第138話

迫りくる超巨大な水の魔弾に、肉体的な危機を覚えたのか、シーサーペントを支配する呪が、表に出てきた。その呪は、シーサーペントの身体の表面から、染み出てくるように現れ、頭部や両腕に纏わりついていく。それらは、徐々に形を変え、最後に物質化し、武具となっていく。シーサーペントは、上半身と思われる部分を、大きく後ろに反らしながら、高密度の魔力を武具に籠めていく。


『切り裂くつもりの様ね』(青の精霊)


青の精霊様が呟く。シーサーペントは、両腕の全ての爪の一つ一つに、魔刃を展開している。そして、反らした姿勢から、一気に加速して魔刃を振るう。


「あそこまでの魔力量なら、簡単に切り裂けるといった所ですか」

『呪に自我があるから、そうなんでしょうね』(青の精霊)


シーサーペントの、全ての爪から展開している魔刃が、超巨大な水の魔弾を切り裂いていく。だが、その程度では止められない。綺麗に分断された水の魔弾は、その形を変える。シャチ・サメ・イルカなどなどの生物の姿に、水の魔弾の形状が変わっていく。シーサーペントの魔刃は、水を切り裂いただけで、籠められている魔力そのものを、切り裂いたわけではないからな。


無数の、海の魔物の姿に形を変えた魔術が、シーサーペントに迫る。それに対抗するかのように、呪も再び反応する。今度は、頭部と両腕だけではなく、全身から呪が溢れ出し、シーサーペントの身体を高速で包んでいく。全身を包んだ呪が晴れると、機械で作られた作品の様に、全身に漆黒の鎧を身に纏っているシーサーペントがいた。


「あれは、呪が物質化したものですね」

『間違いないわね。あの状態だと、魔力を喰われる可能性があるわね。どうする?』(青の精霊)

「…………ゴリ押しでいきましょう」

『ゴリ押し?』(青の精霊)

「はい。単純に、呪が喰いきれないほどの、魔力量でのゴリ押しです」

『もしかして、解除するの?』(青の精霊)

「あの完成された呪には、それくらいしないと、対抗できそうにないので」

『そう、ね。あそこまで、ガチガチに固められちゃったらね。半端な魔力じゃあ、逆に、呪の力に変換されちゃうしね。いいわ、やっちゃいなさい』(青の精霊)


シーサーペントに迫っていた全ての魔術が、幻だったかの様に消えた。シーサーペントの身体に、喰らいついた瞬間、纏っている漆黒の鎧に少しでも触れた瞬間に、魔力が一気に喰われた。海の魔物を模した魔術が、喰らいついた場所はシーサーペントの、全身のあらゆる箇所だ。それが、一斉に喰われて消滅した。それと同時に、シーサーペントの魔力量や、存在感が増していく。周りの、上位の水精霊様たちも、少しばかり気圧されている。


俺は、俺自身に施した術式に、意識を集中する。この術式は、俺自身の魔力量を制限する、という一点に対して、特化して生み出した術式。それを、一時的に解除する。


「魔力制限術式、第一階梯かいてい解除」

「………何です、これ」(上位の精霊)

「…………これほどの質の高い魔力は、初めて見る。これでは、まるで………」(上位の水精霊)

「………精霊の様ではないか」(上位の水精霊)


俺の魔力量の制限をかけていた術式の、何段階かある内の、一番最初の段階の制限を解除する。身体の全身に、熱が巡る。制限していた魔力が、戻ってくる。シーサーペントも、周りの上位の水精霊様たちも、驚いた様に動きが止まる。まあ、それはそうだろうな。先程のまでの魔力量から考えても、二から三倍ほどの魔力量になっているからな。


俺は、小説も好きだが、ゲームも好きなゲーマーだった。ストーリーに没頭しながらのプレイも好きだが、主人公や仲間のキャラを育てて、強くしていくこと自体も好きだった。いくつかのゲームでは、強くし過ぎて、シナリオ推奨レベルを大きく超えてしまい、モブキャラの一撃で、ラスボスが倒せてしまう事もあったほどだ。


