氷雪の島の人達
石化する能力というものがある。
その能力自体はまちまちで、完全に石にするもの、表面だけ石にするもの、石にされたように動かなくするなど色々だ。
下界では完全に石にしてしまう能力のようだ。
何故それがわかったというと、北の領にその石化能力を持った人が現れたからだ。
その人は眼帯をした女性で、多数の人を従えて街にやってきた。
そして下の者達に指示をすると、廃屋を次々に壊し、家があった場所に新たに土壁を作らせた。
土壁が出来上がると女性は出来を確認した後に眼帯を外し、土壁を一睨みする。
すると土壁がみるみる石化していき石壁となった。
その後再び部下に指示すると今度は石壁に穴を開け、扉や窓枠を入れ、屋根を乗せてあっという間に新しい家を作り上げてしまった。
どうやらこの女性が率いる彼らは石を用いた建築や補修を行う一団で、領主の依頼でこの北の領に来たらしい。
こうしてみると能力も使い方次第だなと改めて感じさせられる。
俺の知っている石化の能力というのは厄介という印象が強く、人や動物をはじめとした生き物を石化するというものだった。
しかし彼女は土壁を石化させることで人々の役に立つ使い方をしている。素晴らしい。
しかもよく観察していると石化させる前の土壁の時に心棒を入れて壁の強度を増した上で石壁にしている。
前の世界でもこういう作りを目にした事はあったが、石化が一瞬で済んでしまうので作業効率が非常に良い。
それに土だろうが木材だろうが何でも石に出来るという事も最大限活用しているというのも素晴らしいと思う。
また、彼女の下にいる職人達の腕も目を見張るものがある。
石化したものを更に切ったりするのだが、その切断面が美しい。
石について詳しい事はもちろん、石化したものに対しての知識も無いとこのような芸当は出来ない。
うーん、凄い集団だなぁ彼らは。
どうやらしばらく北の領に滞在するようなので勉強がてら観察させてもらおう。
「それでは降りますね」
「いやいや、ちょっと待って待って」
「なんですか?」
「明らかに寒そうだろあの島」
「そうですね。では降ります」
俺の制止も気に留めず島に着地した。
「寒い寒い寒い!」
島の外にいる時点で冷気を感じていたが、いざ島に降り立つと寒さが肌に突き刺さる。
「サチ、早く念を!」
「しょうがないですねぇ」
くっ、こいつ面白がってやがるな!
サチが念をかけると刺さる冷気が収まり体の中から熱が広がっていくのがわかる。
「はー・・・寒かった・・・」
「やはりダメですか」
「やはりって、俺がダメだったのわかってただろうが」
「はい」
「それなら念を予めかけてくれてもよくないか?」
「そうですね」
「そうですねって・・・」
「いやー、いい反応が見られてよかったです」
「・・・」
返す言葉が思いつかず、とりあえず後でお仕置きする事が決定した瞬間だった。
今日は氷雪の島に視察に来ている。
砂の島のように暑い島もあれば寒い島もあるのは聞いていたが実際来たのは初めてだ。
島の外から飛んで見た感じでは一面雪化粧がされており、木々からは氷柱が垂れ下がっていて、いかにも極寒の島という風貌をしていた。
そんな島に防寒の念をかけないままうちの補佐官様はそのまま降り、寒がる俺の反応を見られてとても満足そうだ。くそう。
「さて、体も温まってきたことだし、歩きながら島の説明を」
そういいながら歩き出したところでサチが少し慌てた様子でこっちを見る。
「あ、ソウ」
「ん?なんっ痛っ!?」
サチの声に振り返った瞬間足が滑って腰から地面に落ちた。
よく見ると雪の下は土ではなく氷になっていた。
それに気付いた直後、時間差で来る衝撃の痛み!
「うごごごごごご」
「ちょっと、ソウ、だい、大丈夫、ぶふっ、ですか?」
くっ、人が痛みに耐えているのにお前、何笑って、あー痛い!
