82話 決壊
「んだよテメエはあああああああああ!!!!邪魔すんじゃねええええええ!!!!!」
イーラはそう激昂しながら、盾を何度も斧で殴りつける。盾が変形し壊れそうになった頃、ヒュームは盾ごとイーラを突き飛ばした。そして自分とイーラらの間に、高い鉄の壁を作り上げる。
「ああ!?何だよこの壁はあああああああ!!!!」
分断できたのを確認すると、ヒュームはゆっくりと泡沫に向かって振り返った。
「な、何をしに来やがった……鉄炎のヴラド!」
「その名前で呼ぶんじゃあない、俺にはヒュームという名前があるんだ。それと、助けてやったのに礼も無しか?」
「礼だと!?ふざけんじゃねえ!俺っちを助けたのは何かに利用するためだろうが!俺っちは炎毒様以外に従うつもりはねえ!」
そう言って泡沫は残った片腕を伸ばし、ヒュームに向かってシャボンを飛ばす。
「空っぽの心が一丁前に忠誠心なんざ持つなよ」
シャボンは鉄の鎧に防がれ、その表面を削り取るのみに終わった。そして泡沫は地面から伸びた槍に串刺しにされ、ヒュームと目線を強引に合わせられる。
「いいか?俺はお前に知恵を与えにやって来たんだ」
「知恵……だとぉ?」
「どうせお前に与えられた任務は人間たちを殺せとかそんなんだろ。それならもっと良い方法がある。お前にやってもらいたいのはそれだ。協力するだろ?なぁ」
泡沫は無言のまま、ヒュームをじっと睨む。心情的には気に食わないが、作戦には乗ってやるという気らしい。
「では行くか、北方の大地へ」
ヒュームは泡沫を槍から引き抜き、羽を広げて飛ぼうとする。その直後、壁があったはずの方向から毒の塊が飛んで来た。ヒュームは鉄の盾で防ぐも、盾は瞬く間に溶けてしまった。
「そうやすやすと逃すとでも?」
壁の方を見ると、厚い鉄の壁に穴が空き、その穴の向こうからメイシンとイーラが顔をのぞかせていた。二人は穴をくぐり抜け、ヒューム達に向かって突っ込んでくる。
「死ねやオラあああああああああ!!!!!」
イーラがとてつもない速度で走って来た。その形相を見て泡沫は恐怖で顔を歪ませる。
「お、おい!どうするつもりだよ!」
「今から飛んでも追いつかれるな……おい、シャボンを出せ、それも一際デカいやつをだ」
「そ、それで何とかなるんだろうな!」
泡沫は手から生み出したシャボンをどんどん膨らませていく。しかしそのシャボンは瞬く間に紫色に染まっていった。
「無駄ですよ!シャボンの強度を上昇させる毒はまだ辺りを漂っています!そのシャボンはもはや罠としての意味を持たない!」
泡沫は唾を飛ばしてヒュームに言う。
「お、おい!炎鉄!テメエがしろって言ったからしたんだぞ!何とかしやがれ!」
「……シャボンは強度が上がってるだけで、割れないわけじゃないんだろ?」
「あ?ああ、だがヤツが、自分で斧でシャボンを割るようなヘマをするわきゃねーだろ!死ねやクソが!」
「……はぁ〜。黙ってみてろ」
ヒュームは呆れた顔でため息をつく、そしてブレードを腕から生やし、構える。それを見て、走って来ていたイーラは危機を察知し、急ブレーキをかけて止まった。
「ちょっと!何止まってるんですか!」
「うるせぇえええええ!!!何で止まったのか、俺にもわかんねえんだよ!」
イーラが止まった隙をつき、ヒュームは生やしたブレードでシャボンを切り裂く。そして轟音が辺りに響き渡った。
シャボンが弾けた後、ヒューム達の姿は影も形も無くなっていた。
「自爆……した?」
「違う!上だ!」
イーラの声でメイシンが上を向くと、そこには遥か上空で、全身から血を噴き出しながら浮かぶヒュームらの姿があった。
「て、テメエ……なんて真似を……しやがる……」
「ガハッ……はっ、お前を逃すためにやってやったんだ。感謝しろよ」
ヒュームの体から流れる血が燃え始め、それと共に背中から炎を噴出させる。そして鉄の翼を広げ、ジェット機のようなフォルムとなった。