俺は前の人生では、若い頃に、護身術程度しか習わなかった。なので、この弱肉強食の世界で生き残るために、必死で自分を鍛え続けた。誰にも負けないと、俺自身が思えるほどになるほど、鍛えなければ、戦闘など不安で出来なかった。だがそれも、ヘクトル爺とルイス姉さん、様々な分野の師匠たちによって、強制的に実戦の場に連れていかれ、命のやり取りを経験していった。


特に、鍛える方向性については、最初はどうすればいいのか悩んだ。そこで参考にしたのが、今まで読んできた、転生物の主人公たち。それに、精霊様方にもアドバイスを貰い、色々な方法で、生き残れる様にとアプローチしていった。その中の一つが、魔力総量の上昇と、その魔力の質の向上だ。


よく転生物にある、魔力総量を上げる方法などの全てを、毎日試していった。その結果、やり過ぎた。ヘクトル爺たちや、精霊様方が、俺の魔力総量の異常さに気づいたのは、この世界においても、馬鹿みたいな魔力量に片足を突っ込み始めた頃だ。それでも、止められる事は無かったので、続けた結果、精霊様方でも呆れるほどの魔力総量になっていた。精霊様方も、いずれは魔力総量の上昇も止まると思っていたらしく、ここまでの魔力総量になるのは予想外だったそうだ。そこからは、魔力の質を高めていこうという方向に、修行の内容も変わっていった。だが、俺はまだ不安だった。自らに、魔力量を制限する術式を施す事で、精霊様方にも気づかれないように、魔力総量を増やす訓練を続けていた。そのため、実際の魔力総量を精霊様方も知らない。


「ガァアアアアアアア‼」(シーサーペント)


シーサーペントは、一瞬でも俺の魔力に気圧された事に、苛立ったのか、咆哮を上げて威嚇してくる。そのまま、シーサーペントが突っ込んできた。呪を物質化した武具を纏っている事から、上位の水精霊様でも、物理的な攻撃や近距離戦闘は危険だ。なので、俺が前に出る。


「皆さんは、俺のカバーに徹してください‼決して、今の奴には近づかないでください‼」

『了解‼』


魔力をトライデントに籠める。俺の中では、ほんの少しの魔力を籠めただけでも、シーサーペントや上位の水精霊様たちにしてみれば、背筋が凍るほどの魔力の質と量。シーサーペントも、負けじと魔力を練り上げて、魔刃を再び展開し、左右からの連続攻撃を放つ。それをトライデントで捌いていく。シーサーペントは、徐々に自分の速度を上げていく。それと同時に、魔刃に籠める魔力量と質を、上げていっている。それでも、青の精霊様が生み出した、青のトライデントに傷一つ付ける事はない。


『呪が来るわよ』(青の精霊)

「了解です」


シーサーペントの背中側から、再び呪が滲みだしてきて、その形を、漆黒のランスに変えていく。無数の漆黒のランスの先端は、ピタリと俺の方に向けて揃い、高速で放たれる。漆黒のランスは、俺という対象に、傷を付けさえすればいい、とばかりに頭部・腕・胴体・脚と、それぞれの漆黒のランスが、それぞれの場所を狙ってくる。恐らくは、傷をつけた場所から、呪を一気に流し込んで、浸食しようと考えているのだろう。


しかし今回は、俺だけではなく、周囲に上位の水精霊様たちがいる。頼れる仲間がいるのだ。今の俺と、上位の水精霊様たちは、仮とはいえ契約関係にあるのだ。ならば、俺の魔力を存分に使ってもらう。俺と上位の水精霊様たちの間のパスに、上質な魔力を送り込む。送られてきた上質な魔力に、上位の水精霊様たちが一瞬驚く。


『これらの対処をお願いします』

『了解です。やりますよ、皆さん‼』(上位の精霊)

