79話 怒れる者と悼む者、そして憎しみへ至る者

 蛇皇五華将じゃおういつかしょうの一人、マンサをヒュームは討ち倒した。マンサが崩れ落ちると共に、ヒュームも疲労から膝をつく。


「勝った……だがまだだ、奴にとどめを刺さなくては……」


 ヒュームが片手をブレードに変えてマンサに近づいていくと、鉱山の奥、マンサが現れた方から一つの人影が現れる。そしてそれはマンサを守るようにヒュームの前に飛び出した。


「……お前がここに来たってことは、やはり罠だったんだな」

「お前こそ、『闇血』だったことを隠していたな」


 現れたのは蛇皇五華将の一人、ヤンであった。ヤンはマンサの巨体を背負い、ヒュームを睨む。


「自らの素性を隠し、キッド君に近づき、何を企んでいる。彼の類い稀な体質を、何に利用するつもりだ」

「……利用?先にキッドを誘拐し、利用しようとしていたのはお前たちのほうだろ。俺はただ、身勝手な吸血鬼どもの食い物にされていってしまう『忌血』を守りたいだけだ!」


 ヒュームが怒りの形相でヤンを睨む。


「さあ、やろう。俺を殺したくてウズウズしてるんだろ。今度はもう横槍は入らない。存分にやろう」

「……そうしたいのはやまやまだが、マンサを連れて帰還しろってリンがうるさくてね」

「俺がそれを逃すと思っているのか?」

「いいやお前は追わない。もう体力も残っていないんだろう?」

「……お前の喉を掻き切るくらいの力はあるがな」

「窮鼠猫を噛む、追い詰められたものほど恐ろしいものはない。相打ちになるのはごめんだね、さっさと退場させてもらおう」


 そう言ってヤンはマンサを背に抱えて走り去っていく。それと同時に炭鉱内のあちこちで爆発が生じた。


「これは……貴様!」

「置き土産だ。生き埋めになるがいい」


 壁が崩れ上から岩が落ちてくる。ヒュームはすんでのところで避けたものの、足がふらつき、地面に倒れ込んでしまう。


「クソっ、血が……血が足りない」


 その時、倒れ込んだヒュームの目の前に一つの鍵が落ちていた。鍵には『牢屋の鍵』と書かれている。


「これは……マンサが落としたものか」


 鍵は戦いの影響で破損しており、使える状態にはなかった。だがヒュームは、鍵を見て何か思いついたようだった。


「酒呑盗賊団は囮のためにこのエリアで囚われていた。地図によれば、本来の牢屋は確か……」


 爆発は激しさを増し、炭鉱は大きく揺れる。そして岩石がヒュームの上に降り注いだのだった。


 *


「よし、もう兵士たちは追って来ねえみたいだな」


 炭鉱の外にでて、遠くまで逃げたフェイ達は額の汗を拭って一息つく。


「炭鉱の入り口は鉄で封じておいたよ。今のところ突き破るような動きはないみたい」

「すると、兵士たちが追ってくるとしたら別の出入り口からじゃのう」

「そっちから兵士が来る前にできるだけ離れた方がいいな」

「あんまり離れると、お兄ちゃんが戻ってきた時にわからなくなるかも……」


 そういうキッドに、ネロが暗い顔で話しかける。


「キッド、ヒュームについては最悪のケースを想定しておけ、マンサがわしらを追ってきた時、今のままではどうにもならん」

「そんなことないよ!必ず勝って戻ってくる!だって約束したんだ、お兄ちゃんと……」

「僕がどうかした?」

「あっ聞いてよお兄ちゃん、ネロがさ……ってうおおおおおおおおおおおお!!!!!?」


 突然現れたヒュームにキッドは驚愕の声をもらす。


「ヒューム!生きておったか!マンサは?」

「なんとか倒したよ。ヤンがマンサを連れて行ってしまったから止めはさせなかったけど」

「ヤンが来ていたのか、ということはやはり罠だったんだな」

「もっともその企みも破れ、全員生存、酒呑盗賊団も助けるというワシらにとって最高の結果になったがの」


 ガッハッハとネロは大きく笑う。その側でキッドがヒュームに近づき小声で話しかける。


「お兄ちゃん、血を飲まなくて大丈夫?マンサとの戦いで疲れてるんじゃないの?」

「大丈夫。『鉄血』は鉄分を操れる性質上、血の飢えには強いんだ」

「でも、血を飲んでおくに越したことはないんじゃ……」


 すると、キッドの肩をヒュームがガシッと掴む。


「……キッド、僕にはね。君のようないい人の血を飲む資格なんてないんだよ」


 キッドはヒュームの言葉の真意がわからなかった。だがヒュームの目から伝わる並々ならぬ意思に、ただ黙ってうなずくしかなかった。



「お頭!そしてキッドさん、ネロさん、ヒュームさん。このたびは俺たちを助けていただき誠にありがとうございます!」


 酒呑盗賊団は深々とキッドらに頭を下げる。


「よしてください、同じ仲間として当然のことをしたまでです」

「かっ、勘違いするでないぞ!『支配ドミネーター』を倒すためには人手が必要じゃったからじゃ!お主らのためじゃないんだからね!」

「照れ隠し?」

