第117話

身動きが取れないテオバルトが敗北宣言をしたことで今回の戦闘は終了した。テオバルトは拘束されている四肢から力を抜いて、どこか満足そうな表情をしている。戦闘狂でもあるテオバルトの心が満足するような戦いだったのだろう


<俺にとっても良い経験になった。ヘクトル爺やルイス姉さん以外に初めて本気で死ぬかと思った相手との戦いだ。まだまだ俺にも足りない部分があったな>


テオバルトという吸血鬼との戦闘がヘクトル爺やルイス姉さんの言っていた世界の広さや特殊な種族の強みを生かした何かに特化した魔術という言葉の意味を実感する。吸血鬼の血操魔術は幅広く応用も出来るし相手の傷から血を吸いとって自身の傷を癒すなどの事も出来る。テオバルトの展開した血の武装には素直に感嘆の気持ちを持った。血という生物が持つものを魔術として昇華することで、ここまでも代物に至るとは正直なところ予想外だった


しかも、今回テオバルトはロングソードに関連したものと血の武装以外に大して魔術、殺傷力の高いものから広範囲のものまで、俺に対して使用することはなかった。そこに俺個人の感想としては魔術師としてよりも、戦士や武人、剣士としての誇り高いプライドのようなものを感じた。俺としてもそこに一種の憧れやスゴイという男心をくすぐられた気持ちがある


「まさか、テオバルトが敗北するとはな…………。しかも、見事なまでに封じておる。流石は世界樹の守護を担ってきた一族の戦士か」(?)


突然そこに現れたかのように一人の外見年齢二十代後半の吸血鬼。テオバルトと同じ背中の真ん中辺りまである輝く銀髪に、テオバルトよりも深い色の真紅の光彩。俺と同じように最高レベルの素材を用いて作られたと思われる貴族服を身に纏っている。だが、決定的にテオバルトと違うのはその身から放たれる覇気とも言うべきものと圧倒的なまでの肌がヒリヒリと焼けつくような感覚を覚えるほどの魔力量だ


ハッキリ言って、ヘクトル爺レベルの実力者だと、直感的に理解する。もしかして、吸血鬼たちの国のお偉いさんなのだろうか?


「初めましてかな、我が悪友ヘクトルの弟子にして世界樹の守護者よ」(?)

「は、初めまして。もしかして、テオバルトを取り戻しに来ましたか?」

「まあ、それも間違いではない。テオバルトもまだ若い。ちょっとヤンチャな思考に囚われる時期もある。だが、だからと言って我が国も有能な戦士であるテオバルトを早々簡単にやらせるわけにもいかん。そこで頭を冷やしてもらおうとダンジョンに放り込む事を会議で決定したのだが…………」(?)

「それを実行する前に脱走された、と?」

「まあ、恥ずかしい話だがな。テオバルトを私が追いかけてきたものの、すでに君との戦闘が始まってしまっていたのでね。大人しく勝敗がつくまでは静かにさせてもらっていたよ。君の事はヘクトルからも面白い子を鍛えていると聞いたことがあったし、容姿に関しても聞いておいてよかったよ。すぐに君がヘクトルの弟子だと分かったしね」(?)

「なるほど。軍神とも言われているかのヘクトル殿の弟子だったか。ならば、その強さにも納得だ」(テオバルト)


ヘクトルの名と目の前にいる吸血鬼のお偉いさんとの繋がりから何かを連想出来たようで、テオバルトが口を開く。それにしても軍神だって?まあ、あの強さなら軍神と言われるのも分かるが、一体あの人何をしたんだ?


「テオバルト、お前の処遇は変わらん。ダンジョンという名の牢にて、強制的に素材集めをしてもらう」(?)

「それは、まあ仕方ありません。負けましたからね」(テオバルト)

「それに、帰ったら斬りつけた者たちにも頭を下げておけ」(?)