落ち着けー、こういう時こそ深呼吸して体の回復力を高めるんだー。尻痛いー。
ふしゅーふしゅーと深呼吸している横でサチが腹を抱えてうずくまってるが、それどころではないので気にしない。
しばらくすると痛みも引いてきて立ち上がれた。尻が冷たい。
「はー・・・酷い目に遭った・・・」
「はー・・・とても面白いものが見られました・・・」
何で俺より息絶え絶えなんだ、お前は。
それより濡れた尻を乾かして、うん、あんがとね。
「これは気をつけて歩かねばな」
「そうですね」
そう言ってふわりとサチは浮く。ずるくない?
「サチ」
「なんですか?」
「手繋ごうか」
「もー、しょうがないですねー」
口では渋々という感じだが、表情は頼られて嬉しそうだった。
歩きながらこの島について話を聞く。
この島は元々は普通の土の島だったのだが、氷の精が移り住んできた。
火の精もそうなのだが、氷の精もまとめて一箇所の島に住み着く傾向があるらしく、その結果今のような氷雪の島になったらしい。
その氷の精だが先ほどから遠くで小さな雪球が飛び交うのが見えるんだよな。
氷の精自体の姿は雪の中に隠れてしまって確認できないのだが、どうやらあの辺りにいるというのはわかった。
「やはり、他の島とは大分違うな」
「そうですね」
「そんな島に住むとはなかなかの物好きだな」
この島は共有島ではなく、他の島同様個人所有の島なのだ。
しかも氷の精が住み着く前ではなく、住み着いた後に移住してきたのだから寒いのを知った上で来たということになる。
ふーむ、どうしてそこまでして来たのか気になる。
そんなわけで今島の持ち主の家に向かっているところ。
既に遠くに大きなログハウスのようなものが見えているのだが、氷と雪で足が取られて歩みが遅い。
別の飛んでしまえばいい話なのだが、それではダメな気がする。
一応これでもここを治める神だからな。出来るだけ実地体験して知っておきたいというのがある。
サチもそのあたりわかってくれているので何も言わず付き合ってくれている。
たまに手をうにうに動かすのでぎゅっと握り返すと嬉しそうにしている辺り、不満は無いようだ。
さ、あと少しで家だ。頑張ろう。
「ソウ様、サチナリア様、どうぞお入りください」
家に到着すると戸を叩く前に開き、二人の女性が迎え入れてくれた。
足に付いた雪を落とし、中へ入ると温かい空気が身を包んで来るのがわかる。
家の中を見るとあちらこちらにガラスの容器の中に火の精霊石と水が入っているものが吊り下げられている。
なるほど、これで温かさと湿度を保っているのか。
「今お茶をお持ちしますね」
「ありがたい」
迎え入れてくれた二人の女性のうちひとりはお茶を淹れに、もう一人は階段を上って誰か呼びに行ったようだ。
座って待っているとお茶を持って来た女性、呼びに行った女性、呼ばれて来た女性の三人が席に着いた。
三人とも色白で美人だ。はて、でもどっかで見たことあるような気がするんだよな。
そんな事を思っていたら深々と頭を下げてから挨拶してきた。
「改めまして、ようこそおいでくださいました、ソウ様」
「お招きありがとう」
「ソウ様のお話は娘より伺っています。おかげさまで日々が楽しいと喜んでおりました」
「娘?」
「農園にいるユキトリエミリーナです。なんでも直々に料理を教えてくださっているとかで」
「あぁ!」
どこかで見たと思ったらユキの面影があるんだ。
「申し遅れました。私、ユキの母のシュネトリエルナです。シュネとお呼びください」
「よろしく、シュネ」
「そして、こちら私の母のエスカトリエニーナ、祖母のセッカです」
「エスカです」
「え?みんな親子?」
「そうです」
「そうだったのか。てっきり姉妹かと」
「まあ!」
そういうとエスカが嬉しそうに手を合わせて微笑んだ。
そうか、天使は年齢が表に出ないんだよな。
今後もこういう事があるかもしれないから気をつけないといかんな。
「ふふふ、新しい神様はなかなか口がお上手な方のようですな」
