モフ愛強めの女子高生が獣使いになったら最強だった ~猫とまったりもふもふライフを目指します~
羽田宇佐
獣使いの愛は怖い
第1話 私、匍匐前進をする
獣使いとは、触れた動物を魅了することができる能力を持つ者のことだ。
だが、現実は非情だ。
私は今、動物を魅了するどころか拒否されている。
林檎の木の下、手懐けようとしたはずの灰色の猫は私に近寄らず、逃げていくばかり。私は制服のままべたりと地面に這いつくばり、猫なで声を出し続けている。
「大丈夫、何もしないよー。怖くないから、隠れてないで出ておいでー。ちょっとだけ、本当にちょっとだけ撫でたいだけだから、出ておいで。ねこちゃーん」
私、ずりずりと匍匐前進をする。
猫、ずりずりと後退していく。
結果、距離は縮まらず、灰色猫ちゃんはにゃあにゃあ言いながら猛ダッシュで逃げていく。
「また逃げられた」
ちくちくと雑草が頬を刺してくる地面の上、私は力尽きる。林檎の木が根を張る大地に、匍匐前進をやめた手足が張り付く。
「リナ、それ楽しい?」
頭の上から明るい声が降ってきて、顔を上げる。
私のことを瀬利奈と呼ばずにリナと呼ぶ彼女は、我が愛猫の乙女だ。
茶色っぽいふわふわとした長い髪に、ぱっちりとした目。
高二の私と同じくらいかちょっと下くらいで、並んで歩くのが恐れ多いくらい綺麗な女の子。
そう、彼女は猫だけれど人間なのだ。
私が今いる場所、地球とは繋がっているけれど地球ではない異世界“猫の国”には人間に変身できる猫がいる。乙女もその一匹で、今は私と同じブレザーにスカートを身に纏って人間の姿をしている。
「面白そうに見える?」
私は、這いつくばったまま答える。
「うん」
弾むような返事が聞こえた次の瞬間、結構な勢いで背中に乙女が乗ってくる。愛し合う恋人同士のように地面とくっついているお腹が圧迫されて、私は「ぐえっ」と情けない声を出した。
「いつになったら、リナの最強の力が見られるの?」
背中の上、乙女が私の髪をいじりながら聞いてくる。
「いつだろうねえ」
私は、ため息交じりに答える
猫の国の“猫編集部”のアルバイトである私は、編集長に最強の獣使いだと言われた。
『お前ならどんな動物も、どんな強情な奴も虜にすることができる。誰だって、お前に協力する』
というのは、編集長の言葉だ。
触ることができれば最強。
それが私らしい。
だが、そのとき編集長は知らなかった。
そして、そのとき私は忘れていた。
私が触ろうとする動物は、九十五パーセントくらいの確率で逃げていくことを。
どういうわけか、私は動物に好かれない。
私自身は、全財産を差し出して「撫でさせてください」と動物に土下座をするくらいの動物好きだ。でも、動物は私を見ると逃げていく。猫も犬も、うさぎも。過去に様々な動物たちが私の前から逃げていった。
触れば魅了できない動物はいないと言っても、触れないのだからどうしようもない。
「あのさあ、乙女。さっきの猫、なんて言ってたの?」
「気持ち悪いって」
「……またか」
「妖しいオーラが出てて、なんか変なことされそうで怖いって」
誤解だ。
変なことはしない。
ちょっと撫でさせて欲しいだけなのに。
「私って、そんなに変なことしそうに見える?」
「変っていうか。リナ、好き好きオーラが強すぎてたまに怖い」
自分が動物から敬遠される理由を愛猫から明かされ、私はさらに地面と仲良くなる。
つらい。
飼い猫にまで怖がられるなんてつらすぎる。
こんなにも動物を、猫を愛しているのに。
私は雑草にべたりと頬をつけ、ちくちくとする痛みに耐える。
起き上がる気力すらなかった。
頭に生えた“猫耳”もぺたりと倒す。
穏やかな風がさわさわと耳を撫でる。
