No.007 壁のムコウガワ



 中学最後の夏休みの夕方。

 普通は受験勉強で忙しいだろうが、僕は違う。

 何て言ったってもう決まって合格しているのだから。


「そう、所謂いわゆる勝ち組ってやつだ」


 そんな僕は今、何をしているのか。

 それは、


「なんで、なんでかずらがもう受験終わってんのよ」

「なんでって言われても、色々と?」


 そう、コンビニにガリガリするアイスを買いに来たら城ヶ崎じょうがさき香蓮かれんこと、僕の幼馴染みに会って絡まれてる訳だ。


「そ、それでどこの高校なのよ」

「ダン高だけど?」

「ダン高ってダンジョン専門国立高等学校?」

「そう、運よく受かったから」

「う、嘘、でしょ。ちなみにいつ受けたの?」

「約1週間前に」

「1週間前って合格者が1人しか出なかったっていうあの?」

「そうなのか?」


 それは初耳だ。

 が、考えられる理由が1つだけある。

 あの第五始祖の雨宮あまみや香鈴かりんがボス部屋にずっといたから誰もあそこを通れなかったんだと思う。

 そう考えるとのが1番自然だろう。


「まさか、葛のくせに。葛のくせに国立に受かるなんて」


 葛のくせには酷い言いようだな。


「まぁ、そういう訳だから受験頑張ってねー」


 香蓮とわかれて、ガリガリするアイスを食べながら家に帰る。

 

「そして目の前には美少女が」

「び、美少女。そ、そうやって褒めたって。なんにも出ませんからね。じゃなくて、あたなは本当は何者なんですか?」

「はぁー。それでは改めまして、僕は第二始祖の鬼灯ほおずきかずらです。以後、お見知りおきを」

「なっ、まさか、本当に? 本当に第二始祖なの?」

「あぁ、そうだよ。だって君、性格が面倒いだろうから、あの時は咄嗟に嘘をついたんだ。それで、なんの用かな? 第五始祖の雨宮香鈴さん」


 雨宮はガクガクと震えてジリジリと後退りしている。

 顔は青ざめて、いつ倒れてもおかしくない状態だけど大丈夫か?


「用がないならどけ。邪魔だから」

「まだよ。もう1度、もう1度私と勝負なさい」

「わかった、場所を変えるぞ」


 そのまま人気ひとけの無い場所、となると森になるわけだがそこに移動する。


「さて、僕が勝ったら今後一切関わらないでもらえるかな?」

「いいわ。なら、負けたら謝ってから死になさい」


 また随分な事だな、死ねだなんて。

 なら、少しだけこっちも鬼になるか。


「この100円玉が地面に落ちたらスタートだ」


 指でパチンッ、と100円玉を弾くと、クルクル回転しながら地面に落ちていく。

 さて、どうやって倒すのがいいか。


 チャリンッ。


「奴隷陰法 天命の足枷あしかせ

「第五始祖の雨宮香鈴の名に……」


 音が聞こえてすぐに2人が動き出した。

 もちろん僕は奴隷陰法を使い、今後一切関われないようにするつもりだ。


「さて、今から場所を変えよっか。混沌陰法 天使の羽」


 これは浮遊するための陰法で、制限時間は10秒。

 それを何度も何度も繰り返し使いスカイツリーの天辺まで来た。


「君の武器ってハンマーだったよね?」

「……」

「無視するか。別にいいけど。なら、奴隷陰法 天命の首輪」

「……ッ」

「そうかそうか。これで喋れないだろ? では命令だ。ここから飛び降りろ」

「……ッ」


 「綺麗」と言っても差し支えない程の身投げ雨宮を行った。


「そろそろだな」


 僕も、雨宮を追う形で身投げをする。

 否、身投げと言うより、助けに行くと言っておこう。

 なぜ助けるかって?

 それは簡単だ。

 流石に女の子だから殺したくない、けど、これ以上つきまとわれるのは迷惑だ。

 だからこそ、雨宮の僕に対する感情を恐怖で染めておこうというだけだ。


「混沌陰法 天使の羽。奴隷陰法 解放」


 ゆっくりと、ゆっくりと地面に降り立ってから声をかける。


「もう2度と関わってくるなよ? 次は本気でやる(つもりはない)」

「わ、わかりました。ごめんなさい」


 それだけ言い残して走って行ってしまった。

 さて、手持ちのお金は……うん、帰りの電車賃は足りる。

 けどそんなのに使うのは嫌だな。


「混沌陰法 天使の翼」


 これは天使の羽の上位互換で、制限時間が1分、スピードの制御が出来るなど、使い勝手がいい陰法だ。


 そしてこの日、男の子が空を飛んでいたとニュースになったりするが、それはまた別のお話。



 ※



 夏休みが無事に終わり……いやいやいや、どう考えても無事には終わってない。

 好きなアイドルのライブの帰り道、吸血鬼に駅で押され電車に轢かれた。

 そして気がついたら吸血鬼になってる、しかも結構な地位の。

 これのどこが無事にと言えるのだ。


 と、前置きは置いといて始業式のあるこの日、僕はある情報を入手した。

 この学校に2人いるとされていたダン高受験者の1人が合格していたという事。

 その子は剣道部主将で全国に出場するほどの実力者だから、納得する。

 そして今、


「いや、ね。本当の事を言うんだぞ。先生怒らないから」

「だーかーらー、青春あおはる先生本当なんですって。合格したの。その紙を家に忘れちゃってるし、報告してない僕も悪いですけど信じてください」

「そうは言ってもだよ、葛。あの1人しか合格してない日の合格者だってどうも信じがたいんだよ」

「だから今日持ってきます。帰ってすぐ取ってきますから」

「うん、まぁ、信じるよ。それと先生は嘘でも怒らないからな。もし、本当の事を言いたくなったら早めに言うんだぞ」


 ダメだ、信じてもらえない。

 まぁ、そりゃそうだろ。

 僕は学校で特に取り柄があった訳ではない。

 勉強も顔も運動神経も普通、普通の男子中学生なんだ。


 後で帰って持ってきたら信じてもらえるもんね。

 それで解決するなら別にいい。


「おう、葛。お前、国立に受かったって嘘ついてんのか」

「流石に分かりやすいだろ」

「ふん、言ってろ」


 別に嘘をついてる訳でもないから全然気にしない。


「流石に痛いよな。なんにも取り柄がないからって」

「あっちは剣道部主将もやってるし納得だよ」

「それなのに葛は運動神経も普通じゃんかよな」

「「なー」」


 うん、別に嘘をついてる訳でもないから気にしないよ。


「本当カッコ悪いよね」

「「ねー」」

「もっとつくならマシな嘘をつけって」

「それなー」


 うん、別に嘘をついてる訳でもないけどここまで言われたら流石に泣いていいですか?


「さぁ皆ー、始業式のだぞー。整列しろー」

「青ちゃん先生、葛くんのやつは本当なんですか?」

「あぁ、先生は本当だと信じてるぞ。今日書類を忘れたらからとりに帰るらしいけど」


 おい、先生さんよ。

 どこをどう考えても最後の一言は余計だよ。

 絶対偽装したとか思われるじゃん。

 よし、学校に電話して届けてもらおう。

 そうしよう、学校側は僕に迷惑をかけたからそれくらいはしてくれるでしょ。


「先生、気持ち悪くなったので保健室行ってきていいですか?」

「そうか、行っていいぞ」

「うっわ、逃げたよ。逃げた」

「ないわー。逃げるとかないわー」


 流石に僕のメンタルは吸血鬼になったからといって変わるわけではなかった。

 うぅ、悲しくなるよぉ。


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