第60話ボスとバトルします。前編
――魔族、それは俺たちの住む大陸の外側、大海の彼方、魔界に呼ばれる場所に住む一族である。
人類の歴史に時折現れては大きな爪痕を残しては気まぐれに姿を消す、そんな災害のような存在だ。
最近では三十年以上前に出現し、時の大魔術師が大軍を率いて立ち向かった。
激しい戦いの末なんとか撃退したがその魔術師は死に、軍も半壊、国が幾つも滅びたとか。
当時の事を記した書には確かこう書かれている。
「――魔人を従え、高い魔力と強靭な肉体を持ち、凄まじい力を振るう存在……だっけ? つまり魔人は魔族の部下なのか?」
「ハッ、馬鹿言っちゃいけませんぜ。俺たちは奴らにとってはただの奴隷。いや、家畜みたいなもんでさ。この大陸にいる魔人は殆ど向こうから逃げて来た連中ですよ。俺も含めてね」
吐き捨てるように言うグリモ。
「魔人には一級から十級までの格がありやす。ちなみに俺は三級でパズズは八級。格の違いはそのまま戦闘力の違いとなる。……ですが、魔族はそこから更に外れた存在だ。一級の魔人を百人集めたって、魔族には手も足も出やしねぇ。言うなれば魔人は平民、魔族は王侯貴族って感じでさ。数は少ないが圧倒的な力を持つ連中です。如何にロイド様と言えど分が悪すぎますぜ……」
ほうほう、グリモにそこまで言わしめる連中なのか。
魔族というくらいだから何かすごい技の一つや二つ隠し持ってるんだろうな。
なんだか面白そうじゃないか。
「なんかすごいワクワクしてやせん!?」
「そ、そうか?」
グリモが突っ込んでくる。
そんな顔をしていたのだろうか。……していたかもしれない。
「とにかく奴はヤバいんですよ! 早く逃げた方がいい!」
「おやおや、妙な気配がすると思えば……キミは魔人をその身に宿しているのかい? しかも支配されているわけではなく、逆に使役しているようだ。全く情けない魔人だな。同じ魔界の身として恥ずかしい限りだよ」
奴が呟きながら、階段から降りてくる。
「お前の名は?」
「ふむ……いいだろう。キミはただの豚ではなさそうだ。僕の名を聞く権利がある。僕の名はギザルム=レーイル=ヴァルヘンヴァッハ。そこの魔人が言っていた通り、誇り高き魔族だよ」
「誇り高き、ねぇ。無思慮に人を見下す者は自分に自信がない証拠だ。空っぽの器で自尊心だけが肥大化している。真に誇り高き者は身分が下の者であろうと、見下したりはしないものだよ。……ちなみにこれ、ウチの教育方針ね」
シルファにはよく言いつけられたものである。
まぁ前世では平民だったので、もともと人を見下すなんてのはした事ないけど。
俺の言葉にギザルムは口角を歪に釣り上げた。
「……言うじゃないか。いいだろう。今、キミには僕を楽しませる義務が生じた。やりたいようにさせてもらうが――簡単には死んでくれるなよ?」
ギザルムは、すぅと指先を持ち上げる。
なんだろう。あの指先、妙な感じがする。
目を凝らすとギザルムの指先が黒く輝いているのが見えた。
瞬間、黒い光が俺の胸元へと伸びる。
何かの攻撃!? だが魔力障壁が自動展開され――ない!?
本来であればあらゆる攻撃に反応し、即座に魔力障壁を展開するはず。
にもかかわらずそれに一切引っかからないとは、一体どんな理屈なのだろうか。
一瞬受けてみたい衝動に駆られるが、すぐ後ろに魔人が身体を乗っ取った兵士がいるのに気づく。
よし、こいつに受けてもらうとしよう。ひょいっとな。
「ぐぎゃあ!?」
黒い光が兵士の胸を貫いた。
びくんと身体を震わせると、兵士は倒れて動かなくなる。
「……死んだのか?」
ちょんちょんと足で蹴ってみるが、やはり動かない。
試しに『鑑定』で見てみると、外傷や出血などはなく、心臓のみが綺麗に止まっていた。
「魔人が入っているとはいえベースは人間、本体が死ねば魔人も命を落としやすぜ」
むぅ、部下を殺すとはなんて奴だ。
まぁ俺が避けたというものあるが。
「それは置いといて……今の攻撃、ただ魔力を撃ち出しただけに見えたが」
「えぇ、その通りでさ。魔族ってのは大気中に存在する魔力を念じるだけで自在に操る……恐らく『死ね』とでも念じたんでしょうな」
つまりは術式を介さずそのまま現象を引き起こす能力。
タリアの自傷によるダメージやクロウの呪言、レンの毒霧を魔力障壁で防げないのは、術式によってこの世界に顕現したものではないからだ。
魔力を水に例えるならば魔力障壁はザルのようなもの。形あるものは受け止めれても、水のままでは素通りしてしまう。
