精錬技師

気付いたら翌日だった。


うーん、思ったより疲れてたのかな。


一度目が覚めたが横でサチが寝てたので二度寝した。


さて、気持ちを新たにお仕事しますかね。


下界では最初の集落でお祭が催されてた。


街からも人が来て楽しんだり商談したりしてる。


今年は一番最初に願いを叶えたあの少女が祭神役として祭の主役をしている。


立派になったものだ。


サチと二人で感慨深くなってしまった。


そうそう、あの苔だらけの祭壇は今や綺麗にされて回りにも色々装飾がされている。


お?祭神役が祭壇に来た。


お祭りの締めの行事のようだ。


少女が祭壇に祈りを捧げると俺のところに願いの内容が届く。


うん、どれどれ?


みんなが笑顔で幸せに暮らせますように?


彼女こそ本当に神なんじゃないかと思えてきた。


若干涙ぐんでしまったが、隣でサチがガチ泣きしてたのでそれを見て落ち着いた。


お祭は無事終了し、集落の人達は後夜祭で盛り上がり、見に来た人は帰路についたようだ。


お祭から数日後、視野範囲に変化があった。


若干だが街周辺の範囲が広がった。


なるほど、ああやって良い印象を持った人が信者になってくれるのか。


お祭って大事なんだな。


俺としては何か特別なことはしてあげることはできないけど、頑張ろうって気持ちになるな。





「今日はどうしますか?」


仕事を終えてサチがメガネを外しながら聞いて来る。


どうも仕事の時はメガネをするらしい。


何でか聞いたら前の神様がそうしろと。


ふむ、爺さんいいこと言った。


今度家でしてもらおう。


それはさておき、やっぱり食の充実をはかりたい。


「うーん、調理道具が欲しいんだが」


「調理道具ですか・・・」


「うん、道具作りとか得意な人とかいないか?」


下界にも調理道具は存在するのでサチも物は知っている。


だが実際作れる人がいるかとなると話が少し変わってくる。


どうも天使は念じることで色々やれてしまうので作るという能力が低下しているように感じる。


「うーん、居ることは居ますが・・・」


ルミナの時のように歯切れが悪い。


「何か問題でも?」


「いえ、あー・・・何とかなるでしょう。わかりました、行きましょう」


若干不安になる反応だが任せるしかないな。




降り立った先は山のある浮遊島。


山も木々が少なく岩肌が露出してて足場が悪そうだ。


「登山かー・・・」


「いえ、飛びますけど」


そうだった、飛べるんだった。


何言ってるんですか?みたいな顔をされてしまった。恥ずかしい。


サチに抱えられて山に沿って飛ぶ。


本当は俺も飛べるようになった方がいいんだろうが、今みたいな密着状態はこれはこれでいいものだ。


見た目的にはシュールかもしれないが。


山の外周を三分の一ほど回った中腹辺りに家屋が二件見えてくる。


どうやらそこに降りるようだ。


「ここは?」


戻ってきた地面の感触に安心しながら聞く。


「ここは精錬技師の家です。天界でも指折りの職人が住んでいるところですよ」


「ほうほう」


説明しながら家に近づき扉を叩く。


程なくすると扉が開かれ小柄な娘が顔を覗かせる。


「なんでしょう?」


「突然すみません。アストレウスさんはいらっしゃいますか?」


「えっとお名前伺っても?」


「主神補佐のサチナリアです」


「!?しょ、少々お待ちください!」


慌てて娘さんが中に入っていく。


家の中のドタドタと慌しい音が聞こえてくる。


しばらくしてその音が止まったと思ったら。


「あんだどー!?」


先ほどの娘さんとは違う男の声が響き渡る。


そして再びドタドタと慌しい音がして、勢い良く扉が開かれる。


「た、大変お待たせしました」


娘さんが息を切らして出てくる。


そしてその後に出てくる男性。


娘さんの倍近い身長と細長ながら見事な筋肉が見え隠れする体つき。


そして煤けた黒髪に似合わない端正な顔つき。


うーん、イケメンだ。


「それで今日は主人にどういったご用件でしょうか?」


娘さんが不安そうに、ん?今なんつった?


