9話 罠

 日中、キッドたちの乗る鉄の馬車は木々の影に隠れて休んでいた。キッドたちは降りて食事の支度などをしているがフリーダたちは馬車の中に閉じこもっている。


「吸血鬼ってやっぱり太陽の光が苦手なんでしょうか」


 アンナが疑問を口にするとエルマが馬車の中から答える。


「苦手なんてもんじゃないよ、光に当たったら蒸発するように消えていくからね。痛みを感じるヒマすりゃありゃしない。吸血鬼にとってはどんな武器よりも日光が一番恐ろしいのさ」


 エルマが話終えるとキッドが見ていた鍋がグツグツと沸騰を始めた。


「出来た!さあ!お昼にしよう」


 そう言ってキッドはスープをよそい始まる。

 ふんふんと鼻歌を歌いながら作業するキッドにアンナが近よって来て真剣な顔で言う。


「キッド、私に護身術を教えて」


 キッドはきょとんとした顔で応答する。


「どうしたの藪から棒に?そりゃ出来ないよりは出来たほうがいいけど……」

「日が出ている間はフリーダさんたちは戦えない訳でしょう?もしキッドだけしか戦えないときに、無防備な私がキッドの負担になると思うと心苦しくて。今までの行商の時には騎士団の巡行に同行していたから、そういったスキルがまったくないの」


 決意を口にするアンナに馬車の中からエルマは茶化すように言う。


「そんなんしなくて大丈夫だって!血を飲んだキッドは人間相手なら何人来ようが無双できるし、それに吸血鬼相手なら護身術なんて意味を持たなくなるさ」

「その吸血鬼相手のときに人質になっちゃうかもしれないのが怖いんです!」


 アンナもムキになってほっぺを膨らませて言った。


「そんときは私達が動けるから大丈夫だって、日中動けないのは相手の吸血鬼も同じさ、それに私達も少しの間なら日中も戦えるんだぜ?」

「え!?そうなの!?」


 キッドが驚愕の声を上げる。


「全身に鉄の鎧を纏うんだ。日光が入らないようにキッチリ覆ってな。壊されたらヤバイから普通やんないけど。だから安心しなって」


 楽観的なエルマだが、フリーダは何かが気がかりなようだ。


「ふーむ、アンナちゃん、ちょっとこっち来て」


 そう言ってフリーダはアンナを馬車内に招き入れた。


「その胸のお守りをちょっと貸してくれない?」


 そう言ってフリーダは、アンナが店主からもらった盾のお守りを受け取る。そして自身の血でお守りの溝に沿って色をつけて行った。お守りは鮮やかな赤に彩られた。


「わぁー!綺麗な着色!ありがとうございます!」

 フリーダはニッコリと笑って言う。


「気に入ってもらえたなら嬉しいわ。私からも

を込めておいたの」


 しかしエルマはそれを見てうげーっとした顔で言う。


「いやいやいや、血の着色とかめっちゃ不気味ですよ。アンナちゃんそれ早く洗っておいで。なんの病気にかかるかわかんな」


 ゴン!

 馬車の天井から伸びてきた鉄拳がそれ以上のエルマの発言を止めた。



 夕刻、キッド達が乗る馬車は全速力で山道を駆けている。険しい斜面を登る馬車の車内は大きく揺れていた。全員が揺れにフラフラとなり、キッドは女性陣のに当たるたびにゴメンナサイ!と大声で謝っていた。


「フリーダ様!なんでこんなに爆走してるんです!?日が落ちてからゆっくり進んでもいいじゃないですか!」


 エルマが何度も馬車の壁に頭を打ちつけながら言う。


「鉄馬たちが激しい興奮状態になってるの。この山に入ってからずっと、下手に止めるともっとひどいことになるわ。鉄馬達がこんなふうになるということは……まさか」


 鉄馬を止めようにも止められず、走り続けさせるしかない。何か作為的なものを感じてフリーダは警戒を強める。


「これから橋を渡るわ。揺れも少しは収まるはずよ」

「橋は馬車の重さに耐えられるでしょうか……下は川とは言え、落ちたらと思うと不安です」


 アンナが心配そうに呟く。フリーダがなだめるように言う。


「あの橋は鉄で出来ていて、昔『雷血』の吸血鬼達が彼らの『マキナ』というので作ったものらしいわ。人間達より進んだ技術で作られているみたいよ。重くて、吸血鬼が飛んで運べないマキナを移動させるために作ったみたい。今の私たちと同じ状況ね」

