第九話 世話大根

 跡追い人形は、器用に雑草を抜いていた。

 腰に力を入れ、足を踏ん張ってすぼっと抜く。

 素人だと、上半身だけでやろうとして、腰を痛めるあれだ。


「筋が良いね」


 人形相手に言うのもアレだが、見事なフォームだった。

 ここに生える雑草の種類をスマホに残しておいた画像で説明して、それを引き抜くよう頼んでみた。

 少し説明しただけだが、この人形はすぐ命令を理解してくれ、実践してくれる。どうやらオレは当たりを引いたらしい。

 オレが褒めると、人形はオレの顔をじっと見て首を傾げた。


「…オレの言ってること、わかる?」


 首をかしげる。

 これは話の内容がわからないってことか? 

 それとも意味がわからないってことか?


「マスター、普通魔物は褒めません」


 しばらく人形と首を傾げながら見つめ合っていると、キーファから声がかかる。見れば画面内でやれやれというポーズをしていた。

 

「普通褒めるだろ?」


「マスター、魔物は、基本的に作られたものです。消耗品のようなもの、とお考えください」


 なかなかすごいこと言うな、このスマホ。

 

「…そういう君も、その作られたものなんじゃないの?」


「はい。ですから私もまたそういうものです」


 それが当たり前。

 そんな風な言い方だ。

 改めて思うが、ブラックだなと思う。オレがおかしいのか、これ?


「褒められると嬉しくない?」


「嬉しいです」


 それも当たり前。

 なにもかも違うというわけでもないらしい。

 一応共感できるところがあるのは良いことだが、どうなんだろう?

 人間としての感性を求めるのも、なんか違う気がする。


「まあ、オレは人を褒めるのが好きなんだ。そういう方針てことで納得してくれないか?」


「とてもありがたいです。…やっぱりダンジョンやりません?」


「断るよ」


 そこまでしてやりたいものでもない。

 というか、ともに道連れにしようとしてるんだから、オレってかなり悪い主人なんじゃないか?

 

「それはマスターの選択です。マスターの選択を最大限尊重するのも我々の役目なので」


「…そうかい」


 それを一瞬でも哀れだ、と思うのは、オレの傲慢なんだろうな。そのおかげでオレは静かに色々終えられそうなのだし。

 

 静かな森で、人形にさつまいもの手入れ方法を教える。

 いかにもファンタジーな光景だ。

 だが人形はこのさつまいもの手入れだけで一生を終え、教えている方もあと数時間の命という予定だ。ひどいものだと思う。


 人形にのんびり教えながら、両親宛の一応の経過報告をスマホのメモ帳に起こす。どういうふうに死ぬのか知らないが、後始末は頼まないといけないだろう。スマホの遺書なんてサスペンスみたいだが、信用してくれるのを祈るしかない。書き終わった後で思った。


 仕事の方も、一応の引き継ぎはしないといけない。

 うちはもともと高級住宅向けの断熱材が主力商品だ。

 最近はダンジョン素材の火鼠の羽毛とかいうのを使う流行りに押され気味でほとんど仕事がないが、直近の取引に関しては一応後輩にお願いしておかないといけないだろう。

 一緒に仕事してたから心配はないだろうが、労力的には申し訳ない。ちなみに、畑のことを頼むのはこいつだ。

 これでよし。


「…それで、『跡追い人形』くん、どうだい? やり方は分かった?」


 オレがメールを終えて人形を見やると、彼女? は、また美しいフォームで雑草を引き抜いて、オレに見せてくる。

 どことなく獲物をとったぞとでも言いたげで、誇らしげだ。

 

「…すまないね」


 オレはこの子に残ったあとのことを、任そうとしているわけだ。

 正直、かなり人でなしなことをしようとしている自覚はある。

 オレの内心を知ってか知らずか、人形は相変わらず首を傾げる。オレが死んだらここの世話を頼むとは言ってあるのだが、意味がわかっているのか、ないのか?


