家出少女

今日の仕事に身が入らない。


「・・・」


溜息を付きたくなるのをぐっと我慢する。


下界の和人族の城下町を観察してたら急に懐かしい気持ちが込み上げてきてしまったからだ。


ただ、ここで溜息でも付こうものならサチが気にする上に哀しそうな顔するからな。


それはそれで見たくないので堪える。


ちょっと気分転換に別の場所でも見てまわるか。


森林の村。


恐らく俺が神になってから一番変化が起きたところじゃないかな。


集落から村になる程人の出入りが増したし、何より雰囲気が明るくなった気がする。


祭神役の子も親子共々元気そうだ。


草原の街。


この辺りの拠点なのでいつも通り賑やかだ。


特に変化はない、いや、木剣のキーホルダーをした信者が増えたな。


最近結婚した商人も店頭に並べてくれている。


奥さんとの仲もいいようで、それに当てられて買う人も居るようだ。


オアシスの街。


相変わらずここは他と毛色が全く違うな。


末裔の二人も相変わらず仲睦まじいようでなにより。


そういえば元魔族の子達はどうだろうか。


うん、みんな笑顔で働いているようだ。よしよし。


穀倉地帯の集落と大河の漁村。


どちらも駐在する信者は居ないものの、草原の街の信者が増えた事で頻繁に行き来があるので最近は視野範囲が消える事も無くなった。


不作不漁にでもならない限りは俺の出番は無いだろう。無い方がいい。


他にも点々とした住居があるが何処も大きな問題はないようだ。


たまにはこうやって用も無く各地を見てまわるのもいいな。


そういえば月光族の港町と村もまだじっくり観察してなかったな。


今のところ期限付きだしこっちを優先的に見ておいた方がいいのかもしれない。


「ソウ、時間です」


「ん、わかった」


「今日は何やら各地を見ていたようですが、何か気になる事でも?」


「いや、なんとなく気まぐれで見てただけなんだが」


「そうですか。いいことだと思いますよ。たまにはそういう事も必要だと思います」


「うん、そうだな」


なんだろう、サチに俺の心が見透かされているような気持ちになる。


また顔に出てたかなぁ。


片付け終わったサチがこっちに向かってくる。


「では今日は・・・どうしました?」


何となくサチの頭を撫でてみる。


「これも気まぐれ」


「そうですか」


最初は少し戸惑ってたが直ぐに受け入れてくれたようで撫で終わるまでじっとしててくれた。


うん、確かに前の世界は懐かしく思うが、今の俺にはサチをはじめ世界の人達が居る。


郷愁に浸っている場合じゃないな。頑張ろう。




今日も何も予定が無いので大収穫際で貰った大量の作物をどうにかしようと思ってたのだが。


「・・・あれは・・・っ!?」


「どうした?あ、おい、サチ!」


転移が終わって家に向かう途中でサチが何かを見つけたようで、慌てて飛んで向かっていった。


向かった先には・・・鳥?いや天使だ。小さいから子供か?