「『
「まて!それはどう言う……」
だが、ヒュームは答えることなく、泡沫を掴んで飛び去って行った。
「待ちやがれえええええ!!!!!!!!」
そしてイーラはヒュームを追って走っていく。メイシンはその場に残って人々の救出作業を始めた。
「大華帝国もろとも皇帝を殺す……?いや、まずは人々を助けなきゃいけませんね」
メイシンは、動ける人々や兵士に指示を出しに行った。
*
「うわあああああああああああああ!!!!!!」
イーラ達との戦闘から一日経った夜、大華帝国から北方の大地にヒュームは着陸した。もっとも着陸といってもほぼ墜落のような形であったが。
地面にぶつかった衝撃で、泡沫は跳ねながら地面を転がっていく。
「テメエ!もっとマシな着地の仕方はなかったのかよ!?」
「これが一番手っ取り早いんだよ。文句言うな」
「あとお前、日中にも飛んでやがったが、もしなんらかの原因で鉄の翼が壊れて、日光に晒されたらどうするつもりだったんだ!」
「その時は……諦めるしかないな」
「んのやろー!さてはその体ダミーだな!俺っちの場合は死んだら終わりだってのに!」
「そんなことより、早速お前にやってもらいたいことがあるんだが」
「そんなことって……熱う!」
突如、泡沫の両断された下半身が燃え始める。泡沫は熱さにのたうちまわった。
「な、何をするんだぁ!俺っちの力が必要なんじゃなかったのかよ!?焼け死ぬなんていやーん!」
「落ち着けよ。それは『再生の炎』だ」
「え?」
泡沫の切断面から燃える炎が、下半身を形作っていく。そして黒鉄の肉体が再生された。
「他人の体を治すのは苦手なんでな。大部分は鉄でできているが構わんだろう?」
「あ、ああ!こりゃあいい!で、俺っちは何をやりゃあ良いんだ!?人間どもを殺せるなら何でもするぜ!」
「あの壁を壊してもらう」
「壁……?」
ヒュームが指を指し示す。泡沫がその方向を見ると、そこには高さ50mはあろうかという壁があった。さらに左を見ても右をみても、壁がどこまでも続いていた。
「こ、この壁ってまさか……!」
「『断絶の巨壁』。歴代王朝が蛇影院……皇帝ネロと協力して作り上げて来た。北方騎馬民族から大華帝国を守るための壁さ」
「そ、そそっ、そそそそそさ、それを壊せってのかてめーーーーー!!!」
「ああ」
「ふざけんな!お前の鉄の鎧を壊せなかったように、俺っちのシャボンはなんでもかんでも壊せる代物じゃねーんだ!それになんでアレを壊すことが人間どもを殺すことに繋がるんだよ!吸血鬼の俺達は飛べるんだから壊す意味がねーだろ!」
「意味なら、今向かって来ているさ」
「ああん?」
その時、泡沫の耳に地響きのような音が響いた。音のする方向を見ると、そこには馬に乗った兵士達が、大勢で壁に向かって集まって来ていた。
「あ、あれは……北方騎馬民族か!?」
「そうだ、俺たちが墜……着陸したのは北方側、壁の外さ」
騎兵達は、壁の近くに来ると足を止める。そして、その中から一人の髭を伸ばした厳つい顔の男がヒューム達に向かってウマと共に歩いて来た。そしてヒュームの前でウマを降り、握手を交わそうと手を伸ばして来た。
「このティムール・ハーン、要請に応じ馳せ参じました。100年ぶりですかな?ヒューム殿」
「いやありがとう。よく来てくれた」
「なんのなんの、長年我らの『自由』を奪って来た『断絶の巨壁』、それを壊してくれるとなれば、我ら北方騎馬民族は喜んで戦に参戦しましょう」
ヒュームとティムールは深く握手を交わす。
「おっ、おい誰なんだよそいつは」
「彼はティムール・ハーン、北方騎馬民族の長で、俺が血を分け与えた『鉄血』の吸血鬼だ」
「ま、まさかよぉ……お前の言う人を殺す方法って……」
