第132話

「……よっと。とりあえず、対処は完了。後は………」


探知の範囲を広げて、追加で襲ってくる魔物がいないかを探る。魔力を大量に消費して、広く狭くの探知に切り替え、周囲を確認すると、俺がシェルオルカを一振りで両断した事で、最大級の警戒態勢に入ったようだ。シェルオルカ同様に、付近にいた魔物たちは、一斉に距離をとるように、漁船から離れていく。


「おいおい、シェルオルカを一振りで両断とは、流石だな」(ガンダロフ)

「そうねぇ、あの速度に平然と対応できる所とか、レイアたちの仲間って所よね~」(シフィ)

「まあ、そうでもなきゃ、レイアたちと一緒に行動なんて出来ないだろうな」(シュナイダー)

「……見事だ」(ラムダ)


皆さんからお褒めの言葉を頂いたので、頭を下げて感謝を示す。ガレンさんたちは、ポカンとした顔で、俺とシェルオルカの両方を交互に見ている。


「ガンダロフさん、こいつは貰ってもいいですか?」

「おう、構わん。仕留めたのはカイル、お前だからな」(ガンダロフ)

「ありがとうございます」


シェルオルカを、空間拡張された鞄に仕舞いこむ。周囲にいた、逃げ出した魔物たちも、静観を決め込んだようで、動きを完全に止めている。シェルオルカは、本に書かれていた内容、転生者の海での戦闘を示してあった部分から推測するに、海の魔物の中では、相当な強さを誇る上位の魔物になる。そこに加えて、強力な魔物の影響による生存競争を、生き残ってきた強者だ。逃げ出した魔物たちも、陸上に生きている魔物に比べれば、相当上位にいるような強さになると、個人的には思う。それに、シェルオルカを簡単に倒した俺を、脅威だと認識できる所が、知性・知能のない魔物とは比べてはいけないほど、魔物として賢いと思える所だ。


「それで、どうする?ガレンさん、ナバーロさん」(ガンダロフ)

「お、おう。まあ、俺たちとしては、まだ続けたいと思っているんだが………どうだ?」(ガレン)

「私としても、このまま続行したのですが。ガンダロフさん、そちらとしてはどうですか?」(ナバーロ)

「俺たちとしては、余力は十分ですから、まだやれますよ。ただ、聞いていた通りに、魔物の強さが気がかりではあります。少し、数が増すと厄介ではありますね。皆さんのカバーが、しずらくなる可能性が出てきます。それさえ、承諾してもらえるなら、続行してもらっても構いません」(ガンダロフ)

「ふむ、そうですか。どうされますか?ガレンさん」(ナバーロ)

「う~ん。すまんが、もう少しだけ付き合ってくれ。日が落ちるまでとは言わん。流石に、それは危険だからな」(ガレン)

「………了解です。シフィたちも、それでいいか?」(ガンダロフ)

「構わないわ」(シフィ)

「俺も」(シュナイダー)

「……構わん」(ラムダ)

「大丈夫です」

「じゃあ、実験を続けましょうか」(ガンダロフ)


その後、漁船をさらに違う場所に動かして、実験を再開した。暫く、同じ場所で漁船を動かしていたが、流石にシェルオルカを倒したことが、決定打となったようで、ナバーロさんでさえも気配を感じられないほどに、魔物が消えてしまった。なので、違う場所に漁船を動かしたのだ。予想通りに、そこにいた魔物たちは、新たな獲物が来たと、意気揚々と襲い掛かってきた。それらの魔物を、先程と同じように、結界の中から積極的に仕掛けて、仕留めていく。ホワイトシャークの時にも思ったが、ガレンさんもそうだが、漁師の皆さんも、戦士のような戦い方をする。この世界の、漁師という職業の方の戦い方は、分からない。だが、ガレンさんたちの動きは、自己流というよりは、誰かに師事したような、基本的な型が存在するように感じる。


この世界の武術などは、基本的には一子相伝か、道場などに通って教わる。道場で教わるにしても、基礎などの部分に関してのみ。優秀な者にのみ、奥義などと呼ばれる、技を教わることが出来ると、兄さんや仲良くなった冒険者の人たちから、聞いた事がある。大陸西側の、様々な面で最先端をいっているウルカーシュ帝国ですら、そういった教え方をしているらしい。ウルカーシュ帝国は、ここ数十年で、全体の質を上げるために、老年の引退騎士にお願いをして、若手の騎士の育成を始めた。最近の騎士は、騎士になれた事に満足し、鍛錬をやめてしまう者。それに、騎士になって天狗になってしまう者もいるらしい。なので、それらの鼻を折る事で、上には上がいる事を知ってもらう事にしたようだ。聞いたところによれば、現段階では問題はなく、成功しているようだ。