フラフラしながら飛んでて今にも墜落しそうだ。


その飛行がカクンと下がったところでサチがそれを受け止めた。良かった。


そのまま抱いてこっちに戻ってくる。


「大丈夫か?」


「えぇ、なんとか。ですが今は気を失っています」


腕に抱かれた子は女の子で人間で言えば四、五歳ぐらい。


少年神やハティと同じぐらいかそれより若いぐらいだ。


「ひとまず家に」


「そうですね」


とりあえず家でこの子を寝かせよう。




「どうだ?」


布団に寝かせた女の子の状態を診てるサチに聞く。


見た感じ女の子は辛そうな表情はしておらず、静かに寝息を立てている。


「典型的な過飛行による意識喪失ですね」


「詳しく聞いても?」


「はい。我々天使は長く飛んでいると酸欠になったり意識が朦朧としてきます」


「走ってなるのと同じような感じか?」


「その認識でいいと思います。特に子供のうちは自分の限界を知らずに飛んでしまうので」


「なるほど」


子供は走り回ってたと思ったら突然電池が切れたかのようにパタンと寝るからなぁ。


地上ならそれでいいかもしれないが、飛んでたら地面に激突なんて事もあるだろうから危険だな。


「しかし、おかしいですね。普段ならば近くに大人の天使が近くにいないと子供の飛行はしてはいけないはずなのですが・・・」


サチが状況を不審に思っていると女の子が目を覚ます。


「ん・・・あれ?ここは・・・」


「目が覚めましたか?」


「え?え?サチナリア様?」


「えぇ、そうですよ。大丈夫ですか?」


「あ、はい。大丈夫、です・・・」


む、俺を警戒してるかな。


サチを知ってるみたいだしここは二人で話させる方がよさそうだ。


「サチ、俺は少しキッチンで何か作ってるから」


「わかりました」


ここはサチに任せて俺はキッチンで何か甘いものでも作る事にした。




サチがいないので作れる物が大分限られたがプリンとクレープなら作れたので作り置き分も含めて多めに作っておいた。


何せ大収穫祭で作り置きしておいた分が全部掃けてしまったからなぁ。


若干失敗気味のものまで喜んで食べてくれたみんなには感謝してるが、少し恥ずかしい。


教えている立場上もう少しいい物を出したいものだ。


「すみません、気を使わせてしまって」


次は何を作ろうかと考えてたところでサチが飲み物の用意をしにこっちに来た。


「いや。それより何かわかったか?」


「えぇ、色々と。とりあえず警備隊に連絡して保護者に連絡してもらうよう伝えておきました」


「そうか。一人で飛んでた理由は?」


「家出だそうです」


「家出?」


「どうやら保護者の方と喧嘩したらしく家を飛び出して来たようです。それで行くあてもないので適当に飛んでいたらあのような状態になったそうです」


「なるほどね」


子供の家出か。


普通なら浮遊島内に隠れるぐらいで留まるのだが、相当腹に据えかねたんだろうな。


「どうしますか?」


「どうするって言ってもなぁ。保護者が来るまでうちで保護するしかないだろう」


「わかりました。ではちゃんとソウを紹介するので一緒に来てください」


「あいよ」


サチに温めた砂糖入り牛乳とプリンを乗せたお盆を持たせて女の子のところに向かう。


「落ち着いたか?」


「あ、う、うん・・・」


まだ俺を見て緊張するようだ。


うーん、俺怖がられるような見た目してるかなぁ。


「アン。こちらが私達の神様のソウですよ」


「は、はじめまして、ソウ様。えっと、アンジェリカ、です。アンって呼んでください」


「はじめまして。よろしく、アン」


たどたどしい自己紹介になるべく優しく応対する。


「こちら、よかったら食べてください」


お盆にアンの分だけ乗せて渡す。


「大丈夫です。私達の分もありますので」


アンに見せるようにしながらプリンを頬張るサチ。


今は冷静な補佐官状態だがよくよく観察すると小刻みに震えてるのがわかる。


美味いか、そうか、よかった。


アンもサチが食べてるのを見てから砂糖入り牛乳に口をつける。


「わっ、甘いくておいしい」


そこからは早かった。


あっという間に牛乳の飲み干し、プリンに手を付けて口に頬張り。


「!!美味しい!」


初めてプリンを食べた時のサチに負けず劣らずの早さで食べ終えた。


「よかったら俺のも食べるか?」


「え!?いいの?」


「いいぞー」


渡してやるとにこやかな笑みを浮かべながら口に運ぶ。


よしよし、緊張がほぐれてきたようだな。


「はー・・・美味しかったー・・・」


食べ終えて余韻に浸るアンを見て俺もサチもほっと一息付く。


「落ち着きましたか?」


「あ、うん、ありがとう、ソウ様、サチナリア様」


この子はちゃんとお礼も言えるいい子だな。


ふむ、となると保護者と喧嘩した理由が気になってくるな。


「それで、アン。どうして家を出てきたか教えてもらってもいいですか?」


「うん。えっと、です、ね」


「アンが話しやすい口調でいいよ」


頑張って丁寧な言葉を紡ぎ出そうとしているのが分かったので無理せず話しやすいように促してやる。


「うん。それでえっとね、お母さんがうるさくて出てきたの」


「うるさく?どんな風に?」


「あれしなさいこれしなさいってガミガミグチグチ言ってきて」


「ほうほう」


「自分だって上手く念を使って出来ないのに、私にはもっと上手くやれるとか言って来て」


あー・・・。


「それでもうやんなっちゃって、出てきたの」


「そっかー」


何か凄くよく分かる言い分だ。


子供の成長は早いからな。


大人が同じようにしつけてるつもりでも子供の感じ方が変わってきて、ちゃんと言われた事に対して考えるようになってくるものだ。


そうすると言われてることの理不尽さに腹が立ってきて今回のように癇癪を起こす。


特に言う側が出来てない事を出来ると言われてやらされるというのは納得できないからな。


「よーくわかる」


「ほんと?」


「うん。何を偉そうにって思っちゃったんだろ?」


「うんうん、そうそう!」


その後も母親に対する愚痴が止め処なく出てきてどれもこれも子供の頃に感じるあれこれだった。


ただ、俺がこれを感じたのはもう少し年が進んでからだった気がする。


やっぱり女の子は心の成長が早いんだなぁ。


アンが一通り喋ったところでサチがお茶を淹れに席を立つ。


「・・・なあ、アン。それでお母さんの事はどう思う?」


色々喋っていくうちにこの子の中に不安が芽生えてきたのが表情を見ていれば分かる。


「うるさいから嫌い」


「ふーむ。じゃあうるさくなくなったらどうだ?」


「うるさくなくなる?そんな事あるの?」


「アンよ。俺を誰だと思ってるんだ?神だぞ?」


ちょっと演技調で言ってみる。


「!!」


それを聞いて驚いてこっちを見る。良い反応だ。


「で、そうなったらどうだ?」


「・・・それなら嫌いじゃない、かな」


「そうか。じゃあ神の俺がうるさくしなくなる方法を教えてしんぜよう」


「ホント!?」


驚いたり悩んだりする度に表情がコロコロ変わって見ていて楽しい。


「今アンはお母さんも出来ないのにやれって言われるから怒ってるんだよな?」


「うん?うん」


「じゃあこれがもしアンが出来ちゃったらどうだ?アンの方が凄いって事になるよな?」


「うん」


「そしたらもうお母さんはうるさく言ってこなくなるぞ」


「え?それだけ?」


「それだけ」


何を指示されたかはわからないが、何であろうとそれだけと言い切れるこの子は将来有望な気がする。


「えー、本当かなぁ」


「そう思うなら一度やってみたらいい。もしそれでもうるさいままなら俺に文句を言いに来ていいぞ」


「んー・・・うん、わかった。やってみる」


「うん、がんばれ」


話がまとまったのを見ていたサチがお茶と一緒に情報も持ってきた。


「ソウ、ルシエナがもう直ぐこちらに来るそうです」


「あいよー」

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