No.071 怨みのワケ



「そろそろサヨナラの時間だね」

「狂信者め」


 狂っている狂っている。

 そのテラって言うのが誰かわからないけど、この行動も結局はそのテラの為なら相当狂っていることになる。

 それとは別に、僕はこんな所で死ぬわけにはいかないんだ。


「混沌陰法 暴爆」


 唇を噛み血を出して混沌陰法を発動する。

 これは練習してないぶっつけ本番だ。

 陰法はイメージが大事。

 イメージで血を変質させて事象を起こしていく。

 だからイメージ。


 ――――ドゴーーンッ


 僕と鎖那は別方向へと吹き飛んでいく。

 これで少し時間が稼げたかな?

 てか、メイクじゃなくてリアル火傷になったかな?

 まぁいい。


「もう1度、回復陰法 完治」


 手が生えてくるイメージ。

 火傷が治っていくイメージ。

 体の異常が消えていくイメージ。


「よーし、準備万端!」

「大人しく死ねば良いものを!」


 回復して準備万端だ。

 鎖那は思いの外、早く立ち直り攻めてくる。

 鎖を手に巻き付けてメルケンサックのように。


「結界陰法 金城こんじょうへき


 金に輝きながらも透き通るガラスのような城が僕を鎖那から守る。

 うんうん、吸血鬼悪くない。


「それに無駄なしこり? が取れたからか殺人衝動も無くなったし、ここは1つ申し訳ないけど鎖那には犯人なってもらおう。強化陰法 限突げんとつ


 体を限界のその先、までパワーアップさせる。

 とは言っても一次的だ。

 どのくらい保てるかはわからないから速攻で片付ける。


「鎖那、ごめん」


 まず鎖那の後ろに回り込み顔を地面に叩きつける。

 その状態から手の甲を合わせるようにして靴紐で縛りあげていく。

 そして最後に、


「混沌陰法 水牢」


 鎖那の顔に水を出して溺れさせる。

 加減を間違えると溺死しちゃうよな?


「そろそろかな」


 動かなくなった頃合いで解除する。

 まだ、心臓は動いてるから死んではいないな。

 これで鎖那に僕の武器を持たせて、から船を出る。

 と、言ってもここから泳いでダルビスまで行くのは辛いよな。

 なにかいい方法はないものか。


 考え付く限り、この大きな客船の何処かに小さな船があってもいいはすだ。

 とと、その前に、


「一さん、そろそろ出てきてもいいんじゃない?」

「おや、お気づきですか」


 一さんは僕の影からぬうっと出てきた。

 この人やっぱり信用出来ないんだよなー。

 ここで殺したいけど、勝てないし。


「船を探して?」

「なぜ私が?」

「えー、いいじゃん。手伝ってよ」

「嫌です」


 チェッ、手伝ってくれたっていいじゃん。

 そうだ、武器を新しく貰わないとな。

 さっきの爆発で粉々に壊れたから。

 相当ボロが来てたんだろうし。


「一さん、なら武器をください。さっきので壊しちゃって」

「そんな事を言われましても、残念ですが持ってません」


 チェッ、とことん使えないな。

 本当に傍観しているだけか、この老害が。

 陰法があるなら陽法があるはずだから使いたいのに。

 だって陰と陽って陽の方がカッコいいじゃん?

 ……そういえば、一さんの家を軽く、本当に軽く漁った時に見つけた本に、特定の武器が必要って書いてあったような。

 特定な武器の作り方は確か、吸血鬼本人の髪の毛と、吸血鬼本人の血だったよな。


「船は探さなくていいんですか?」

「そうだった」


 僕は船を探す為に操縦席に向かう。

 この船で行けばいいじゃんって思うでしょ?

 これ、北星の関係者じゃないと操縦出来ないようになってるの。


「あった、これだ」


 僕は地図を見つけて、それを使い小船の場所まで移動する。

 うんうん、ちゃんとあった。


 僕はそれに乗り込み、いざ大海原へ!


