第100話

里の中の景色が日を追うごとに目まぐるしく変わっていく。着々と祭りの準備が進んでいるようで、里の中央には高い紅白台が立っている。その紅白台の中央には和太鼓が一つ置かれている。紅白台の四隅の頂上から四本の支線と共に提灯が大量に取り付けられている。その紅白台から直線上に屋台が左右それぞれに並んでいる。その屋台では食堂の料理人たち一人一人がそれぞれの屋台を担当して普段食堂で振舞っている料理やスイーツなんかをそれぞれ一品ずつ担当するようだ


お祭り当日は、俺もお祭りを楽しみながらも各料理人の人たちをサポートする予定だ。これは玉藻さんにも葛の葉さんにも許可を貰っている。二人ともはお祭りの当日ぐらいはと言っていたが、俺としては忙しいのが分かっているのに自分だけのんびりするのは……という前世からの感覚があるので、そこは染みついたもので中々に変えられない


今までの日常と変わったことが一つだけある。食堂で油揚げ関係の料理が振舞われ始めた事だ。先日の玉藻さんたちとの会談の最後に全員からぜひと頼まれたの事もあるし、オボロさんまでもがそれに賛同して俺に頼んできたこともあって、自分の持つ知識と料理の種類を食堂の料理人の人たちに教えていった。食堂の料理人さんたちも最初は玉藻さんたちと同じような反応をしていたがある程度腹に収めると今度は料理人という職人としての興奮が上回り、次々と腕を振るっては料理を自分たちで食べるというのを繰り返していた


「カイル、玉藻様たちに稲荷寿司を追加だよ‼」(マリベル)

「了解です‼」

「カイル、なるべく早く頼むよ~」(玉藻)

「カイルさん~、お願いしますね~」(葛の葉)

「申し訳ありません、カイルさん」(ラディス)


そこには子供の様に稲荷寿司を待ってウキウキとしている玉藻さんと葛の葉さんが待っている。その向かい側には申し訳なさそうにしつつも、口元の涎が隠せていないラディスさんがいる。その隣には同じようにウキウキとしているユリアさんが座っている。ユリアさんに至ってはこの日の事をもの凄く楽しみにしていたのを知っているが、喋ることも忘れて俺の方を見ている


マリベルさんに言われて俺はササッと食材を準備して四人を、特に玉藻さんと葛の葉さんを待たせないように手際よく稲荷寿司を量産していく。この場で間違えていけないのは質も大事だが量の方が重要だ。先日の会談の時に振舞った時にも結構な量を追加地獄で量産したのが記憶に新しい。そんな食いしん坊の中に新しい食いしん坊が追加された事を考えると結構な量を作る必要があるというのは分かりきっていることだ。特にユリアさんは初めて食べるという事から、たかが外れた様にお腹いっぱいまで食べようとするのが目に見える


「はい、お待たせしました。食べてくださいね」

「来た‼この匂い、そして………美味い‼」(玉藻)

「……………美味しい」(葛の葉)

「何度口にしても美味しいものですな。これが毎日の様に食べれる様になるとは……………素晴らしいですな」(ラディス)

「………………………」(ユリア)


全員がパクパクと次々と稲荷寿司を口に放り込んでいく。玉藻さんたち三人は二度目になるので多少の余裕があるようだが、油揚げ関係の料理が初体験のユリアさんはただただ夢中で無言のまま食べ続けている。皿にたんまり盛った稲荷寿司の減り具合を見て、俺がゆっくりという所をわざとらしく強調した事は聞かなかったことにしたようだ


この様子ではすぐにでも追加のおかわり要請が来ることは目に見えているので、軽いため息を吐いて追加の分の稲荷寿司をどんどんと作っていく。すると、玉藻さんたち近くの席に座っていた他のお客さんたちも喉をゴクリとならして、お皿に稲荷寿司を盛っていく俺と美味しそうに頬張る玉藻さんたちを交互に見ている。そして、お客さんの中の一人が勇気を出してマリベルさんに自分もあの料理が食べたいと声を上げた事でこの日の食堂のお昼時には注文が稲荷寿司で埋まるという事態になった


まあ、この事態に陥ることは事前にマリベルさんにも他の料理人さんたちにも伝えてあり、材料も作り方も皆で確認済みだ。当然、味も一つ一つを作る速度についてもマリベルさんを含めて全員が流石一流だと思わせる速度で成長していた。次々と迫りくるお客さんの注文にテキパキと答えていく