この国では、本物の人間と猫が変身した人間を区別するために人間の方にだけ猫耳が生える。人間の耳と引き換えにした猫耳は普段よりも音がよく聞こえ、何度かこの姿を経験しているにも関わらず未だに慣れなかった。
「でも、わたしはリナのこと好きだよ。他の猫が逃げても、わたしは逃げないからね」
「ありがと」
乙女の声が優しくて、少しだけ力が戻る。
「乙女、降りて。もう一回やってみる」
背中の上に声をかけて立ち上がり、泥だらけの制服をぱんぱんと叩く。隣を見ると、乙女も私の真似をするように制服の泥を払っていた。
乙女はゴージャスな猫“メインクーン”が変身した人間だけあって、童話に出てくるお姫様のような容姿をしている。私とは、髪が長いくらいしか共通点がない。ペットは飼い主に似るなんて話もあるけれど、乙女に限って言えばそんなことはなくて良かった。
私によく似た女の子になるよりも、綺麗な女の子になってくれる方が嬉しい。
「どうしたの?」
視線に気がついたらしい乙女が不思議そうにこちらを見る。
「どうもしない」
私はにやける口元を引き締めて、辺りを見回す。
林檎の木が何本かあるけれど、高い建物なんてないから視界は良好。すぐに、十メートルほど離れた場所に縞三毛猫を見つける。
「わたしが先に行って、触らせてって頼んでこようか?」
小さな声で、猫を驚かせないように乙女が言う。
私は猫の姿をしている猫とは話せないが、乙女は猫語がわかる。だから、乙女が猫に触らせてくれと頼むこともできるが、それはちょっとずるい。
「自分でやるよ。自分の力で猫を撫でたいもん」
私は一歩、二歩、三歩と猫に近づいていく。
「大丈夫、怖くないよ。怖くないからね。おねーさんは猫が好きだからね。だーいすきだからね。変なことはしないから、安心だよぉ」
優しく声をかけながら、挙動不審にならないように。
少しずつ、ゆっくりと、こっそりと距離を詰める。
猫を愛しているという気持ちは抑えて、猫さん好きくらいに留めて気配を消して。緩やかに近づいたはずだった。
「ああっ? なんで逃げるのっ!?」
あと三メートルほどという距離。
猫はびくりと体を震わせたかと思うと一目散に逃げ出し、常春の大地に私とリナが残された。
私の声は北海道より少しばかり小さな猫の国に空しく響き、優しい風が私の髪を揺らす。春しかない国の柔らかな風は普通なら心を癒やしてくれそうなものだけれど、今は私を悲しみのどん底に蹴り落とし、踏みつける効果しかない。
「やっぱり、私が通訳して猫に頼んでこようか? このままじゃ、猫にお話聞けないもん」
編集長からの依頼は、獣使いの力を使って猫の話を聞くこと。
確かに、このままじゃ仕事ができない。
「そうだけど、そうなんだけど、自分の力で触りたい」
力なく宣言して、私は座り込む。
青々とした雑草が足をつんつんと刺してくるが、立ち上がれない。
「でも、リナ。今の子で十五匹目だよ。まだやるの?」
「……今日は帰る」
獣使いの能力を発揮したい。
でも、今日はこれ以上やっても無駄な気がする。
私はため息をつきながら、ぽかりと雲が浮かぶ青空を見上げる。
ここは、佐々木さんちと住田さんちの玄関の前を通って道路の向こう側、猫専門トリミング店の奥の奥。我が家から徒歩十五分の場所、猫たちが住む異世界“猫の国”。
私はこの猫の国で可愛い猫に囲まれ、猫をもふもふしながら楽しくアルバイトをするはずだったのだが、何をどう間違えたのか“獣使い”になっていた。
時をさかのぼること、今から二週間前。
猫編集部のスカウトを受け、本作りのお手伝いを始めたことが事の発端だった。
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