第七話 カタログ大根

「ほほぉ…」


「マスター、本当にやるんですか?」


 画面を見て感心していると、キーファが心配そうに声を上げる。

 

「まあ、心配するな。そこまで無茶なものはしないから」


 安心させるように言ってやれば、スピーカーからため息の声が漏れた。


「ですが、私の今の保有マナ量では大したことはできませんよ?」


 そういうキーファの画面には、今できることの一覧表が出ていた。

 大別してできることは四つ。

 領域設定、魔物設定、罠設定、宝物設定。


 領域設定でダンジョンのエリアを設定し、そこに魔物設定や罠設定で魔物と罠を配置、後で宝物設定をすればいい、という流れ、らしい。

 これがマナが続く限りいくらでもできる。

 イメージとしては、街を作るゲームとか、ああいうやつだ。

 そして、思いの外燃費が悪い。

 

 人一人分のマナで、だいたい一日分の稼働マナが手に入る。

 ポイント換算になっていて、人間の平均が480くらい、らしい。

 そして1時間の稼働に20ポイント必要だ。

 1日480ポイント。つまり一日一人殺すのが最低ノルマだ。ただばらつきがあるからある程度以上は必要。稼働させるなら更にそれ以上。

 今動いているのは初期バッテリーのようなものらしい。そしてその残りが403ポイント。


「かなり厳しいな?」


 つまりダンジョンマスターになったら自転車操業で人を殺し続けないといけない。

 かなり難しい。


「ちゃんとやるなら、方法はありますが…」


「そうだね…」


 俺が死ぬつもりでも、キーファは話は聞いてくれるらしい。相変わらずグデっとなってはいるが。


 そう。ちゃんとやろうとすると、しっかり手段が用意されているのだ。ソシャゲのスターターパックのようなものだ。

 設定とは別枠で、名前は『魔物氾濫スタンピード』。必要マナは50ポイント。ワンタッチで発動できる。

 一時的に魔物を大量に呼び出して、周辺で大虐殺をおこしてマナをかっさらうというものだ。ドラゴンとか呼べるらしい。

 一度発動すると5万ポイント稼ぐまで止まらない。おそらく5万もあれば、最初の稼働資金としては十分だろう。そうすればしばらくの間命は安泰だ、というわけだ。


 なにせ、まともにやるにはマナポイントが大量にいる。

 たとえばダンジョンの範囲を設定する領域設定。こちらはかなりポイントを食う。1メートル四方を設定するのに5ポイント。オレの畑すら覆えない。

 魔物配置に至っては、定番のゴブリン一匹が100ポイント。そこからグレードが上がるたびに値上がりしていき、最高値はエンシェントドラゴン、12万ポイント。

 もちろんダンジョンの体裁を整えるには数がいる。しかしも、大半の魔物はダンジョン内から出られないらしい。


 つまり早急に領土を拡張して、魔物の配置、しかもそこからまともに稼働する段階まで持っていくには、大量のマナが必要なのだ。

 なんとか安くしようにも、ポイントの安いものだと、それこそ落とし穴とか、子供のイタズラレベルだ。それでも20ポイント。

 しかも罠は領域設定でポイントを消費した上で、その中でしか設置できない。

  

 とにかくなんでもマナマナマナ。

 なにをするにもマナ量がものをいうのだ。


 つまりこの製作者は、楽をしたければさっさとスターターパックを動かせと言っているのだ。多分死にたくなければ一番お手軽な方法だ。そうすれば、あとは立派な人類の敵になれるというわけだ。

 