「…服は、汚れないんだね」


 罪悪感がふつふつと湧いてくるのをごまかしたくて、目についたことを口にする。

 正直土いじりをするには向かない服でどうしようかと思ったが、どういう原理か服が汚れないらしい。

 それは良いんだが、あと半年、彼女にはここで生活してもらわないといけない。

 ふむ。


「キーファ、あと何時間だ?」


「あと2時間43分です」


 ここに来たときは昼前だったが、もうすぐ夕方だ。

 そして、オレの寿命が迫っている。

 

「…家がいるな」


 オレがそう言うと、また人形が首を傾げた。

 キーファが抗議の声を上げる。

 

「…マスター、それは甘やかし過ぎでは?」


「いや、福利厚生って大事だろ?」


 期間限定とはいえ、オレのために働いてくれるのだ。

 できるだけのことはしてやりたい。


「キーファ、できそうな機能はないかい?」


「おすすめできませんよ?」


 どうせ少ない命だ。できるだけのことはしてやりたい。

 オレが言えば、キーファはそう言いながらも画面を出してくれた。


「お手軽にできそうなのは、やっぱり領域設定か?」


「人形の家です。必要なマナは少なく済みますね」


 そっけなく、だがそれなりに丁寧にキーファは説明してくれる。

 あれはとにかくマナを食うが、小さい領域で済めばそこまでの問題ではない。

 人形はだいたい身長30センチくらい。畑のことを頼むやつが来たときに、鉢合わせないためにも、家、とまで言わないが格納庫的なものがあったほうが良いだろう。ダンジョンマスターが死ぬと廃墟のようになってしまうらしいが、半年くらい持つやつがあるはずだ。

 

「どうやるんだい?」


「私を、そうですね、見えるくらいのところに掲げてください」


 言われるがままキーファを掲げる。そういえばこの上から生えてる大根の葉っぱ、未だにしおれる様子もないな。

 キーファを掲げると、画面がまた切り替わる。まるで撮影モードのように、画面があたりの景色を映し出す。


「この状態で、領域を意識してください。そこを設定します」


「…本当に便利だな、キーファは」


「…恐縮です」

 

 どうやらキーファは本当に高性能なダンジョンコアらしい。

 オレみたいなマスターのところに来てしまったのが、本当に申し訳ない。


「…どこがいいかな?」


 キーファを掲げながら、周りを歩き回る。

 畑から少し離れれば、あっという間に藪の中だ。

 畑の周りはそれなりに整備したが、一歩藪に入ればほぼ手つかずだ。そこら中にちょうど良さそうな場所はある。

 人形もトテトテとオレの後ろをついてくる。


「…どこが良いか、なにか希望はある?」


 試しに人形に聞いてみると、コテンと首を傾げた。

 

「ふむ…」


 見たところ、山を歩くのに苦労している様子はない。

 本当にどういう仕組なんだか。

 だが、それはある意味ありがたい。

 畑をぐるりと回って、そのまま裏にある小さな丘の上に登る。その頂上は藪に囲われた、小さな広場があるのだ。

 

「ここだな」

 

 周りを見回して、一つうなずく。

 畑側からは藪で見えず、そして畑までは一直線に上り下りできる丁度いい場所だ。ついでに畑が一望できる。


「キーファ」


「はい、こんな感じでしょうか?」


 流石に残りポイントが厳しいのであまり範囲は設定できない。広場の中央をピンポイントで領域設定する。


「…なるほど」


 一回設定してしまえば、そこにできることが表示される。

 壁をつくったり、城を作ったり、イメージ画像が随分仰々しい。どうも、イメージをしてそれをマナで反映させる、という仕組みらしい。見ているとなかなか楽しそうだ。

 ただ、いま人形にしてやれること、となると、少なくなってしまう。

 オレがイメージすると、領域設定した地面からふわりと光が立ち上り、光が束ねられて形ができる。

 なかなか幻想的な光景だった。


「…こんなところか?」


 1メートル四方の中に、小さなログハウスができた。

 昔、友達の女の子の家にあった人形の家のイメージだ。

 中には小さなベッドがあるだけだが、今できる最大限の福利厚生だと思う。

 それ以前に飲まず食わずなところをなんとかしてやれとも思うが、オレにできるのはここまでなんだ。人形だからそのへんは勘弁してほしい。


「どうだい?」


 人形に聞いてみると、彼女はそのログハウスの前でぽかんとした様子で立ち尽くしていた。

 すこししてハッとすると、勢いよくドアを開けて、中に駆け込んでいった。


「…お疲れさまです」


 その様子に苦笑していると、キーファがねぎらいの声をかけてくれる。本当によくできたツールだ。


「うん、うまくいってよかったよ」


「…代償は大きいですがね」


 ため息とともに吐き出された言葉。それと同時に、残り時間が表示される。

 マナ残量11ポイント

 オレの寿命も、あと30分ちょっとだ。

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