ここでやっとセッカが口を開く。見た目こそ他の二人と差はないが、どこか老練な雰囲気がある人だな。
そして身を乗り出して俺の顔を凝視してきた。
その突然の動きにシュネの腰が浮く。
「ちょっと、お婆様、そんなにまじまじと見ては失礼でしょ」
「大丈夫、ちょっと顔を見るだけだよ。ふむ・・・良い目をしているね。なるほどなるほど」
何やらわかったようで頷きながら腰を下ろした。
「失礼した、新しい神様」
「いや。それよりどうして俺が新しい神だと知ってるんだ?」
ユキから聞いているのかもしれないが、どうもそうではない気がしたので聞いてみた。
「それは簡単だよ。私は移民者だからの。前の神様と一度だけ会うた事がある」
「なるほど、そうだったのか」
「うむ」
「それで、俺は新しい神として合格したのかな?」
「ん?なはは!そんなの最初から合格しとる!曾孫があれだけ高評価している神様だからの!」
じゃあ今のはなんだったんだ。
そう思いながらかんらかんらと笑う曾孫を目に入れても痛くないだろう若い婆様に苦笑いを返すしかなかった。
「へー、じゃあ皆雪女の血が入っているのか」
「私で半分だからの。ユキに至ってはほぼ無いと言って良かろうて」
どうやら俺はこのセッカ婆さんに気に入られたようで、色々と身の上話をしてくれている。
この家にはセッカとその旦那が住んでおり、今日は俺とサチが来ると言う事でエスカとシュネは自分の家から来てくれたようだ。
「わざわざありがとな」
「いえいえ。娘がお世話になっていますので、そのお礼が言いたかったというのもありまして」
「エスカは?」
「な、なんとなく?ではダメですか?」
「ははは、別に構わないよ」
こうして話していると大体の性格が掴めて来る。
セッカは前の世界で色々と苦労したようで老獪さが見える。
その娘のエスカは教育方針だったのか、それを全く感じさせない良い気楽さと奔放さがある。
そんなエスカを母に持ったシュネはしっかり者になったのだろう。
それでいて三人に共通しているのが明るくよく喋るというところ。
さっきから会話が途切れる事が無く、内容もあちらこちらに飛ぶ、いかにも奥様方の会話という感じだ。
「大丈夫か?サチ」
「はい、なんとか」
サチはそんな会話に圧倒されているようで、話している人に視線を飛ばすだけで精一杯のようだ。
ユキの性格はこんな賑やかな環境だったからあのようなものになったのかもしれないな。
最近その内気さが抜けてよく喋るようになったが、その原点はここにあるようだ。なるほどな。
「おーい、帰ったぞー」
「はいよー。ソウ様、少し席を外します」
「うん」
家の外で男の声がするとセッカが席を立ち、迎えに行く。
家の戸が開くと雪まみれの大柄な男性。
服の上からでも筋骨隆々というのがわかる風貌、少し老けた顔に髭とメガネが似合う男性だ。
「お?お客さんかね」
「あんたが会いたかった方が来てますよ」
「なぬ!?」
それを聞いて男はまだ雪が服に付いているのも気にせずドカドカとこっちに歩いてきた。なんだなんだなんだ。
「ソウ様!と、お見受けします」
「う、うん。そうだけど」
なんか言葉に怒気に似た気迫が乗っている気がする。
「私、セッカの夫、アズヨシフと申します」
「お、おう。よろし」
「是非一つ相談に乗っていただきたいのです!」
深々と頭を下げるその姿は若々しさすら感じさせれられるものだった。
落ち着いたアズヨシフと俺は女性達とは別のテーブルで話すことになった。
「造島師?」
「はい。少人数ですが皆良い腕を持った者達です」
「うん。それで、相談というのは?」
「実は私には終生のライバルがいるのですが、最近風呂という技術を得まして」
造島師でライバル、そして風呂を知っているといえばヨルハネキシしかいないな。
そうか、ライバル関係なのか。
「先日見せて貰った時にソウ様の名が出たので是非一度お会いしたいと思っていました」
「そうか。・・・同じように風呂のつくりを教えればいいのか?」
大体彼の意図するところがわかったので少し悪い笑みを浮かべながら聞いてみる。
