風の精

竜園地挑戦中の一行がやっと火竜の領域を突破した。


やっぱり慎重に頭を使って進めば攻略できるようになっていたようだ。


今は火竜と風竜の中間にある雷竜の領域の宿で休んでいる。


今度はこの宿が帰還場所になるっぽいな。


一行に突破された火竜の領域では統括竜の火竜がドラゴン達を集めて集会をしている。反省会かな。


ハズレルートで一行を迎えてた大ドラゴンが火竜に何か意見を言っている。


なるほど、こうやって意見を聞いて次回に生かすのか。


・・・そう思ってたら大ドラゴンが火竜に殴り飛ばされた。


えぇー・・・折角感心してたのに・・・。


あーあ、大ドラゴンは気絶しちゃってる。


しかし凄いな、一行を一瞬で倒した大ドラゴンをこうも簡単にのしてしまうとは。


我に返った火竜が慌てて大ドラゴンを起こしてる。


火竜はちょっと短気なのが欠点だな。


起きた大ドラゴンに謝る火竜。ちゃんと謝れるのは美点だな。


意見交換が終わったらその後は打ち上げか。


・・・これ、俺の知ってる打ち上げじゃないな。


火竜をはじめ、強いドラゴンに他のドラゴン達が立ち向かっては一瞬にして復活地点に飛ばされてる。


致命傷を受けると自動的に復活するのをいいことに、ここぞとばかりに火竜や自分より強いドラゴンに立ち向かっている。


こうやって序列を決めているのか。


こういう時じゃないと全力でやれないからいい機会なんだろうな。


うーん、これがここの文化なんだろう。なかなかに激しいが。


一行が次に向かう風竜の領域も終わるとこんな感じになるのだろうか。


少し気になるので一行には頑張って突破してもらいたいものだ。




忘れていた事はふとしたきっかけで思い出す。


料理酒が一本使い切って次のを出してもらおうとした時にある事を思い出した。


「そういえば別で保管してた酒ってどうなった?」


「あ!」


この反応、さては忘れてたな?・・・俺もだけど。


サチが少し慌てた様子で外に出て行くので俺も付いて行く。


サチは島の端まで行くとそのまま羽を出して降りていった。


仕方ないのでその場で待っているとサチが戻ってきた。


手には瓶がある。


「お待たせしました」


「うん。一体何処に置いてたんだ?」


「島の真下です」


何故そんなところにと思ったが、念には念をってことなんだろう。


瓶を受け取り横から瓶を見る。


中身が少し減ってるな。


密閉容器とはいえ多少は揮発してしまったか。


「・・・?」


瓶を開けて味も見ようかと思ったところで視線を感じて手を止めた。


辺りを見回すと崖の縁に手を置いてこっちを見ている生き物がいる。


あ、目が合ったら隠れてしまった。なんだあれ。


「なぁ、今何か緑の生き物みたいなのがそこからこっち見てたんだが」


「なんでしょうか」


サチが崖の下を覗き込んだ瞬間突風が俺を襲った。


「んっ・・・ん?」


瓶を持った手で顔を覆おうとしたら瓶に何かへばり付いてるのに気付いた。


良く見るとさっきの緑の奴だ。


「サチ、こいつこいつ」


「どれです?・・・ソウ、これは風の精ですよ」


サチが風の精というこの緑の生き物は手のひらぐらいの大きさの体を大の字に開いて酒瓶に張り付いている。


あ、こっち見た。


凄い涙目で何か訴えているようだ。


「サチ、この子と話せる?」


「やってみます」


地の精の時のようにパネルを横に開いて話をする姿勢になる。


風の精も話す気になったのか一旦瓶から離れて滞空しながら身振り手振りで何かをサチに訴えている。


風の精は良く見ると両手が翼になってるようで、その翼の先を器用に丸めたり伸ばしたりしながらサチと話している。


ふむ、風の精は声が出ないのか。それとも俺が聞こえない音域なのかな。


「大体わかりました」


「なんだって?」


「偶然この瓶を見つけ、瓶から漏れるわずかな香りが気に入ったようです」


酒の匂いが好きとは。ルミナと気が合いそうな風の精だな。


「風の精は変わった匂いが好きなので、できれば持っていかないで欲しいそうです」


「うーん。実験的に置いただけだしなぁ」


そういうと風の精は再び酒瓶に張り付いて首を左右に振って涙目になる。


酒好きが酒を奪われそうになった時にこういう行動するのを下界で見たような気がする。


さて、どうしたものかな。


まだ酒はあるからそのままあげてもいいけど、いずれ無くなった時に催促されるのも困る。


「悩んでるソウに耳寄りな情報があります」


考えてるとサチが思わせぶりな様子で話しかけてくる。


「聞こう」


「風の精は空気を操る事が出来ます。風の精はそれを使って木の実などを腐らせてその香りを楽しむ習性があります」


「ほうほう」


「これを利用すればソウが以前から言ってたハッコウというものも出来るのではないでしょうか」


サチの言葉に衝撃が走る。


発酵が出来れば料理の幅が大幅に広がる。


ふ、ふふふ。ついに醤油を手にする事ができるんだな!


・・・落ち着け。まだ風の精が出来ると決まったわけじゃない。


「サチ、風の精に特定の菌や微生物を増やしたり出来るか聞いてみてもらえるか?」


「聞いてみます。・・・やれそうとの事です」


よし!よしよしよし!


「うん、そういう事なら話は早い。この酒瓶はあげよう」


そういうと風の精は瓶のまわりをぐるぐるまわって喜びを表している。


「更に中身が無くなったら別の新しいのも追加するぞ」


喜んでた風の精がまさかそんなみたいな顔で驚いてる。可愛いな。


「代わりに頼みごとをするけどいいか?もしかすると新しい匂いの発見にもなると思うんだけど」


それを聞いて凄い早さで頭を前後して頷く。緑色が残像になってて少し怖い。


「いいそうです。では、貴方が好きな場所に置きますので指定してもらえますか?」


風の精は突然の高待遇に少し困惑しつつも自分のお気に入りの場所を教えてくれた。


風呂場の上かー。なかなか変わったところが好きなんだな。


風呂場の裏手の安定した場所に瓶を置くと栓がしてある瓶の口に張り付いて匂いをかいで満たされた表情をしている。


「今度安定して置ける台座みたいなの作ろう」


「そうですね」


「ふふふ、今後が楽しみになるな」


「えぇ、私もソウが作る料理が楽しみです」


風呂場の裏手で三人それぞれの思惑でほくそ笑む様子は怪しさ満点だったと後で思った。


ルシエナ辺りが見て無くて本当に良かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る