は、クスリと小さく笑った、ように見えた気がした。


「…なにか?」


「いえ、そうでしたか…。あの、今更ですが、少しカリキュラムの説明をさせていただいても大丈夫ですか?」


「はあ、やっとですか…」


 なんでただ説明を受けに来ただけで、こんな大騒ぎに巻き込まれてるんだ?

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