「ガレンさんたちは、どなたかから、武術を教わったんですか?」

「なんでも、ユノックに住んでいる騎士の家系の者がいるそうでして。その者や、その一族から、ご教授きょうじゅを受けたそうです。ガレンさんによると、このユノックという都市が小さい町だった頃から、愛着をもって住んでいるそうです。今では、ユノックの領主様の武芸指南役を代々務めているそうです」(ナバーロ)

「そうさ。俺たちに、由緒正しい武術を教えてくれた先生たちさ。俺の親父や爺さん、さらにその上の世代から、親身になって漁師たちを鍛えてくれた恩人の一族だ。彼らに何かあったら、漁師どころか、この都市の人たちが、黙っちゃいねえほどのな」(ガレン)

「なるほど、良い方たちだったんですね。その方たちの、丁寧な指導のお蔭で、皆さんの動きが、洗練されたものだったんですね。そこに、長年の経験が上乗せされている事で、海の魔物を仕留められるほどに、研ぎ澄まされているんですね」

「ハハ、これでも、ただの金属銛で、数々の魔物を仕留めてきた事への自信だけはあるんでな。だが、良い事言ってくれるな。ありがとうよ」


ガレンさんは、ニッコリと、皺が綺麗に刻まれた顔を笑みに変える。それだけ、自分の武術の腕や、それを授けてくれた恩人の騎士の一族が褒められた事が嬉しかったのだろう。周りの漁師さんたちも、ガレンさんと同じように、嬉しそうにしながらも、誇らしそうにしている。その後も、しっかりと海の魔物たちを、安全に丁寧に、狩っていく。ある程度の数の魔物を狩った事で、一旦停泊所に戻ることになった。停泊所に戻るまでに、ガレンさんたちとも仲良くなり、色々な話を聞いた。


ガレンさんたちと、領主との関係や、騎士の一族との出会いなど、本当に色々と聞いた。その中でも、興味深い話が一つあった。かつて、まだ小さい港町だった頃に、人魚や魚人と交流があったという話だ。ガレンさんも、小さい頃に何度か、危険がなかった砂浜で、何人かの人魚や魚人に会ったことがあるそうだ。砂浜も、魔物が強力になる前は、小さい子供でも普通に遊びに出かけられるほどに、平和な場所だったそうだ。それでも、極稀にではあるが、ホワイトシャークと遭遇してしまい、被害にあってしまう、悲しい事件が起こっていたようだ。ガレンさんが、十歳ほどの年齢になると、いつの間にか人魚たちが、現れなくなってしまったようだ。


「理由は、俺も、当時の親父たち知らねえんだ。漁師たちの間でも、領主様の方でも結構な騒ぎになったんだが、結局分からずじまいで、そのままずっとさ」(ガレン)

「大体でいいんですが、何年ほど前になりますか?」

「う~んと、確か、五十年は昔の話だったと思うぞ。仲の良かった奴らもいたんだがな~」(ガレン)


というか、ガレンさんは、単純計算で考えると、六十歳という事になるのか⁉。確かに、この世界では、魔力量の多い人は寿命が延びたり、外見の変化が遅くなったりする。さらに言えば、髪も目も、様々な色をしている人が存在している。だから、単純に白髪しらがではなく、銀と白の混ざった髪色をしていると思ったのだ。この世界では、医療技術がまだ魔術以外は発達していない。そう考えると、六十まで生きているのは、もの凄い長生きになる。昔の日本の様に、五十まで生きていれば、長生きと言われる世界なのだ。


それにしても、五十年前か。しかし、砂浜や海の魔物が凶暴化し始めたのが、数年前からの話だ。そこに、共通点のようなものは感じられない。だが、ここに、人魚や魚人が現れなくなった、何かが絡んでいるのだろう。もしかしたら、海の魔物が強くなった大本の原因の、強大な魔物も関係しているのかもしれない。色々と考えている間に、漁船は停泊所まであと少しという所まで来ていた。そのまま漁船から、今回の成果である、様々な海の魔物を、漁業組合に全員で協力して運んでいく。漁業組合の人たちも、その家族や子供たちも、その成果にニッコリと笑顔になる。