「いや、これは言葉そのままだね。ネロは何の得もないのに動くたまじゃないし」

「ヒュームの言う通り、ワシはお主らの働きに期待して助けたのじゃ。しっかり働いてもらうぞ」

「もちろんです!ところでお頭達はエージェント・スミスらとは再開できたので?」

「いや、会ってないな。船がぶっ壊れてはぐれて以降それきりだ。というかお前達はあのあと何があったんだ?」

「実は俺たち、蛇皇五華将の一人、ユキノという吸血鬼に捕まってしまいましてね」

「ユキノ……たしか栄光ランキング二位の『凍血』の吸血鬼じゃったか……ぐっ、記憶が」

「ただスミスとウルフは逃げることに成功したようでして、拘置所にもいませんでした」

「……ということは、あの二人の力を借りれるかもしれないってこと?」

「どうかな?あいつら金でしか動かねーだろ?」

「だからこそじゃよ。あやつらは帆船に放射性武器に大砲鉄砲と色んなものを用意しておきながら、珍からの代金を受け取れなかった。つまり今大損状態ということじゃ。ワシが皇帝に返り咲くことができたらその被害を補填してやるぞ、と言えばアイツらも協力せざるをえまい」

「あ、あくどい!」

「まあ、これから色々いりようになると思うし、ひとまず彼らに会いに行くってことでいいんじゃないかな?」

「でもどこに行けば会えるんだろ」

「二人なら万華京に行くって言ってましたぜ」

「万華京……大華帝国の首都か」

「警備が厳しそうだね」

「遅かれ早かれ向かう場所じゃ。むしろマンサが行動不能の今がチャンスじゃろう」

「そうだね。残された期限は残り二週間、ぼやぼやしちゃあいられない!」


 そしてキッド達は万華京へ歩みを進めるのであった。


 *


 万災鉱山、ヤンが仕掛けた爆弾によってあちこちが崩落しているなかを、多くの兵士たちが探索していた。


「ヤン様!吸血鬼の死体、見つかりません!」

「そうか、まああれくらいでは死なんだろうとは思っていたが」


 その時、人が通れるくらいの大きさの穴がヤンの目に映った。その穴は熱で岩石が溶けた痕跡とドリルの跡が付いていた。


「地下に穴を掘って逃げたのか。そうだ地下といえば、あそこに囚人達を閉じ込めていたのだったな。あいつらを移送しろ。もうこの鉱山は使い物にならん」

「あの、その事なんですが……」

「ん?」


 ヤンが兵士に連れられて地下に降りると、そこには焼け焦げた数多くの死体があった。


「囚人達は全て殺されていまして……あっ、マンサ様が万が一に備えて、逃げないように処分しておられたのですかね?」

「マンサは炎を使わない」

「へ?」


 ヤンは死体の間を歩きながら辺りを見渡す。上を向くとそこには穴が空いていた。さらに横にはここから出たのであろう、地上へ向かう穴が掘られていた。


「なるほど、奴はこの穴からここに降りてきて、そして……」


 おびただしい数の死体を見て、ヤンは顔をしかめた。


「埋葬してやれ」

「えっ、あっはい!」

「どうしようもない罪人どもだった。が、死んだ後くらい静かに寝むらせてやってもいいだろう。……こう焼かれては、死者の顔すらわからないな」


 ヤンは死体の前で静かに手を合わせる。そして決意と共に顔を上げた。


「『闇血』が……これ以上、大華帝国でお前たちの好きにはさせんぞ」


 *


「あっひゃっひゃっひゃっひゃ!炎毒様うっそでしょ!?2回も!2回も『凍血』の吸血鬼に負けるなんて!『炎血』の力持ってるのに!あっひゃっひゃっひゃっ!」

「……笑うのが上手くなったな、泡沫。で何をしにきた。連絡はろくにしないくせに」

「そりゃもちろん、褒めてもらいにっすよ。ここ数日、地道に人間どもをプチプチと殺してきたんで。いやあたいへんだった〜、滅した町の数はもう4つになるかなぁ。そうだ、蠱蟲はどうしてるんです?俺、愛想尽かされたのかをしてくれなくなっちゃって」

「蠱蟲は死んだ」

「……へ?」


 炎毒は静かに事実を告げる。


「嘘でしょ?ははは、俺っちでも分かりますよ。それはつまらない冗談だって」

「随分前にこの蝶が飛んできた。蠱蟲の実験の成果と、死を告げるこの蝶がな」


 炎毒は蝶の死骸を泡沫に見せる。


「は、はは、嘘だ。アイツはしぶといんですよ、それこそ蟲並みに。それにアイツは俺とは正反対で、ちゃんと心があって、炎毒様思いで、……なんで生きてるのが、アイツじゃなくて俺なんだよ」


 泡沫の顔が、作り物のような笑顔から感情の読めない顔に変わっていく。


「炎毒様、これってっすか?っすか?」

「……『闇血』は悲しんだりしない。私たちの心にあるのは、世界に対する怒りと憎しみだけだ」


 泡沫は炎毒に背を向けて歩き始める。


「どこに行く」

「や つ あ た り」


 振り返った泡沫の顔は、あいも変わらず無表情だった。しかしその目は怒りと憎悪に満ちていた。

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