『応‼』


俺の後ろから、漆黒のランスを遥かに上回る魔力で生み出された水のランスが、高速で漆黒のランスに向かっていく。無数の漆黒のランスは、俺の元にただの一つも到達する事はなく、その全てが水のランスとぶつかり合い、呪そのものである漆黒のランスを欠片も残さずに、完全に消滅させる。


呪は暫くの間も、漆黒のランスを生み出していたが、ことごとくを消滅させられていく様子に、完全に遠距離での攻撃を諦めた。だが、呪は次の手段として、俺よりも上位の水精霊様たちを狙う事にした様だ。呪は、漆黒のランスの時の様に、滲み出すが、その滲みだす呪の量が、先程とは段違いの量だ。その大量の呪は、グネグネと気味悪く動き出し、その形を変えていく。


「あれは、まさか………」

『この呪を組み上げた術士は、相当に趣味の悪い奴というだけは、確実ね』(青の精霊)

「………ああ、あれは…」(上位の精霊)

「…間違いない。間違いないぞ‼」(上位の水精霊)

「我らの散っていった同胞だ‼」(上位の水精霊)

「許さん‼誇り高く散った同胞を、このように辱めるとは‼」(上位の水精霊)


呪が選んだ手段は、喰らった相手の姿をとらせて、襲わせるといった事だった。喋る事も、表情が動くこともない。だが、見知った相手の姿をしたものに襲われるのは、五十年前の事を踏まえたとしても、烈火の如く怒っても仕方なのない事だ。青の精霊様も、呪を組み上げた術士に対して、普段の落ち着いた様子からは、考えられないほどに怒っている。精霊様たちの姿をした呪は、上位の水精霊様たちに向かって、襲い掛かり始めた。


「これら同胞の姿をした紛い物は、私たちにお任せを‼」(上位の精霊)

「了解です‼」

『カイル、魔力をありったけ送りなさい。それくらいなら、どうにでもなるくらいの魔力はあるでしょう?』(青の精霊)

「ええ、問題ありません」


俺は、上位の精霊様たちに向けて、大量の魔力を送っていく。上位の水精霊様たちは、その送られてきた大量の魔力と、その魔力の質に、驚いてビクッとする。だが、直ぐに俺の方を向いて、頷く。そして、俺が送った魔力を使い、自身に魔力の膜を生み出して、呪に自由に触れられる様に、コーティングをした。


完成された呪にも、侵食できないものもある。それは自身よりも、圧倒的なまでの量と質の魔力には、侵食する事が出来ない。侵食する前に、その魔力によって、完全に消滅させられてしまうからだ。ヨートス殿も、負傷や疲弊していなければ、容易に侵食などされる事はなかった。竜種の魔力の量も質も、この世界では、確実に最上位クラスだからだ。


シーサーペントは、間合いに入った俺に向かって、各種魔術や魔刃、さらには、疑似的な竜の息吹を模した、超低温のブレスを放ってきた。俺はそれら全てを、ただの一歩もその場から動かずに、トライデントで全て払い落とす。どれだけやっても、俺という相手に、有効な一撃を与えられない事に、徐々にシーサーペントが低い唸り声を出して、苛立ち始める。そして、俺が一切動かない事を認識したシーサーペントは、高密度・高濃度の魔力を練り上げて、最初と同じように、口元に魔力を集める。


俺は、一歩も動くことなく待つ。シーサーペントの口元に、高純度の魔力が集まった。そして、口元から俺の方に向かって魔術術式が展開される。その数は五つ。口元の術式が一番大きく、俺の方に向かって術式が小さくなっている。そして、シーサーペントは、絶対零度の氷のブレスを放ってきた。迫りくる氷のブレスに対して、俺は一瞬で、氷のブレスの魔力を上回る高純度の魔力を練り上げ圧縮し、右拳に纏わせる。右半身を僅かに後ろに下げて、腕を引く。


『格の違いを見せつけなさい』(青の精霊)

「……………フッ‼」


腰を捻り、身体全体のエネルギーを乗せて放った拳は、迫りくる氷のブレスを一瞬で消し去り、シーサーペントの身体を纏う武具代わりの呪までも吹き飛ばした。

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