「君らを作ったやつは悪魔か何かか?」


「さあ、私達も自分の成り立ちはわかりませんので…」


 ダンジョン内ならいくらでも好き放題できるという餌。

 お手軽に稼げる方法。

 そして早くしないと時間がなくなるという時間制限。

 さあ、君もワンタッチで今日から悪役だ、というわけだ。


 まあ、それを諦めたオレには関係ない話だけど。


「ちなみになんだが、俺たちが死ぬと、ダンジョンはどうなるんだ?」


「ある程度は残りますが、徐々に崩れていきます。最終的には廃墟になるでしょう」


 ダンジョン内で生み出した魔物とかも、機能を停止するんだとか。

 それ以降は野良の魔物が住み着いたりするのだそうだ。

 成り立ちはともかく、それ以降はただの廃墟になるのは人間の建物と変わらないらしい。


「そうなると魔物を呼び出して、畑の世話をしてもらうっていうのはだめかな?」


「おそらく、私達がいなくなれば、すぐに死んでしまいます」


 どうせ世話するやつがいなくなれば荒れるだけだ。

 なら世話してくれるやつでも呼び出せば、と思ったんだが、そうそううまくはいかないらしい。

 殆どの魔物は、ダンジョンがなくなると死に絶えるのだとか。

 

「そうなると、このさつまいもをどうするか?」


 植えたばかりのさつまいも。

 流石にこれ全てを腐らせるのは少々まずい。

 おそらく放っておいてもある程度は育ってくれるのだが、それを食うのはイノシシやシカだ。

 下手に人間の食べ物の味を覚えさせると、あとあとでこの周りの畑を荒らし始めるだろう。


「なら、潰してしまうのはいかがですか?」


 キーファが投げやり気味に言ってくる。

 そう、それが一番簡単な方法なんだ。

 が。


「石田さんに約束しちゃってるんだよな…」


 石田さんは去年の冬から始めた焼き芋屋だ。

 早期退職したとかで、手慰みを探していたらしい。それで冬の間に焼き芋屋をやってみようと思ったんだとか。

 取引先になってくれるレベルの農家を探すのは結構難しい。どこも大なり小なり気難しく、なにかしら小難しいしがらみを抱えている。

 そんなふうにあちこち断られ、最終的にオレの所まで来た人だ。

 オレは値段をつけてくれればどこにでも卸すので、かなり感謝された覚えがある。

 石田さんはまだ他のさつまいも農家を見つけられていなかったはずだ。オレの畑がだめになると、今年の冬の焼き芋屋は厳しいだろう。


 そうなると、潰すという選択肢はない。

 

「なにか、ないものか」


 最悪、今年いっぱい乗り切れば良いのだ。

 石田さんには来年は別の農家を探してもらうしかないが、少なくとも1年半近い猶予はできるだろう。


 つまり今年の冬まで、誰か面倒を見てくれれば良い。

 それくらい頼める知り合いがいればいいが、ばあちゃんは車を持っていないし、両親は無理。友達連中も群馬の山奥までは来たがらないだろう。

 群馬? 田舎だねと言われたのはいまだに覚えている。

 ならこのダンジョン関連にワンチャンかけるしかない。

 そんな気持ちで、ひたすら画面を下っていく。

 

 最初は安いポイント順で探していたが、必要ポイントと効果に違いがありすぎて、検索するのも大変だ。

 領域指定が五ポイントなのに、同じ五ポイントで無限水源が作れるのだ。何だこの効果の差。思わず畑に便利そうで見てしまった。この畑は近くの川から水をくんできているのだ。作ったときにポンプを引いたりかなり大事に鳴った。あればいかにありがたかったか。

 

 宝物設定系は一番安いが、こちらは効果量がおかしい。

 宝石が100ポイントで、同じ100ポイントで振れば山を割るとかいう聖剣が作れたり、蘇生薬というなんと死人を蘇らせられるという薬が20ポイントになったりしている。

 なんというか、中身を見ないとよくわからない。しかもピーキー過ぎて、少なくともオレの畑の面倒を見てくれそうなものはない。

 

 つまりポイントと効果量はイコールではないらしい。

 キーファは内容を把握していないので、自分の目が頼りだ。

 そして時間をかければかけるだけ、使えるポイントが少なくなるのだ。できる限り急いで目を通す。

 

 そうして探してほとんど最後まで行ったとき、ようやくオレは欲しかったものを見つけた。


「これか…」


 それは魔物設定の項目の、一番下の方にあった。

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