知らない食べ物

あらかじめ作り置きしてあった生地を平らに丸く伸ばし、そこにトマトソースを一面に敷く。


トマトソースには隠し味として味噌と醤油を少量混ぜてある。


これに少し油を多めに使って表面をカリッとさせた薄切り肉、下茹でした野菜、それにチーズを乗せ、焼いて貰う。


程よく焦げ目が付いたら完成だ。


皿に乗せて切れ込みを入れ、いつの間にか見に来た皆の前に出す。


「ソウ様、これは?」


「ピザだ。麦酒に合うと思うぞ」


「おぉ!」


「まだ作るから先に食べていいぞ」


そう言って再びピザ作りに戻ろうとしたが皆が皿を目の前にして動きを止めている。何だ?


「なんだ、おぬしら食わぬのか?では我が最初に頂くぞ」


人だかりを掻き分けてドリスが皿の前に現れ、皿に手を伸ばし一切れ手に取り、口に頬張る。


「おほ、これは良い。ソウ殿、味付けバッチリだぞ」


「おう、そりゃよかった」


ドリスからのお墨付きを貰えたようで一安心。


「おぬしら食わぬなら我がもう一切れ貰うぞ?」


それを聞いて見ていた子達がはっとなり皿から一瞬でピザが消えた。


あぁそうか、皆初めてのもので食べ方を知らなかったのか。


それを見てドリスが率先して味見してくれたわけか。ありがとう。


とりあえず取れなかった子のために早く次を作ろう。集まる視線が怖い。


「ソウ様手伝います」


「助かる」


ユキをはじめとした子達が手伝いを申し出てくれる。


俺が厨房に立った瞬間直ぐに見に来てたおかげか作り方も大体わかっているようだ。手際がいい。


ん?少し念の調整失敗して焦げた?


あぁ、この程度なら問題ない。そのまま切って出してくれ。


チーズの増量の要望が来てる?研究士に直接言ってスライスしたものを乗せればそれだけで溶けるから今回はそれで我慢してもらってくれ。


ふむふむ、チーズが苦手な子もいるんだな。よし、じゃあ味噌ベースのピザ作るか。


トマトソースの代わりに味噌を薄く塗って、そうそう、それでチーズの代わりにマヨネーズを掛けてくれ。お、いいね、そんな感じで。


肉はこっちのを使ってくれ。


さっきのは塩胡椒でカリッと焼いたものだが、こっちは照り焼きにしてある。


照り焼き?照り焼きってのは醤油、みりん、砂糖で作ったこの液体を煮絡めた物だ。味見してみるか?美味いぞ。


あぁうん、わかったわかった、ちゃんと作り方教えるからとりあえず今はピザ作りを頼む。


ふふ、家でも料理をするがこうやって皆で分担しながら料理をするのも楽しい。


さて、興が乗ってきたからもう少し麦酒に合いそうな料理を作るとするかな。




試飲会も終わり、料理好きの集まりは解散となった。


「ソウ殿」


「ん?なんだ?」


「最後に一つ見せたい発酵食品がある」


「なんだ?」


帰り際ドリスが手に乗る程度の小さな蓋付きの壷と箸を持ってきた。


「ハシュレフトというんだがご存知か?」


「いや、初耳だ」


「そうか。漬物の一種なんだが、我はこれが好きでな。まだ試作なんだがソウ殿の意見を貰いたい」


「わかった。味見しよう」


蓋を開けると刺激のある臭いと発酵の匂いがする。


中は赤茶色のどろりとした液体に野菜、主に切った白菜が漬かっている。


箸で一切れ摘むとねばっとした糸を引いた液体が野菜に絡み付いて来る。


ある程度糸が切れたところで口に運ぶ。


うん・・・結構辛い。


唐辛子の辛味だけならストレートに来るんだが、粘りのある液体の効果でジワジワ辛味が襲ってくる感じだ。


だがそれと同時に漬物にある旨みがある。これは美味い。


「キムチを納豆の粘り気に絡めたような味だな。美味い。ご飯が欲しくなる」


「おぉ、ソウ殿ならこれの良さわかって貰えると思った」


「皆はダメだったのか?」


「うむ。臭いがな」


「あー・・・」


確かに臭いの強さは先ほどのチーズ程ではないものの、匂いの種類が腐臭に近い。


天使は浄化の念があるからこの手の匂いが苦手な人が多いのかもしれない。


「やはり量産には向かぬか」


ドリスの視線が手元の壷に落ちる。


自分の好きな物が受け入れられないというのは何であれ気持ちが沈むからな。


「そうだな。今はまだ早いかもな」


「今?」


「ここの人達は発酵食品どころか食自体の経験がまだまだ初心者なんだ。そんな初心者にこんな上級者向けの物食わせても良さがわからないだろうよ」


「・・・はは!確かにそうだな!ここの奴らは出来た者が多いからつい色々教えてしまうが、そうか、そういえば初心者だったな!」


「うん。だからゆっくり長い目で見て、適正ある人が増えてきたら改めて量産するかどうか考えればいい」


「うむ。そうするとしよう。感謝する、ソウ殿」


「あ、それと出来ればそれは作り続けてて欲しい。俺が個人的に食べたい」


「ははは!わかった。今度ソウ殿の分を用意しておこう」


ハシュレフトだったか。


かなり癖が強い食べ物だがそれだけはまれば抜け出せなくなる食べ物だ。


きっとその良さをわかってくれる人がいずれ出てくると思う。


その時どうなるか楽しみだ。




ドリス達を見送ったところでサチも帰ろうと近くにやってきた。


「ソウ、帰りますよ」


「うん。わか、むぐっ」


話しかけようとしたら凄い形相で俺の口を手で塞いできた。なにする。


「・・・浄化!」


突然の事に少し驚いてたら口の中を浄化された。


「ソウ、一体何を食べたのですか」


何?あぁ、ハシュレフトを食べた。


「口からとてつもない臭いがしたのですが。変な物を食べてないでしょうね?」


食べてない食べてない。癖の強い物なら食べたが。


「とりあえず私がいいと言うまで口は開かないでください」


えー・・・。


「いいですね?」


・・・はい。


それから家に戻ってもしばらくの間謎のジェスチャーゲームが開催された。


うーん、今度は口臭対策の料理を考えたほうがいいかもしれないなぁ。

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