「なるほど、つまりギザルムの操る魔力はレンたちの能力の強化版とでも言ったところか」
「何……?」
俺の言葉にギザルムが反応する。
「今、聞き捨てならぬ言葉が聞こえたが……僕の力とそこらの豚どもの力が同じだと?」
「違うのか?」
「全く違うっ!」
先刻までの穏やかな口調はどこへやら、ギザルムはいきなり激昂した。
「これは誇り高き魔族の技だ! 豚どもが使う能力などと比べる事すらおこがましい! そもそもキミたちが魔術と呼んでいる『それ』も僕ら魔族が使う力の劣化版でしかないのだよ!」
「おいおい聞き捨てならないな。魔術だって昔に比べてすごく進歩しているんだぞ? あまりバカにしたもんじゃないぜ」
「フッ……術式による魔力制御、か? 所詮猿真似、子供だましよ! ならその魔術とやらで我が力に対応してみるがいいっ!」
ギザルムは口元を歪めると、全身に魔力を集め始めた。
そして、放つ。
放たれた魔力は俺の足元に着弾すると、鋭い刃を形作り、伸ばしてきた。
「おおっと」
だが物質として顕現したものは魔力障壁にてガード可能だ。
全てを軽く弾いていると、足元の魔力が一点に集まるのが見える。
それはぶっとい槍のような塊となり、突いてきた。
こいつは強いな。魔力障壁では防ぎ切れないか。
ならば迎撃する。
「『震撃岩牙』」
俺の言葉と共に、足元から巨大な岩の牙が生まれた。
岩の牙は魔力槍とぶつかり、相殺する。
「ふっ、それだけで終わると思うか?」
ギザルムが指先を動かすと、砕けた魔力槍がもう一度集まった。
むっ、中々早いな。魔術での迎撃は間に合わないか。
迫る魔力槍が自動展開した魔力障壁を貫いた。
ががががが! と連続発動した魔力障壁が五枚立て続けに破壊されてしまう。
そのまま――がつん! と俺の胸元に命中した。
「ロイドっ!?」
悲痛な声を上げるレン。
が、別にどうということはない。
先刻の魔力槍は自動展開とはまた別の魔力障壁で防いでいた。
皮膚の数ミリ前で発動した魔力障壁は、寸前で受けるという制約により自動展開のものより数十倍硬い。
魔力障壁・強とでも言ったところか。
ただ魔力障壁にぶつかってちょっと痛かったけどな。
「ほう、僕の魔力槍を防ぐとは……だが槍は一本ではないよ」
「何……?」
言いかけた俺の心臓が、どくんと脈打つ。
これは……? 俺が胸に手を当てるのを見て、ギザルムはニヤリと笑う。
「魔力槍は二重だったのさ。物理で貫く槍と、ただ心臓を穿つ槍の、ね」
なるほど、ギザルムは『死ね』と命じて放つ魔力と先刻の魔力槍を重ねて撃ってきたのだ。
俺の心臓が徐々に弱なっていくのを感じる。
そして、脈打つのを止めた。
「ロイド様!? ちょ、そんなまさか……し、死んじまったんですかい!? ロイド様ーっ!」
「アハハハハ! 大きな口を叩く割に大したことはなかったねぇ! まぁ少しは楽しめたよ。少しだけだが、ね! アハハハハ! ハハハハハハハハ!」
ギザルムの高笑いが辺りに響く。
しばらくそうして笑っていただろうか、ギザルムはふと棒立ちのまま動かぬ俺に視線を向けた。
「……キミ、なぜ倒れないんだい?」
「そりゃ、必要がないからな」
「何ぃっ!?」
俺が言葉を返すと、ギザルムはびくんと肩を震わせた。
大きく飛び退き、距離を取る。
「ロイド様! 無事でしたか! しかし一体どうして……?」
「あらかじめ『蘇生』をかけておいたさ」
――治癒系統魔術『蘇生』。
魔術にもこの手の即死効果を持つ魔術は存在する。
それに対応する為に生まれたのが、この『蘇生』だ。
止まった心臓を無理やり動かし、息を吹き返させるという魔術。
名前の通り死んだ人間を生き返らせるというものではないが、心拍の止まった人間にすぐ使えば高確率で蘇生可能だ。
先刻の攻撃、心臓のみを止めていたのでこれが効くと思ったのである。
ふむ、術式を解いてみたが心臓は問題なく動いているようだ。
「ば、馬鹿な……! 止めた心臓を動かした、だと……?」
驚愕の表情を浮かべるギザルム。
結局魔族の力というのは、術式を使っていないだけで魔術とそう変わらないようだ。
だったら現代の進歩した魔術には、対応手段はいくらでもある。
「……その力、思ったより単純だな」
「……ッ!」
俺の言葉に、ギザルムは目を見開く。
そのこめかみには青筋が浮かんでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます