第147話

「私共の提案とは、簡単に言えば、私共と再び盟約を結びませんか?というものです」(上位の精霊)

「盟約?一体それは……?」(イーサル)

「ヨートス殿と、海の敵から、カナロア王国を守護する、海側の各都市と結んだ同盟」(ステイル)

「という事は、古き盟約の事か!!」(イーサル)

「そうでございます。ヨートス殿が、カナロア王国初代国王の事を気に入って、手を取り合って結んだ、最古の盟約です」(ダリ)

「そこまで大袈裟なものではないですよ。ただ互いに、困った事があったら、助け合いましょうというものですよ」(上位の精霊)


上位の水精霊様や、かつてを知る人魚や魚人の戦士さんたちも、イーサルさんたちの大袈裟な捉え方の数々に、少し困った顔をしている。


まあ、メルジーナ国側からすれば、助け合いという単純な話をしているが、カナロア王国側では、大きな話になっているからな。


イーサルさんは、興奮覚めきらぬままに、テンションが上がった状態で、上位の水精霊様が、提案していく内容を聞いている。魔文字による記録を行っている者も、興奮しながら、ペンを走らせている。


上位の水精霊様が提案した内容は、簡単な事だ。今回の海の魔物や、タイラントクラブの興奮が収まるまでの、海側の警戒や討伐を、ある程度引き受ける事。興奮状態が収まった後でも、海の魔物が、ユノックや他の都市に向かう際には、情報を共有して、早期に知らせる事が可能な事。各都市の、漁師さんたちとの交流や共同での狩り。人の到達できない、海底にある海産物と、地上の香辛料などとの交換取引などなど、様々な事が提案されていく。


「なぜ、盟約とはいえ、そこまでの事をしてくれる?」(イーサル)

「単純な話をすると、我々は、半世紀ほど海に籠っていた事から、飽きにも似た感情があるんです」(上位の精霊)

「飽き、ですか?」(イーサル)

「はい。変わらない景色に日常。術士に対抗するために、磨き続ける武芸。それらが悪いとも言いませんが、我々にも若い世代が生まれています。その子たちの為にも、一時それらを忘れる為にも、外の世界に触れられる場所が、我々にも必要なんですよ」(上位の精霊)

「確かに、いくら長命な種であっても、退屈には勝てないと、書物に書かれてましたな。……分かりました。ユノックに関しては、この盟約を受けようと思います」(イーサル)

「ありがとうございます」(上位の精霊)


上位の水精霊様も、人魚や魚人の戦士さんたちも、頭を下げる。それを見つつ、イーサルさんは少しだけ、申し訳ないといった顔になって、口を開く。


「ただ、ここ以外の都市に関しては、その都市を治める領主たちと、王族にも、話を通さなくてはなりません。しばし、時間をもらえますか?」(イーサル)

「はい、分かりました。ただ、魔物の討伐の協力は、盟約が結ばれる事に関係なく、させていただきたいと思っています」(上位の精霊)

「もちろん、こちらとしても願ってもない申し出です。報酬の方も、後程お支払いしますので。どうか、お力をお貸しください」(イーサル)

「こちらこそ、今後ともよろしくお願いいたします」(上位の精霊)


メルジーナ国側と、カナロア王国ユノック領側とが、互いに頭を下げあい、最後にトップ同士が握手をする。今ここに、かつての古き盟約が復活した。


それを見ていた、ダリさんやガレンさんは、目尻から輝くものが、うっすらと流れている。どちらも、記憶に残っている、当時の暖かい光景を、思い出しているのかもしれない。


そこからは、かつて交流のあった頃の、思い出話しになっていく。そこで明らかになったのは、俺の隣にいる上位の水精霊様が、カナロア王国の初代国王と、交流があった事と、最初の盟約の際に立ち会った事だ。


「初代国王とは、どのような人だったのですか?」(イーサル)

「そうですね………、彼は………」(上位の精霊)


上位の水精霊様が、初代国王について、覚えている限りの事を、面白おかしく語っていく。本や伝承で残っている話から、全くの新しい話しに、イーサルさんのみならず、カナロア王国に生まれた人たちは、興奮し、心を震わせる。


記録係の者も、興奮しながらも、必死に腕が震えないようにしながら、上位の水精霊様の語る、初代国王に関する話を記録していく。特に、イーサルさんたちの興奮が最高潮になったのは、初代国王とヨートス殿の出会いや、古き盟約が結ばれた瞬間を、上位の水精霊様が語っていた時だった。俺やナバーロさんたちは、それを微笑ましく見ていた。


そんな中で、何かを思い出したかのように、人魚の戦士さんの一人が呟いた事で、執務室の空気が変わった。


「そう言えば、シーラ婆さんが昔から、あの子は良い王になる、とか言ってたのは、初代国王の事だったか」(人魚の戦士)


執務室の音という音が消える。今まで、止まることなく書き続けていた、記録係の者ですら、腕もペンも、止まってしまっている。イーサルさんたちの視線が一気に、呟いた人魚の戦士に向かう。人魚の戦士さんは、集まる視線に驚きつつも、イーサルさんたちに、質問をする。


「ええっと、私を見られていますが、何か気に障る事でも、言いましたか?」(人魚の戦士)


人魚の戦士さんが、困った様にそう言った事で、皆が我に返った様で、咳払い一つと共に、イーサルさんが代表して答える。


「いや、貴方の仰った、シーラという名は、初代国王を無類の戦士に育て上げた、最強の女性戦士だと、この国に伝わっている。なので、その名が出た事で、少し動揺してしまった様だ。驚かせてしなったなら、申し訳ない」(イーサル)


イーサルさんが、そう言って謝る。すると、人魚や魚人の戦士さんたちが、顔を付き合わせて話し合い始める。上位の水精霊様は、何を話し合っているのかが分かっているようで、ニコニコとして、人魚や魚人の戦士さんたちの、話し合いを見ている。


暫くの後に、発言をした人魚の戦士さんが、イーサルさんに向けて口を開く。


「……恐らくは、この国の初代国王を鍛えたのは、俺の言った、シーラ婆さんで間違いないと思います。シーラ婆さんは、我々の指導教官……、つまりは師匠です。それに、今でも第一線で槍を振るっている、メルジーナの女傑です」(人魚の戦士)

「つまり、まだ初代国王の、お師匠様は、生きておられるんですか?」(イーサル)

「はい、まだ…というか、今も昔も変わらないほどに若々しいです。それに、今の我々でも、足元にも及ばないほどの実力者です。それに、自然と付き従ってしまう、絶対的なカリスマ性がある人魚の女性ですよ」(人魚の戦士)

「こ、今後、その方に合うことは可能ですか?」(ステイル)

「その時は、ぜひ、私も一緒にお願いします!!」(ネストール)

「……どうですか?素直に会ってくれますかね?」(人魚の戦士)


人魚の戦士さんが、上位の水精霊様に問いかける。上位の水精霊様も、ニコニコしながらも、顎に人差し指を添えて、少しの間だけ悩んでいる。最終的に、上位の水精霊様が、人魚の戦士さんに示した答えが、右手の親指を立てる事だった。


「ええ~。俺たちで、説得しろって事ですか?………何とか、やってはみますけど、期待しないでくださいよ?」(人魚の戦士)


人魚の戦士さんがそう言うと、ステイルさんやネストールのみならず、イーサルさんやガレンさん、ギルマスまでもが興奮している。


この国の事を、よく知っているナバーロさんや、ガンダロフさんたちも、よくよく見てみれば、僅かに高揚しているのが分かる。


俺は、精霊様方が、シーラという女性について、裏を含めて、何か知ってるかな?と思い、聞いてみることにした。


『今、シーラという名の、人魚の女性戦士の話題で、盛り上がったんですけど。何か、ご存じですか?事前の下調べでも、当たり障りのない情報しかなかったもので……』

『ああ、シーラな。あの子は、海神セルベトの愛し子だ。まあ、様はカイルと一緒だ。生まれた時から、海神セルベトに目をかけられ、直接教えを受けた、祝福された存在だ』(緑の精霊)

『私たちとも、面識があるわ。まあ、それも大分昔の事だから、シーラの方は、忘れてるかもね』(青の精霊)

『今回はシーラも、ヨートスへの対抗戦力として、メルジーナから、出るに出られない状況だった。それもあって、術士を討って出るという選択が、出来なかったんだろう』(赤の精霊)

『なるほど。まあ、あの状況なら、仕方がないとしか、言い様がありませんからね』

『シーラは、ヨートスとも、単独で戦える実力者。海神セルベトに祝福された者同士で、何かあったのは間違いない。その辺は、本人に聞いた方が早い』(黄の精霊)


精霊様方の情報から、二人は海神セルベトによって、引き合わされたようだ。イーサルさんたちが、興奮しながら、上位の水精霊様や、人魚や魚人の戦士さんたちに、この話しは本当か?あの話しは本当か?と、次々と質問を投げかけていく。


楽しそうに談笑していた、上位の水精霊様が、突然真剣な表情になって、黙り込んだ。イーサルさんたちも、ナバーロさんたちも、何事かと心配そうな表情になるが、上位の水精霊様の表情が柔らかくなる。その事にホッとしつつも、真剣な表情になった事について、俺は聞いていく。


「どうかしたんですか?」

「国に残っている仲間から、ヨートス殿の体調が、完全に元に戻ったとの連絡が来ただけです。お騒がせいたしました」(上位の精霊)

「それは喜ばしい事だ。すぐにでも、お帰りになった方が、よろしいのでは?」(イーサル)


イーサルさんの問いに、上位の水精霊様が、答え様とするが、再び連絡が来たようで、黙り込む。そのまま、考え込んだ様子を見せる。暫く考え込んで、連絡をとりあっていたようだが、結論が出た様だ。だが、その顔は、少し困ったような顔をしているが。


「先程の、シーラさんに会うという話し、意外と早く、叶うかもしれません」(上位の精霊)

「それは、どういう意味で?」(イーサル)

「ヨートス殿が、万全に戻った事や、驚異が去った事で、一度、国を海面に上げるそうです」(上位の精霊)

「つまり、海底にあるメルジーナ国が、地上に現れる、という事か?」(イーサル)

「そういう事になります。申し訳ありませんが、このまま海に、戻らせていただいても?」(上位の精霊)

「………それなら、我々もそのまま附いていこう。ヨートス殿やシーラ様にも、盟約について、話しを通しておきたい」(イーサル)

「分かりました」(上位の精霊)

「では、向かおうか。………この年になって、子供の様にワクワクするとはな。人生とは、分からないものだ」(イーサル)


全員で席を立ち、海辺に向かって移動する。記録係の人も、興奮した様子で、鼻息荒く、フンフンしながら附いてくる。


海辺の側には、ユノックの住民たちが、何事かと集まっていた。俺たちが近寄っていくと、住民たちが不安そうにしながらも、道を譲っていく。海辺にたどり着いた、俺たちの目の前にあるのは、俺が海中で見たメルジーナ国そのままだ。


すると、一人の人魚が、メルジーナ国から、ものすごい勢いで跳躍して出て来て、砂浜に着地する。


「ここは昔と変わってないねぇ~。まあ、変わらない事が良い事もあるかね」(人魚の女性戦士)

「…………はぁ~、シーラさん、少しは年相応の落ち着きを見せてくださいと、何時も言ってるでしょう!!」(上位の精霊)

「ハハハハハ、すまんすまん。次からは、気を付けるとしようかね」(シーラ)


俺たちの前に現れたのは、先程までの話題の人物であり、カナロア王国の人々にとって、憧れであり、伝説の存在だった。

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