第16話闇魔術と『気』を試しました

「――ッ!」


 攻撃を防がれ困惑していたリッチだったが、気を取り直したのか再度『死刃』を飛ばしてきた。

 だが無駄だ。既に展開していた魔力障壁がそれを防いだ。

 黒い刃は障壁に当たると共にへし折れ、粉々に砕け、霧散していく。


「……今、一体何をしたあるか……?」

「魔術だよ。言い忘れてたけど俺は魔術師なんだ」


 ダンジョンに入ってからずっと戦闘はタオに任せきりだったからな。

 隠していたわけではないが、『気』の練習に集中してたし見せる機会がなかったのだ。


「――!」


 声なき声を上げながら、黒い刃を連発してくるリッチ。

 ふむ、闇系統魔術か。

 魔物の使う魔術という事で毛嫌いされているから、魔術書がほとんど存在しないんだよな。

 せっかくだから調べさせてもらうとしよう。

 えーと、その為には魔力障壁の強度を下げて、代わりに弾性を目いっぱい上昇……と。

 よしオッケー、どんとこい。


 ずんっ! と鈍い音を立て、黒い刃が障壁に突き刺さる。

 だが刃は障壁を貫く事はなく、勢いを殺され完全に停止した。

 攻撃力を失った黒い刃を手に取り、それを調べる。

 ピリピリしたしびれを感じる。これは……毒か。


「……へぇ、魔力を毒に変化させて飛ばしているのか」


 毒というのもちょっと語弊があるか。

 実際にある毒物を使うものよりは魔術的な側面が強いので、精神的な毒――つまり呪いを固めて飛ばしている、というのが一番近い表現かな。

 肉体よりもその内部、生命力に作用する攻撃。

 まともに喰らえば生命力を直接削られる為、見た目よりも攻撃力は高そうだ。

 それでも術式としての考え方は火や水などとそこまで変わらないので、魔力障壁で問題なく防御可能である。


「――!」


 俺に軽く捌かれたのに驚いたのか、リッチは慌てて魔力を練り始める。

 両手に集まった魔力は、先刻とは比べものにならない。

 リッチは両手に集めた魔力の塊を鋭く尖らせ、獣の牙のように上下に広げる。


「ロベルト、それはヤバいある! 避けるね!」


 あれは闇系統上位魔術『死牙』か。

 似たような構造だが『死刃』とは比べ物にならないほど強い魔力が込められている。

 それとも他にも何か追加効果があるのかな。……気になる。

 動かぬ俺を見てニヤリと笑うと、リッチは黒い刃を上下から繰り出してきた。


 高速で迫りくる刃が魔力障壁に激突するが、突破する事は叶わない。

 勢いを殺され、転がった刃を拾い上げる。


「ふむ、見た目通りただの上位版か。闇魔術というくらいだからもっと別種類の呪いもあるのかと思ったが……期待外れだな」


 ちらりとリッチを見ると、攻撃を防がれるとは思わなかったのか、かなり狼狽えている。

 あの様子ではこれ以上の魔術は持ってなさそうである。

 こいつからはもう学ぶことはなさそうだな。


 それにしても闇系統魔術か。さっき調べてみてわかったが、この力は『気』に似ているな。

 同じ事が出来るかもしれない。試してみるか。

 タオに教わった通り、体内の『気』を右手に集め、魔力と織り交ぜていく。

『気』に関してはまだまだだが、魔力の制御はそれなりに自信はある。

 魔力と織り交ぜる事で『気』は刃のような形を成していく。


「む……? この技、ちょっと負担が大きいのか?」


 呼吸の痛みでせき込みそうになってしまうのを、何とか堪える。

 普通に『気』を使うよりも遥かに肺が痛い。

 しかも難しい。『気』の形状変化はなかなかうまく扱えず、失敗しまくりだ。

 そのたびに呼吸をし直さねばならず、結構手間取る。


 ――だがそれよりもワクワク感の方がはるかに強い。

 練り上げた『気』は失敗を繰り返しながらも、徐々に思い通りの形に成っていく。

 ……うん、何とかなりそうだ。

 思考錯誤の末、俺はどうにかして『気』の刃を生み出した。


「――ッ!?」


 それを見て、魔力障壁を展開し防御を試みるリッチ。

 どれ、『気』の刃の威力、試してみるとするか。


「よっ」


 駆け声と共に、俺は生成した『気』の刃を飛ばした。

 刃は弧を描きながら飛んでいき、魔力障壁ごとリッチの上半身と下半身を切り飛ばす。


「ガ……」


 弱々しい呻き声を残し、リッチは消滅してしまった。

 へぇ、『気』の攻撃で倒すとチリのようになるのか。

 そう言えばアンデッド系の魔物は生命エネルギーや神聖な力に弱いと本に書いていたっけな。

 消え方も本に書いてあった通りである。


「し、信じられないある……!」


 タオがそれを見てぼそりと呟く。


「あれは『気孔弾』の奥義、『気孔牙』。……アタシが何年修行しても出来なかった技ね。それをあんなに容易く、全く努力もせずに……! いや、違う。努力じゃないね。ロベルトはただ楽しんで『気』に触れていた……! そういえばじいちゃんが言ってたある。努力をするのは当然。だから努力を楽しめる奴は何より強い、って。――ふ、そう言えばアタシもちっちゃい頃は修行が楽しかった気がするな。やるたびに新しいことが出来るようになったよ。全く修行を楽しめなくなったのはいつからだったか……もう憶えてないある。やれやれ、一から修行のやり直しか。今度はせいぜい目いっぱい楽しむとするね」


 何をブツブツ言っているのだろう。

 タオは俺を見て、悟ったような顔をしている。

 一体どうしたのだろうか……まぁいいや。

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