「分かっております、ヴァン様。今回の事で、自分の鍛錬不足も痛感しましたので、俺の意見は一旦取り消しでお願いします」(テオバルト)

「ああ、分かった。お前が俺を殺せたなら、好きにするといい。俺を殺せた時点で、誰も文句は言わんし言えんだろうからな」(ヴァン)

「何年先になることやら。まあ、地道に頑張ります」(テオバルト)

「そうしろ。………では、ヘクトルの弟子よ。こいつは私の方で祖国に連れていく。玉藻たちへの説明をお願いしてもいいかな?」(ヴァン)

「はい、大丈夫です」

「助かる。では、また機会があったら茶でも共に飲もう。往くぞ、テオバルト」(ヴァン)


四肢を拘束されているテオバルトが最後に俺を見る。ヴァンさんもそれに対して何かを言う様子もない


「カイルと言ったな。再び鍛錬を積んだ際には相手をしてもらうからな。覚えておけよ。…………良い戦いだった、さらばだ」(テオバルト)

「あ、はい」


俺がそう答えた瞬間に、テオバルトの姿もヴァンさんの姿も綺麗サッパリ消えていた。ここまで一切何も感じさせずに移動することは俺には出来ない。しかも、聞いた限りでのここから吸血鬼の国までの距離もそれ相応あることも分かっている。そこに一瞬で、ピンポイントで吸血鬼の国まで一回でたどり着けるという事自体がヴァンさんの実力を物語っている


俺は周りの荒れた土地や倒れている木々などを、整地や回収をしていく。黄の精霊様に協力を仰ぎ、荒れた土地と斬られてしまった木々の活性化をしていく。これをしておけば、数年程度で元通りになる。こういった力の使用は精霊様方も積極的に協力してくれるので、素直にお願いする


「カイル、そちらはどうなった?吸血鬼はいないようだが?」(レイア)


姉さんたちが戻ってきた。そして、その中に俺たちをユリアさんの里にまで乗せてくれた狐様の一人が同行していた。その背にはユリアさんが疲れ切った様子で眠って横になっている


「こっちはちゃんと終わったよ。ユリアさんは大丈夫なの?」

「少しばかり無理をしたというところだ」(レイア)

『少しばかり安静が必要ですが、身体的にも精神的にも問題はありません。後遺症に関しても、気にすることはありません。今回は相手が相手でしたしね』(イスミ)

「今はゆっくりと寝かせてあげて。それで、カイル君の方は?あの吸血鬼は灰になって消えたの?」(リナ)

「いえ、最終的に捕縛に成功しました。その後、恐らくは吸血鬼の国のお偉いさんが来てくれていたようでして。そのまま、そのお偉いさんがテオバルトをそのまま吸血鬼の国まで連れて帰りました」

「ちなみにそいつはどうだった?」(モイラ)

「下手に手を出したらダメですね」

「そこまでなの?」(セイン)

「ええ、そうです。恐らくは転移と思うですが、術式の展開も発動も全く見る事も感じることも出来ませんでした。それ以外にも気配も魔力すらも感じられませんでした。突然現れて、連れ帰る時も一瞬で目の前にいたにも関わらずに何も感じることも出来ませんでしたね」

「お前ほどの魔術師が一切分からなかったというのか?」(レイア)

「姉さん、その吸血鬼のお偉いさんが言うにはヘクトル爺の悪友らしいよ。しかも、結構な年数の長い付き合いらしいよ。ヘクトル爺の弟子って知ってたから、姉さんの事も知ってるんじゃない?」

「………………」(レイア)

『……………………』


姉さんは黙ってしまう。ヘクトル爺の実力を知っているリナさんたちは納得と、俺と姉さんが良い意味でも悪い意味でもあのヘクトル爺の悪友に目を付けられている、知られているということに同情の半分ずつ混ざったような視線で見てくる。俺はヘクトル爺に関しての事には一定の諦めがあるので、割り切っている。しかし、姉さんは少しだけ苦い顔をしている。恐らくは次に里に帰ったらヘクトル爺に姉さんは文句を言うだろうな。さらにはヘクトル爺に対する最終兵器であるルイス姉さんも巻き込むのは目に見える


俺と姉さんたちはゆっくりと疲れが残ったゆっくりとした歩みで狐人族の里に戻る。里の結界ギリギリの位置で里の戦士である人たちが真剣な表情で各位置に展開して警戒している。その戦士たちの中にはユリアさんの両親であるマレクさんやセラさん、そしてユリアさんのお爺さんにして現在の狐人族を纏める長であるラディスさんも魔力の籠った武具を身に纏って防衛の戦士に混じっている。皆が俺たちと狐様に気づいて一瞬歓喜に沸くが、ラディスさんの一喝に気を取り直して引き締め直して警戒を続けている


「皆さん、お帰りなさい。全員無事の様で何よりです」(ラディス)

「ああ、戦闘での傷はあるが致命傷には至らなかった。ユリアには負担をかけた。ゆっくりと休ませてやってくれ」(レイア)

「はい、分かっております。ユリアを玉藻様と葛の葉様の元へ」(ラディス)

『いや、このまま私が背に乗せていこう。案内だけしてくれ』(イスミ)