「すみません……荷物が多すぎて……」


 アンナが申し訳なさげに言う。


「ああっ、いやいや、気にしないで、アンナちゃんのおかげで行商人として旅ができるわけだし」


 フリーダが失言を取り繕うように言う。そうこう言っているうちに馬車は鉄橋を渡り始めた。鉄橋は難なく馬車の重量を支えている。


 ──突如、フリーダは何かを察知する。くんくんと鼻を鳴らし、あたりの匂いを嗅ぐと焦った表情で全員に言う。


「この橋──吸血鬼の血が付着しているぞ!『毒血』の吸血鬼だ!」


「──かかったわね、まんまと」


 木々の影の中から女がつぶやく。そしてなめずりをした。


 ──瞬間、鉄橋が腐食して崩れ始める。急に錆が付きはじめるなど、明らかに異常な崩れ方であった。


「は、橋が!」

「──まだ日が沈んでいない!キッド!アンナを連れて飛びなさい!」


 フリーダの言うことに従い、キッドは赤い瓶を取り出して、エルマの血を飲み干す。そして体をへと変化させると羽を広げて馬車を飛び出し、エルマを抱えながら空を飛ぶ。夕焼けがジリジリとキッドを焼くが、動きを阻害されるほどではない。


「──姉さん!母さん!」


 キッドが下を向くとすでに鉄橋が崩れ落ち、二人の乗っていた馬車は川を流れてしまっている。


「今助けに……ぐっ!?」


 突如としてキッドの羽が、木々の中から飛んできた血の弾丸に撃ち抜かれた。羽が腐食するように溶け始め、体勢を崩したキッドは向こう側の崖に着陸する。


「……!?キッド!あたりをみて!」


 エルマに言われてキッドはあたりを見渡す。そこには数十人という山賊があたりを囲んでいた。しかしそれは吸血鬼でなく人間だった。木々の影から声が聞こえる。


「あらちょっと想定外、まだ日が出ているのに、行動できる吸血鬼がいるなんて……ああ、そういうこと。まあいいわ、あなたたち、女の子の方は無傷で捕らえなさい。男の子の方は……なかなか手強そうだし、傷つけても構わないわ」


 山賊たちがじりじりとにじり寄る。


「よお小僧、黙って捕まってくれや。てめぇが捕まってくれれば、俺はあのから解放されるんだ!」


 そう言って一人の男が掴みかかってくる。が、キッドは男の腕を掴むとその勢いのままに後ろの川に向かって背負い投げをした。


「うわああああああ!!!!!」


 そのまま男は落ちて川を流れていく。


「あら、解放されてよかったじゃない」


 メアリーと呼ばれた女はクスクスと笑いながら言った。そして山賊の男たちに向かって叫ぶ。


「約束したとおりよ!子供を捕まえたものはこの山賊団から抜けることを許すわ!金銀財宝も一緒にね!いつまでも私に『支配』されているのは嫌でしょう?『食事』になりたくなかったら全力で戦いなさい!」


 それを聞いた山賊たちは大声で叫び始める。


「女のほうでもいい!捕まえろ!人質にしてやれ!」

「男のガキの腕をぶった切ってやる!」


 そういって斧や剣を構えてキッドたちに近づいてくる。だがキッドは気迫に負けず冷静さを保ったままだ。アンナに向かって言う。


「アンナ!崖際によって!そして僕の後ろに!」


 そしてキッドは崖を背に山賊たちの前に立ちはだかった。


「は、背水の陣ってやつ?」

「ちょっと違うけどね……」


 山賊たちの動きが鈍くなる。このまま近づいて言ったらさっきのように投げられるか、突進攻撃が避けられたとき崖から落ちるかもという不安が生まれたのだ。それを見たメアリーが感心しながら言う。


「なるほど……ああすれば後ろから攻撃されないから正面に集中することができるわね」


 山賊の一人が息急き切って言う。


「なに怖気づいてやがる!全員でかかれ!獲物を持ってねぇガキなんぞ──!?」


 山賊たちは目の前の光景をみて息をのむ。

 キッドは手の親指をかみ切り、流れ出る血で武器を形成していく。それはいつもの日本刀──ではなかった。


「大人数が相手なら──この武器が有効だ!」


 それは大きな円盤状の刃物が二枚重なった形状で、刃はのこぎりのようになっている。さらにキッドの手から二枚の刃の間に向かって赤い血の糸が伸びていた。ありていに言うなら、それは巨大なであった。

 鉄のヨーヨーを高速回転させながらキッドは山賊たちに向かって叫ぶ。


「──かかってこい!アンナちゃんには、指一本触れさせないぞ!」




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