「お、奥様ですか?」


サチも驚いて聞き返してる。


「はい。申し送れました、私こちらのアストレウスの妻、ミリクリエと申します」


自己紹介と共に奥さんが旦那さんの手をきゅっと掴んで微笑む。


お、さっきまでこっちを睨んでた旦那さんの表情が照れて和らぐ。


「これはご丁寧に。改めまして私、主神補佐のサチナリアです。こちらは私が仕えている神様です」


「神様!?」


目の前の二人が驚く。


うん、大分慣れた。


「お、おおぉぉ!」


旦那さんが驚いた顔のまま口を開く。


「ようごぞ神様!ごんなむざっぐるすい場所までわざわざ来でぐださっでな!」


凄い速さで距離を詰められたと思ったら手を取られ両手で握手された。


「ちょ、ちょっとおまえさん、失礼だよ」


ミリクリエが慌ててアストレウスの服を引っ張ってる。


「いやー主神補佐官様がおいでなすったどおもっだら、まざが神様までおいでになるとんば!」


奥さんの制止も気にせず満面の笑みで俺の手をブンブンと振ってくる。


というか凄いなまりなんだけど。


これか?サチが渋ってた理由って。


「ちょ、ちょっと落ち着いてください」


サチまで止めに入る。


「おっどーごれは失礼したがー。ハハハハハ」


二人に気付いて手を離してくれる。


見た目に反して豪放磊落な人のようだ。


「まったく、折角黙っててって言ったのに台無しじゃないか」


ミリクリエが太もも辺りをバシバシ叩いてるが嬉しそうに笑ってて全く効いてない。


二人とも最初見た印象と全く違うな。


でも、仲良さそうなのはわかる。いい夫婦だ。


「ぞんでご用件ばなんでんす?」


「はい、実は」


「まあまあ立ち話もなんですから中へお入りくださいな」


サチが説明しようとしたところを遮りミリクリエが中に招いてくれる。


サチが困って泣きそうな表情を一瞬こちらに見せたが、俺は微笑んで中に入るよう促した。



「粗茶ですが」


ミリクリエがお茶を出してくれる。


どういうわけかお茶は定着してるんだよな、この世界。不思議だ。


「それで、今日は依頼をしに来ました」


俺がお茶に口をつけてる間にサチが話を切り出す。


依頼と聞いてアストレウスの顔が職人の顔つきになる。


口を開かなければカッコいいんだけどな、この人。


あ、ミリクリエが応対してたのはそういう事だったのかな。


ぼんやりそんな事考えてる間にサチが俺がこっちで生活する経緯と調理道具の作成依頼をしたいという内容の説明を終えていた。


「調理道具ねぇ。下界じゃそういう道具があると聞く。なら作れないことはないだろう」


アストレウスの言葉が聞きやすくなってる。


職人モードになるとこうなるのか。


さっきダミ声だった分渋くていい声にすら聞こえてくる。


「頼もしい限りです。ではソウ、具体的な話を」


「ん、わかった」


俺とアストレウスは向かい合って具体的な調理道具の話を始めた。


とりあえず必要なのが、包丁、まな板、箸、菜箸、ザル、鍋、フライパンぐらいかな。


出来ればコンロみたいなものも欲しいところだ。


一つ一つ特徴や用法を説明していく。


「ふんふん。なるほど、下界の連中は面白い発想してんなぁ」


アストレウスがメモを取りながら少年のような眼差しで話を聞いてくれるので話すこっちも楽しい。


ちなみにサチとミリクリエはいつの間にか席を外して少し離れたところで何やら話しているようだ。


「どうだ?出来そうか?」


「ハッハッハ、お安い御用だ。任せてくれ」


まだ色々欲しい道具もあるが、ひとまず腕前を見せてもらおう。


「しっがし新じい神様ば異世界の人だっだなんでなー」


あ、職人モード終わった。


「やっぱ変かな?異世界人が神をやってるなんて」


「ハッハッハ、ぞんな事気にぜんでよがす!わすらがごごで生活でぎでるんば神様のおがげですんがら、自信もっでぐだぜ」


「そうか、そう言ってもらえると助かる」


二人で笑ってるとサチとミリクリエが戻ってくる。


「話は終わりましたか?」


「おう、ばっちりだ」


これが俺とサチのやりとり。


「あんた、神様に失礼なこと言ってないだろうね」


「ぞんな事あるわげなが」


これがあっちの夫婦のやりとり。


薄々感じてたが奥さんの尻に敷かれてるよな、これ。


「では参りましょうか」


「うん、お邪魔しました、二人とも」


「いえいえとんでもない。ほら、あんた、お見送りするよ」


「わがっどる!」


うん、やっぱり尻に敷かれてるな。




「では依頼品ができましたらそちらに転送します」


「はい、よろしくお願いします。それではまた」


「まだ来でなー!」


サチに抱えられ、二人に見送られながら山を後にする。


「いやー面白い夫婦だったな」


転移場所に飛びながらサチに話しかける。


「そうですね。アストレウスさんが結婚した事は耳にしてましたが、まさか奥様があんな可愛らしい方だったとは」


「わかる。でもアレ実際は奥さんが主導権握ってるよな」


「はい。お二人が話してる最中に色々お話聞けました」


「ほう、どんな話したんだ?」


「それは内緒です。ふふふ」


楽しそうにしてるのでこれ以上追求すると薮蛇になりそうだ。


「これでもう少しマシな飯が作れるといいな」


「そうですね。今から楽しみです」


既に俺の飯の虜になってるな。


「ルミナにも食わせてやらないと」


「あー・・・そういえばそんな約束していましたね」


明らかに嫌そうな言い方をするが照れ隠しなのはわかってるぞ。


「後はそうだな、風呂が欲しいところだな」


「毎日洗浄しているから必要ないのではないですか?」


確かに毎日身綺麗にしてもらってはいる。


「いや、そうなんだが、あれはいいものだぞ?」


風呂は心が洗われる気がするんだよな。


「ソウがそこまで言うのでしたら考えますけど」


「ああ、是非とも頼む」


サチとも一緒に入りたいしな。


そう考えながら帰路に付いた。


そうそう、結局サチがミリクリエから聞いた話は主に夜の生活で生かされる事だった。


俺らが真面目に話してる間になんていう話してんだ、まったく。

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