「ナバーロも、ガンダロフたちも、今日はありがとうよ。それで、今日の夕食は、俺たちの方で振舞わせてくれ。精一杯のもてなしをさせてくれよ」(ガレン)

「いいのですか?」(ナバーロ)

「おう。皆には、助けられたからな。受けた恩は、必ず返せってのが、俺たち漁師に伝わる、昔からの教みたいなもんだ。だから、遠慮せずに、受け取ってくれ」(ガレン)

「そう、仰るのなら。皆さんも、よろしいですか?」(ナバーロ)


ナバーロさんの問いかけに、ガンダロフさんたちも、俺も頷いて了承する。漁師の奥様方が、宴の準備をしているのを眺めながら、今回使ったロングソードの手入れを行う。ガンダロフさんたちも、自身の武具の点検を、その場で行っている。それを見て、ガレンさんたちも、興奮状態から我に返り、真剣な様子で魔道具の銛の点検をしていく。子供たちは、大量の海の魔物を、持ち帰ってきた大人たちに、自らの武具を、真剣な表情で点検をする大人たちに、尊敬の眼差しを送っている。皆が真剣に手入れを行っていると、既に準備が出来たようで、奥様方がいそいそと、漁業組合の庭に、大きな鉄板を準備し終えた。それと同時に、ほとんどの人が武具の点検を終えた。鉄板に油を引き、次々と狩ってきた海の魔物の肉を鉄板に並べて、焼いていく。


辺りに、良い匂いが充満していく。子供たちは楽しみな様子で、鉄板に、その近くにいる母親の元に向かって、近寄っていく。奥様方も、母親の顔をして、足元に抱き着く子供の頭を撫でて、微笑んでいる。そこに、父親の漁師さんが合流し、家族で集まって料理が出来上がるのを待っている。


「よっしゃ‼今日は祝いだ‼皆で、飲んで食べて騒ごうや‼」(ガレン)

『お~‼』

「我々も、頂きましょうか」(ナバーロ)


ナバーロさんの言葉に、俺たちは頷く。口に入れた食材は、どれもこれもが美味しかった。明日からの自由行動で、姉さんたちへのお土産にする魔物を、美味しさに順位をつけて、優先的に頭の中にメモをしていく。ナバーロさんたちも、焼かれていく香ばしい料理たちを、次々と口に入れていく。俺はこっそりと、誰にも見られないように、精霊様方に料理を提供していく。本来は、今日の晩御飯に、昨日の蟹の魔物を使った料理を、食べる予定だったからな~。ご不満だったようだが、ホワイトシャークと、俺が提供したシェルオルカの肉が、特にお気に入りになったようで、それらを中心に、俺が密かに精霊様方に食べてもらっていた。精霊様方からも、明日の自由行動中に、見つけたら、積極的に狩るように言われた。


漁師の旦那たちは、お酒が回り始めたのか、飲みながらも、歌を歌い始める。子供たちも知っている歌なのか、一緒に歌う。奥様方も、今日は無礼講だと、軽く飲みながら、一緒に歌う。その歌は、海からもたらされる、あらゆる恵みに感謝をするものだった。次第に、飲むのも食べるのも止めて、大人も子供も真剣な様子で、心を籠めて歌う様になっていく。歌い終わると、暫くは静かだったが、再び喧騒が戻ってきた。黙って見ていた俺の元に、ガレンさんが少し顔を赤らめて、近寄ってきた。


「今の歌はな、さっき話した、人魚や魚人の人たちと、一緒に歌ってた歌なんだ。海からの恵みに感謝すると共に、俺たち陸に生きる者と、海に生きる者との、友情を誇る歌でもある。そう、誇りだったんだ。陸と海、生まれた場所に違いがあっても、姿形が違っても、俺たちには切っても切れない絆があるってな」(ガレン)

「そう、だったんですね。でも、いい歌です。聞いていて、感動しました。皆さんの、心が籠っていて、本当に感動しました」

「そうかそうか。それは嬉しいよ。死ぬまでに、もう一度、彼らと肩を組んで、笑顔でこの歌を歌いてえもんだよ。……すまんな、こんな話をしちまって。楽しんでくれよな」(ガレン)


ガレンさんは悲し気な表情で、そう語たり、ナバーロさんたちの方に向かっていく。元々、探知した人魚と魚人の国には、接触をするつもりではいた。だが、ガレンさんの話や思いを聞いて、明日の優先順位を変える事にした。

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