「次‼稲荷寿司十個にきつねうどん一丁‼」(マリベル)

「こっちは巾着五つに鶏肉巻きを二十個だ‼」(料理人)


全員が一体となって無駄のない動きで注文の品々を丁寧でいながらも質の高い料理を作っていく。俺は俺でひたすらに稲荷寿司を作っていたが、ある程度の量が皿に盛れたので再び玉藻さんたちの所に追加を持っていく。すると、玉藻さんも葛の葉さんもユリアさんもそれぞれがきつねうどんや巾着、鶏肉巻きにと物欲しそうに視線が彷徨っている。そして、三人とも俺に対してねだる様な目を向けてくる。俺は背中に視線を受けながら厨房に戻る。そして、静かに巾着などのねだられた料理を作り始めた


―――――――――――――――


目の前に広がるのは地獄のような光景だ。しかし、もう何度もこの光景を目にしていることから最初の時のような動揺はない。今、俺の目の前に立っているのは共喰いという禁忌を犯した狐人族の男が立っている。最初にその男を見た時に驚いたのは正しく見た目がラディスさんの若い頃と言われても納得してしまうほどに似ていたからだ。これこそがあの会談の際にラディスさんの様子が変わった原因だった


禁忌を犯した者とはラディスさんの叔父さんだったのだ。当時の長は連綿と続く一つの血筋の一族から代々が引き継いできていたそうだ。そして、この世界でも長子が男子ならば自然とその者が余程の事がなければ長を引き継いでいた。当然の事ながら当時の長に選ばれて引き継いだのはラディスさんの父親だった。確かなカリスマ性に高い狐人族としての全般的な能力、若いうちから七尾に至るほどの努力と才能。玉藻さんも葛の葉さんからも厚い信頼を置かれていた人物


しかし、その順風満帆の男の人生を妬む者も当然のことながらいる。その筆頭こそが、男の弟であるラディスさんの叔父さんであった。叔父さんも才能に溢れ、同じように若いうちから七尾に至っていた。カリスマ性もあり、ラディスさんの父親とも互角に戦える戦闘能力も有していた。それゆえに、長子というだけで長に選ばれた自分の兄を妬んでいた


「ヴァアアアアアア‼」(ラディスの叔父)


俺に加速して向かってきながらも、魔術を周囲に大量に展開して放ってくる。俺は生身の肉体での戦闘を行う様に制限されている。というのも、最近は武装付与を安易に使い過ぎていると自ら思い直して、今一度自らの肉体を鍛え直そうと思ったからだ。そして、今のこの環境は鍛え直す相手の力量も時間の制限もなく、何よりももしもの時の敵の情報も収集できるという恵まれた状態だ。俺は純粋な魔力である無属性の魔力を極限にまで圧縮した状態で身体強化をかける


踏み込んだ脚で地面を蜘蛛の巣状の罅を作りながら、ラディスさんの叔父さんに向かって加速する。多種多様な魔術が俺に迫りくる。俺は最小限の動きで避ける。しかし、俺の脇腹が抉れる。空間を正しく認識し、避けたつもりであっても何度も同じように認識を狂わされる。急速に再生する脇腹を気にせずに、まだまだ追加でくる魔術を避けていく。ラディスさんの叔父さんに接近すると、近接戦を仕掛けていく。尻尾を織り交ぜた近接戦闘方法に苦戦しつつも、最初に比べれば長い時間保つようになった。ここにも武装付与の弊害が出てきている


肉体が現象そのものに至っている事で回避することへの意識が少なくなっている。それが続いた事で生身の戦闘に置いての回避への意識的な行動へ移るまでの時間が以前に比べると極端なまでに遅くなっている。今はこの過去の幻想を利用して鍛え直している所だ。俺の肉体の至る所で火傷などの様々な傷が出来ている。そして、最後に俺の首を落とされて再び最初の出会いからに巻き戻される


「これで、千五百三十一勝・千六百五十六敗か。もう少し早くゾーンに入れるようにならなきゃ、本物と出会ったときには簡単にやられるな。それに吸血鬼の方も合流したら面倒な事になる。………………さあ、次を始めるか」


今度は俺から仕掛けにいった。ラディスさんの叔父さんは再び咆哮し、俺を迎え撃つ。俺は一気に踏み込んで、今度は軌道を複雑にしてラディスさんの叔父さんに接近する

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