「なーんて思ってた僕もいましたよー、だ。なんでこれも北星の関係者じゃないと動かせないんだし」


 ここまで来たらしょうがない。

 陰法で無理矢理どうにかしないと。


「眷属陰法 体現・蝙蝠」


 赤黒く気持ち悪い蝙蝠の大群。

 それらが集まって出来た集合体に乗ってダルビスまで目指す。

 いざ、空の優雅な旅を。


 ――――ドーーーーーンッ!


 突如として海に水柱が立ち、蝙蝠たちは濡れて消えていく。

 それは何を意味するのか。

 敵が来た?

 否、僕が海にまっ逆さまで落ち、


 ――――ドボーーンッ


 水面から顔を出すと次々に砲弾が飛んでくる。

 それも全て僕を目指してやって来るんだ、怖いだろ?


「まぁ、今は吸血鬼だし。強化陰法 水走り」


 今は無き他の国には水の上を走る動物がいたとかいないとか。

 映像は観たことあるけど、俄には信じがたい。

 今、まさにそれを僕がしてるけど。



 ※



 早1時間。

 多分、あれは北星が呼んだ警備隊だったのだろう。

 肉体的には疲れないけど、精神的には結構辛いな。

 だって回りは海、海、海。

 海以外になにも見えないのだから。

 それに心はまだ人間らしい。

 いや、吸血鬼でも海しか見えない所を1時間も走ったら気が滅入るか。


「後少し……いや、待てよ」


 僕はここに来て重大な事に気がついた。

 僕は今、せっせと海を走っている。

 けど、敵は振り切った訳であって、今なら蝙蝠たちを出してもいいんじゃ?


「眷属陰法 体現・蝙蝠」


 これでひと安心。

 心も体も休まるってもんだ。


「さて、ダルビス。そして初めてのダンジョン」


 初めてのダンジョンがレベルSって僕はMなのかな?

 てか、1人って結構辛いもんだな。

 誰かと話す訳でもなく溢れる独り言。

 そして虚しくなってくる僕の心。



 ダルビスが見えてきた。

 黒いもやがかかった場所。

 近づけば近づくほど海は荒れて風は強く、紫色の太陽の光を届かせない黒い雲。

 来るものを拒んでいる。

 そんな感じだ。


 さらに近づき怪しい黒い靄に触れれば、


 ――――ジュゥ


 と音をたてて肌が焼けている。

 それだけこの黒い靄は危険だ、というのがわかる。


「さて、ここまで来た手前、諦めるなんて事はしたくないしな。なにか、なにかいい方法は、の前に。回復陰法 完治」


 火傷が消えて元の綺麗な肌に、火傷が消えて元の綺麗な肌に。

 とイメージをしていく。

 が、結果としては一切変わらず火傷の後は残ったまんま。


「陰法で治せない?」


 こんな万能なのに何がダメなんだ?

 そもそもの問題としてこの黒い靄はなんなんだ?

 しょうがない、1週間、1週間ここにいて、なにも起きなければ無理矢理にでも突っ込もう。

 死なない事を願って。


「それにしても……」


 なにかが近づいてくる。

 禍々しいなにかが、この世の物とは思えないなにかが。

 蝙蝠たちを黒い靄から遠ざけて海のまん中、何処から来ても大丈夫だ、一応。


「グギャァァァ」


 悪魔、そう呼ぶのが相応しいか、黒い体に蝙蝠のような羽、スペードがついた尻尾に仰々しいほどの大きな爪までつけて、人間じゃねぇな。


「ま、僕も人間じゃないけど。混沌陰法 碧炎」


 聖と呼ばれる悪霊などを祓うみどりの炎。

 碧の炎は悪魔を包み込み跡形も無く消し去った。


「グギャァァァ」「グギャァァァ」「ギャァァァ」「グギャァ」「ギャァァァァァ」

「ま、マジかよ」


 仲間が殺られて怒っているのか、多くの悪魔が押し寄せて来た。


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