「っ!回りくどい言い方でしたか」
「気にするな。あと、もっと普通に話してくれていいぞ」
「そうですか。では・・・」
そういうとそれまで子犬のようなおどおどしたような目から猛犬のようなギラついた目に変わった。
「ソウ様。俺にも何か作らせてもらえないですかね。奴に並べる何かが欲しいんです」
手を握って頭を下げてくる。
さて、どうしたものか。
正直言えば押し売りに近い状態だ。
しかし彼のこの純粋に技術力を欲する真剣な眼差しを見ていると心が動かされる。
「そうだなぁ・・・。いいけど、ひとつ確認する」
「なんですか?」
「確かに風呂を依頼して作ってもらったが、そこから新たに発想しないと並べないと思うぞ」
「勿論、心得てます」
「うん。じゃあちょっと作ってもらいたいものがあるんだけど、頼めるかな?」
「お任せください!」
「出来ました」
依頼を出して少し、あっという間にそれは完成した。
「おー、素晴らしい。入ってもいいかな」
「どうぞどうぞ」
それに足を入れると程よい温かさが足を包み、体の緊張が抜けていく。
アズヨシフに作ってもらったのはコタツだ。
ある物で即席で作ってもらったが中々の出来をしている。
「アズヨシフも入りなよ」
「では失礼して。・・・おぉ・・・」
「どうだ?」
「風呂に似た落ち着きを感じます。が」
「が?」
「改善点が山ほどある!」
「ふふ、そうか」
確かにこのコタツは掛けてる布団も薄手だし、床の上に置いてるから尻が冷たい。
しかしこれをきっかけに彼なりの改善を施していけばそれは彼の技術になる。
そのうち完成型が出来たらうちに納入してもらおうかな。
これでサチとゆっくり・・・ってどうしたサチ。
うん、助けて?わかったわかった。
「折角出来たんだし、ご婦人方の意見も聞いてみたらどうかな」
「それはいいですな。セッカ、エスカ、シュネこっち来て入りなさい。お前達の意見を聞きたい」
興味津々の様子でこちらに来る三人と入れ替わるように俺はサチの元に戻る。
「何も泣かなくても」
「泣いてません」
そうか?困って今にも泣きそうな顔してたけど。
「ところでソウ。どうしてコタツを?」
サチはコタツを下界の城下町で見ているので知っている。
「ん?んー・・・コタツってさ、俺の中で団欒のイメージがあるんだよね」
「団欒ですか」
「うん。アズヨシフの家族って一杯いると思うんだ。嫁や娘達の他にもその関係者とか」
「そうですね」
「そういう人らが一同に会した時にコタツがあればいいなってなんとなく思ったんだよね」
「なるほど」
今もアズヨシフを中心に女性達があーだこーだと話し合っている姿が見える。
ユキがさらに混じれば美味しい飯が加わる事だろう。
そうすればもっと話は賑やかになり、喜怒哀楽が溢れる空間になる。
コタツで飯か。
「今日の夕飯は鍋にしようかな」
「どうしたのですか突然」
「なんとなく、ね」
コタツの上に鍋を置いてみんなでつついている図を想像したら食べたくなって来てしまった。
「またいらしてくださいな」
「うん。今度は島の案内も頼むよ」
「ならば今度は雪女らしさをご披露させて頂きますかな」
のほほと笑うセッカを小突きながらアズヨシフが大きな手で握手を求めてくる。
「助かりましたソウ様。完成した暁には是非堪能してください」
「うん。楽しみにしている」
握手しながらコタツの出来が今から楽しみになっている俺がいる。
コタツの他にもヨルハネキシ同様に少し話したが、後は彼がそこから何を得るか次第なのでそこも楽しみだ。
「後でユキちゃんに自慢しよ」
「お母様、落ち着いて。帰られますよ」
「ははは、それじゃまた」
「失礼します」
笑顔の四人に見送られながら俺とサチは転移した。
結局島の視察はあまり出来なかったが、島に住む人達と多く交流できたのはいい出来事だった。
さ、帰ったら鍋にしよ。
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