「ようやく理解したか、この壁は巨壁の中でも最も厚い部分、監視をする兵士もほとんど居ない。その壁が破られ、騎馬兵が入り込んできたとなったらどうなる?混乱になることは必至だ。その機に乗じて反乱を起こすものも出てくる。蛇影院が権力を握っていることに反感を持つ諸侯は多い」
「我々はすでに何人かの太守と密約を結んでいる。各地で同時多発的に反乱が起こるだろう」
「戦争か!は、ははっ!そうか、そうだよな!人を殺すのに、わざわざ自分の手を煩わせるまでもねぇ!人同士で殺し合わさればいいんだ!ひゃははは!やっぱ俺っちはバカだなぁ!こんなことにも気づかないとは!」
「大華帝国内は、群雄割拠の内乱状態となるだろう。『
「うひゃひゃひゃひゃ!楽しみになって来やがったー!……て、それは俺が壁を壊せること前提じゃねーか!俺っちにはこんなデカいもの壊せねえって言ってんだろ!出来て表面を削るだけだ!」
「心配するなよ。それについても考慮してある」
「?」
そう言ってヒュームは泡沫に作戦を話し始めた。
*
「ふぬうううううううううううう!!!!!」
巨壁の前で、泡沫は両手を壁に押し当てて、唸りながらシャボンを放出させる。
「……ヒュームどの、彼は一体何をしているのですかな?」
「アイツの能力は、割れた際に辺りを巻き込んで破壊するシャボンを生み出す能力だ。そしてそのシャボンは内部にさらに小さいシャボンを作れるという特性を持っている」
「つまりは入れ子構造ですな。シャボンの中に小さいシャボン、その中に小さいシャボン、さらにその中に……と、どんどん小さく出来るわけだ」
「ああ、そして極小の世界では、どんなに硬い物質でもその構造はスカスカだ。お前も『鉄血』の吸血鬼ならわかるだろ?」
「ええ、鉄の表面を固くさせるために、炭の粒子を添加する浸炭処理をしたことがあります」
「つまり、奴の力で極小のシャボンを生み出し、それを壁の中に染み込ませるのさ」
「んあああああああああああああ!!!!」
泡沫は極小のシャボンを生み出す負担からか、鼻血をダラダラと流していた。
「やってやるぅ……炎毒様のためにやってやるぞぉ……」
それを見ながらティムールはヒュームに尋ねる。
「あとどれほどかかりそうですかな?」
「待ってくれ、今計算中だ。ええと、あの大きさのシャボンで必要な濃度はあれくらいか。で、楔として扱うには壁の半分くらいには浸透させておかなきゃならない。拡散係数と誤差関数を求めて……と」
ヒュームは計算を終え、指を鳴らして叫ぶ。
「おい!もう良いぞ!十分だ!」
ヒュームがそう言うと共に、泡沫は気力を使い果たし、気絶して倒れ込む。
「おっと倒れたか、だが役割は十分に果たしてくれた」
ヒュームは泡沫を拾い上げて壁の上に飛ぶ、そしてティムールに向かって指示を出した。
「ティムール!仕上げは任せた!」
「承知」
ティムールは自分が乗って来た馬に跨ると、壁から遠く離れるように走っていく。スピードを得るための距離を取っているのだ。
「吸血馬よ。いまこと人馬一体の時だ」
ティムールの乗る馬は吸血馬、吸血鬼となった馬だ。その馬は凄まじいスピードとなり、身体中から汗のように血を流し始める。その血をティムールは操り、ティムールと馬はさながら一つの槍のようになっていく。
「穿てえええええええええ!!!!!!!」
ティムールの槍が巨壁にぶつかる。それと共に、壁の中に浸透していたシャボンが弾け、連鎖的に破壊を巻き起こしていく。そしてティムールは壁を貫き、巨大な穴を開けたのだった。
「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」
騎馬兵達は歓喜の声をあげて穴を通り、大華帝国へ足を踏み入れる。その様子を見て、ヒュームは口元を塞ぐように、顔を手で覆って呟いた。
「さあ、戦争の始まりだ」
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