道具入れと水の精
大河の西に向かおうとしていた一行は無事オアシスの街に帰還した。
今回は渡れず遠征としては失敗だったが、今回の経験は次回に生かして欲しい。
早速街の上層部と話したりもしているし、そのうちまた出るだろう。
さて、今日は中央都市近辺の情報を少しまとめてみている。
中央都市から北に位置する北の領は領主交代による経済低迷が起きたが、月光族の港町に商館を構える女商人の力添えにより現在回復中だ。
採掘も再開し、中央都市との加工品の取引も活発になってきて人の出入りも増えてきている。
取引項目は武具、道具、部品、装飾品などの金属や宝石の加工品が主だ。
それ以外の方角はまだ良くわかっておらず、北の領から中央都市を経由して向かう信者も今のところいない。
分かっている事は中央都市との主な取引品目ぐらいだ。
とはいえそういう情報でも多少なりとも想像できる部分はある。
中央都市の西からは海産物の加工品が流れてきており、中央都市の西には漁業が盛んな場所があると考えられる。
南からは野菜や穀物が来る辺り穀倉地帯のような場所があるのではないかと考えている。
そしてここのところ気にしている東側からは木材などの植物素材の他に薬品があった。
薬品と聞くと回復薬など錬金術で作った医薬品を想像しがちだが、ここで言う薬品はそれ以外も含まれる。
例えば特定の金属を溶かすのに使う液体や植物の成長を促進させるもの、中には火薬など爆発性のあるものや人体に影響が出る物もあった。
勿論中央都市ではそれらを厳重に取り扱っており、安全に配慮をして使っている。
中には悪用すれば問題になりそうなものもあるが、幸い中央都市では魔鏡の影響で悪用する事を考える思考が除去されるので今のところは問題は無さそうだ。
ただ気になるのは中央都市の外、特に東側の生産地ではちゃんと取り扱われているのかどうかだ。
取引品の一覧の中にはオアシスの街で禁制品とされているサキュバスコロン、インキュバスコロンも含まれている。
この二つは用法用量をちゃんと守る事が出来ればちょっと控えめだった人が夜に大胆になるぐらいの効果だが、それはちゃんと守る事が出来ればの話だ。
こういう薬はどうしても使いすぎてしまう人が少なからず出る。
だからこそオアシスの街では禁制品として危険視していたわけだが、果たして中央都市の東側ではどうなのだろうか。
・・・気になる。
「ソウ、何かいやらしい事考えていませんか?」
「考えてない!」
「そうですか。一瞬ソウの顔が夜の顔になったような気がしたのですが」
夜の顔とかさも夜は違う一面があるみたいな風に言うんじゃない。
まったく、ほんの一瞬思考がよぎっただけなのに恐ろしい勘の良さだ。
「それでは行ってきます」
「いってらっしゃい」
家の前でサチを見送る。
今日はサチがお出かけの日だ。
先日決めた麦酒に関する事をはじめとした色々な取り決めを煮詰めるために会議島へ向かっていった。ご苦労様。
さてと、今日はサチの居ない間どこかに厄介になるのではなく、普通に家で過ごす事にした。
「起動」
一度家に入り、玄関に置いてある道具入れを起動する。
本が開きふわりと浮いて待機状態になったのを確認してから追尾して貰うよう指示する。
今日はこの本型の道具入れの動作確認をしながら庭弄りをするつもりだ。
とりあえず島の状態を見るために島をぐるっと歩く。うん、ちゃんと追尾してきてるね。
一通り見てから手袋、スコップ、鉈を取り出して作業に入る。
主な作業は雑草取り。
ここ最近島に生える雑草の勢いが前より増してる気がする。
雑草に限らないな。草木全体の育ちが良く、以前より生命力を感じる。
やっぱり地の精が住むようになったからなのだろうか。
元々こっちの世界の草木の成長は早かったが、土壌が良くなったからかますます早くなったように感じる。
おかげで雑草も元気に育っていて取り除き甲斐がある。ぬぅ、根が強い。
簡単に抜けない雑草は先に鉈で上の方を刈り取ってから根元を掴んで引き抜く。
それでも抜けない手強い奴はスコップで周りを掘って抜く。
これを繰り返してどんどん雑草を取り除いていく。
花を咲かせているもの、蕾を付けているもの、葉色が綺麗で見栄えの良さそうなものはスコップで土や根を残したまま抜いたり、そのままにする。
これは後でサチに気に入るかどうか聞くためだ。
サチが気に入った雑草は昇格して花壇行きになる。
花壇行きになった雑草は最近新しく俺が簡易的に石を並べて作った花壇に植えられる。
植えられた後は先生の指導の下、ただの雑草から観賞用の草花になり、いずれはこの島を彩る一つの要素となる。
ちなみに先生というのは地の精の事。
花壇に植えた草木について教えてくれる他、土の作り方、綺麗な花の咲かせ方、剪定場所など色々と教えてくれる。ありがたい。
とりあえず今はサチが帰ってくるまで雑草取りに集中しよう。
「あー・・・」
島にある比較的目に付く大きくなりかけた雑草を一通り抜き終えたところで小川の岩に腰掛け足を浸けて休憩する。
休憩してるといつの間にか近くに来ていた水の精が水面から顔を出してきた。
「おつかれ?」
「ちょっとだけな。今は休憩中だ」
「そう」
そう言って俺の隣の石にちょこんと座り、膝の上に置いてある閉じて休止状態の道具入れを指差す。
「それなに?」
「これか?俺用の道具入れだ。便利だぞ」
「ふーん」
見せてやると興味深そうに表面をペタペタと触る。
「へんなの」
「ふふふ、これを見てもそう言えるかな?」
起動させて見ると、俺の膝の上で本が開かれる。
「わ」
「この状態で物を出し入れできるんだ」
「へー。へんなの」
「えぇ・・・」
うーん、どうやら水の精にはこの道具入れの良さが分かって貰えないようだ。
便利だし個人的には気に入ってるんだけどなぁ。
「へんなの、へんなの」
変と言いつつ興味はあるようで道具入れの周りをぐるぐるしながら色々な角度で観察したり触ってみたりしている。
道具入れは本型とはいえ紙の本ではないので水の精が触っても問題なく待機状態でいる。
「これ飛ぶんだけど見るか?」
「みる」
「あいよ。浮遊待機」
道具入れに指示を伝えると光翼が出現して先ほど追尾してたようにふわりと浮いて一定の高さで停滞する。
「おー。こっちこっち」
浮遊した道具入れを水の精が手招きするので近くに寄せてやる。
「んー、よいしょー」
近づいたのを確認すると水の精は一回水に潜ってから勢い良く飛び出し、道具入れの上に座るよう華麗に着地する。
「お、おい」
「らくー」
楽ってそのまま俺の庭弄りに付いて来るつもりか?