「…分かりました。孫をお願いします、…………父上」(ラディス)


ラディスさんが最後に小さく何かを狐様に呟き、狐様もラディスさんの呟きに応えて頷く。そのままラディスさん、マレクさんやセラさんと共に今回の騒動に際して臨時の防衛本部になっている里の広場に向かう。広場にはお母さんたちや治癒魔術の得意な人たちが炊き出しや俺たちの戦闘の余波で興奮したり、逃げだしたりした魔物や魔獣の討伐や防衛で傷ついた人たちの看護をしていた


「私の叔父トウヤと、かの吸血鬼との顛末をお教えいただけますか?」(ラディス)


姉さんたちは禁忌に囚われたトウヤとの戦闘を語る。最初の連携から幻想内と同じように人の領域を超えた動きと身体性能への対応と苦戦。そこからの攻略法の模索と、ユリアさんの九尾の狐への変化。同じようにトウヤが因子を解放し九尾の狐に変化。そこからの狐火での攻防。そして、最後の白い狐様ことイスミさんの援軍。聞けば聞くほど、その因子の開放という現象は興味深い。もし、俺たちエルフやリナさんたちにも始まりの因子というものがある可能性は大きい。まあ、それらの研究は長命種の利点を生かして長い時をかけて暇な時にでも調べてみるか


今度は俺と吸血鬼との戦闘の話をする。お互いに近接戦闘から始まり、こちらが切り札の一つを切って傷を負わせると向こうも切り札を切ってきたこと。ロングソードが魔剣になりかけていた事。自動人形での連携をとり、優勢に戦闘を進めていたら、吸血鬼という種族の持つ特殊な血操魔術による血装強化なる強化方法をされたこと。それで左腕を斬られたこと。そこから本気を出したテオバルトと俺の自動人形を用いた切り札を切ったこと。最終的に捕縛に成功したが、吸血鬼の国のお偉いさんが連れ帰ったこと。などなどを語っていく


「そ、それで左腕を斬られたと仰っていましたが…………」(ラディス)

「ええ、その………繋がっていますよね」(マレク)

「これはですね、こうやって…………」


俺は左腕の部分を見やすいようにして皆に見せる。姉さんたちには腕を斬られた事はあらかじめ最初の合流で伝えて、同じように驚かれて傷を見られたが完全な処置をしていたので、ため息と共に拳骨を人数分貰った。ラディスさんたちにも同様に処置をしたのを見せるのと同時にどのように繋げ直して、どの様に治癒をしているのかを説明する


ラディスさんたちの安堵の息が重なる。俺の説明に納得してくれたようで戦闘の説明中の心配げな表情はなくなった。まあ、普通に聞いてれば腕をぶった斬られたと聞かされれば心配するのは当然だろうな。俺としては、ヘクトル爺とルイス姉さんとの訓練中には斬られるまではいかないまでも、骨折や打撲なんて日常茶飯事だったので今更腕一本斬られた程度では動揺することもない


「こちらの方でも、彼らと情報を共有しておきましょう。明らかな上位の方が現れたということは向こうでも今回の件は重く見ている可能性がありますから」(ラディス)

「だが、カイルから聞いたその二人の会話の内容から考えるに、あまりこちら側の事は考慮していないようにも聞こえるが…」(レイア)

「それに関しては大丈夫です。彼らは長命種としての時間間隔が他とは違って時間の流れが遅いんですよ。件の吸血鬼の処罰と今後に関しても時間はかかるかもしれないですが、しっかりと対応はしてくれるはずです」(マレク)

「まあ、もしも対応がないのならば、こちらにも考えがありますので……………安心してください」(セラ)

「そ、そうか。なら、いいんだ」(レイア)


セラさんの怖い笑みに姉さんは恐怖を感じたのか、少しばかり強引にこの話題を終わらせる。セラさんの隣に座っているマレクさんもラディスさんも顔は平静を保っているが尻尾が膨らんでいるし、獣耳の方もフルフル震えてペタンとしている。何かしらのトラウマが刺激されているのかもしれない。とりあえずは、セラさんに吸血鬼たちの国の対応は任せておいてよさそうだというのは理解した


「レイアさんたちもゆっくりと休んでください。玉藻様たちへの報告は私どもの方でしておきますので」(セラ)


俺たちはセラさんたちの気遣いに感謝しつつ、借りている屋敷に戻った。俺は思った以上に精神的にも肉体的にも疲れが溜まっていたようで、気が付いたら深い眠りについていた

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