まぁいいけど、バランス崩して落ちるなよ?大丈夫?ならいいけど。
さて、水の精と話してる間に体の疲れも大分取れたし、雑草取りを再開するかな。
ちっちゃい監督が付いちゃったけど。
「ただいま戻りました」
「おかえり」
「おかー」
「・・・何やら楽しそうな事をしていますね」
「ははは・・・」
帰ってきたサチが呆れた視線でこっちを見てくる。
俺の服のあちこちに泥が付着し、作業した後の土はぐっしょりと濡れた状態になっている。
「何か言う事は?」
「すまん、ちょっと楽しくなっちゃって」
「・・・はぁ。まだ終わっていないようですし、詳しい事は後で聞きますので私はゴミの処理をしてきます」
「あっちに集積してあるから頼む。時間があったら残した草の選別しておいてくれると助かる」
「わかりました」
帰宅早々で忍びないがこればっかりはサチにしか頼めないので手伝って貰う。
「おこ?」
「ん?いいや、サチは怒ってないよ。頑張った形跡にちょっと驚いてただけだよ」
「そっか」
水の精がサチの様子を気にしてたようなので宥める。
道具入れに乗った水の精は最初のうちは浮遊しながら俺を追尾する様子を楽しんでいたが、乗り慣れてきたのか乗った状態で抜いた雑草に水を掛け始めた。
「おてつだい」
抜いた雑草には振り落とすとはいえ多少土が付いてしまう。
水の精はそれを水を掛ける事で綺麗に落としてくれる手伝いをしてくれていた。
おかげで抜いた雑草に付着する土はほぼ無くなったが、代わりに作業した後の土が水を吸って泥になってしまっていた。
そりゃ帰ってきたら地面が変に濡れてて、俺が泥だらけになってたら文句の一つも言いたくなるわな。
まぁそこは甘んじて後でお叱りを受けよう。
折角地の精が良くしてくれた土が無駄になるよりいい。
「よし、サチも帰ってきたし、区切りのいいところまで頑張ろう。手伝い頼むぞ」
「ん。まかせて」
叱られるのは確定してるので後はもう作業に集中するだけだ。
水の精とのコンビネーションもよくなって来たところだし、一気にやってしまおう。
「島の景観を良くして頂けるのは助かりますが、もう少し神様としての風格維持をですね・・・」
風呂で俺を背もたれにしながらサチが溜息混じりに言う。
サチの手にはアイスが入った器とスプーンがそれぞれ握り締められている。ちなみにアイスは二杯目だ。
「水の精が手伝ってくれるって言うしさ、地の精が良くしてくれた土を無駄にしたくなかったんだよ」
「それは理解していますが・・・。そもそもソウは何故あんなに精霊と仲良いのですか?」
「そうか?皆仲良しだと思うけど。ドリスは風の精と上手くやってるし、アズヨシフも氷の精と楽しそうにしてたし」
「それはそうなのですが、ソウの場合、精霊が自主的に力を貸してくるように思えます」
「どういうこと?」
「大半の場合、精霊は利害の一致で仲良くしてくれます。しかしソウの場合は精霊から率先して手を貸してくれるように見えます」
「あー・・・言われてみればそう、なのか?気にした事無かった」
「おかげで色々と新しい精霊の生態を知る事が出来て助かってはいるのですが、不思議だなと」
「んー、気のせいじゃないかなぁ。精霊独自の価値観で動いてるって可能性もあるし」
「確かにそれはありますね」
「まぁ何だっていいさ。仲良くしてくれるに越した事はない」
「そうですね」
実際どうなのかは精霊達に聞かなければわからない。
そもそも考えを持って行動してるかもわからない感じだし、利害の一致だろうが何となくだろうが仲良くしてくれるなら嬉しい。
「うーん、もしかするとソウがあまりに神様らしくないから庇護欲を刺激されている可能性も考えられますね・・・」
「ほほう。もしそうなら俺が神の威厳や風格を持ってしまったら精霊の生態調査が滞ってしまうんじゃないか?」
「む・・・では違いますね。単なる気まぐれでしょう」
「おいおい」
いきなり思考を放棄するなよ。
サチは基本的に頭が良くてしっかりしているが、たまに自分勝手に解釈を進めてしまうところがあるんだよな。
主に俺に関するところだけ。
まったく、困ったもんだ。そこが可愛いからいいけどね。
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