第107話 生かされていた者たち




 城に着いた私は、なぜか仲間から引き離されて、一人個室に連れていかれた。プティは、後でこの部屋で話があると言っていた。それは、今日までずっと話そうとして、私に避けられていて話せなかった話だろう。今日も聞く気はない。


 部屋に鍵をかけて、私はソファで一休みした。




 寝ていた私を起こしたのは、扉越しに王との謁見準備が整ったという声。呼び出しだ。

 抵抗することもなく、私は玉座の間へと案内された。案内してくれた兵士も、通りすがりの兵士も、すべてが私に冷たい視線を浴びせる。それでいい。




 玉座の間に入り、たった一人で、多くの視線にさらされながら前に進む。

 その先には、偉そうにふんぞり返る王。


 適当に立ち止まって、跪いた。王から許しを得て顔を上げれば、厳しい顔をした王と目が合う。

 それから語られる内容を右から左に流して聞いた。内容的には、魔王を倒すため力を貸してくれたことへのねぎらい。


「しかし、勇者よ。お主の罪は、この程度で許されるものではない。」

 本題が来たようだ。偉そうに、魔王を倒したわけでもないくせに、偉そうに。魔王と対峙したこともないくせに、偉そうに。


「人類の悲願、魔王討伐の役に立ったことは認めよう。しかし、お主のせいで多くの罪なき民が犠牲となった。」

 王のそばに控えていた男が、クリュエル城で私がルドルフを解放したこと。それから、そのルドルフが行ってきた非道の数々を並びたてた。


「功績を踏まえても、その罪は重い。一度は、お主の死罪が決まっていた。でなければ、民が納得しないと。」

 笑える。何様のつもりだろうか?魔王が生きていれば、もっと多くの・・・いや、人類は滅んでいただろう。それが、たった数千の人間の命で済んだのだ。いや、その命も救いたかった?傲慢か?


 あぁ、わからないわからない。

 なんで、こんな理不尽なんだろう。


「しかし、お主はわが国の姫を盗賊の魔の手から救った。その功績により、山を与える。その山には、屋敷も建てた。そこで暮らすがよい。生活も保障しよう。」

「・・・?」

 我が国の姫とは、プティだろう。それを救った・・・は、あの誘拐事件か。それはわかるけど、殺す人間に山を与えてどうするんだ?屋敷まで・・・


 勇者記念館とか作るのだろうか?


「ただし、その山から出てはならぬ。山から出るときは、国の要請があった場合のみ。一生国のために献身することで、その罪をあがなえ。死罪は取り消し、その命を国のため尽くしてもらうこととなった。」

「・・・は?」

 山からでるな?つまり、山は牢屋ということだ。そして、国の要請というのは、おそらく人類の手に負えないものを私に任せるということだろう。

 死刑が終身刑に変わっただけだ。


 狂っている。どこまでも、おかしい。


 私を、どこまでも利用する気だ。あの王国と変わらない。牢屋に入れて、自分たちの都合のいいように使う、クリュエル王国とここは、大差がない。


 あぁ、でもいいか。生活に困らない。山の中でなら自由に暮らせる。一度そういう生活をしてもいいかもしれない。あまりにもひどかったら、その時反撃すればいい。


 落ち着いて王を見る。周りも見てみる。

 どれも冷たい視線ばかりだが、その中でいくつかこちらを案じる視線がある。


 アルクとリテ、意外と近くにいた。両脇を固める人だかりの中の右側にいる。背後にはエロンがいて、目が合うと私を安心させるように微笑んだ。

 プティは、王の座る椅子よりも下の位置にある椅子に座っている。その背後にマルトーが控えていた。オブルは見当たらないが、近くにいる気がする。

 ルトは見当たらない。どこに行ったのかはわからないが、とりあえず今は王に目を向ける。


「ありがたき幸せ。」

「・・・以上だ。」

 私の返事を聞いた王は退室を促した。私はそれに従って、扉の方へと歩きだす。


 冷たい視線の中、ぼそぼそとささやきが聞こえ始める。私を悪くいうものばかり。ため息が漏れそうになるが、前を向いてそのまま進んでいき・・・足を止めた。

 私の動きを見て、場が静寂に包まれる。


「退出せよ。」

「・・・気が変わりました。」

 私は振り返って、王と目を合わせて笑った。


「私の死を望むものは多い。ならば、その者全員排除するべきでしょう。」

「何を言っている?」

「殺したければ、殺せばいいと言っているの。まとめて相手をしてあげるよ。」

 私を悪く言う人々。その中で、殺人予告をするものがいた。そう、山にいても、私は平和には暮らせない。そして、妥協しても、相手は調子に乗るだけなのだ。なら、妥協はしない。


 自由に、思うように、生きよう。


「勇者、いい加減にせよ。こちらがどれだけ譲歩したか、こちらの苦労をよく考え、発言するべきとは思わないか?」

「私を、どれだけ過小評価しているわけ?我慢しているのは、私の方よ。・・・王、さっさと私の敵を差し出して。でないと、あなたから殺す!」

私の宣言に、両脇を固める人々が声を荒立てた。


「勇者をとらえよ!」

「こいつは人類の敵だ!」

「次なる英雄は、あのものを討った者だ!」

 腕に覚えがあるものが剣を抜き、騎士たちも私を囲む。


「サオリ!やめるんだ!」

「サオリさん!あなたは、僕たちが守りますから!」

「サオリ!」

 聞こえた声は、聞きなれた仲間のもの。その声に心が温まると同時に冷え切る。

 彼らは、味方ではない。


 所詮、国の犬だ。私が国を裏切れば、私の味方ではない。そんなの、仲間だなんて思えない。どうでもいい。


「私を殺せ!殺してみろ!弱くて私に助けを求めた、軟弱者たちがっ!」

 私の言葉に唇をかみしめて、一人の騎士が斬りかかった。それを足払いで倒し踏みつけて、剣を奪いその手を突き刺す。


「この程度で、私を殺せると思った、馬鹿な人。この程度で、私を貶めた罪・・・私が死罪というなら、同じ罪をお前たちに科してやるっ!」

 私が踏みつけた騎士の心臓に剣を突き立てようとしたとき、周りの騎士が動き出した。こちらを襲う剣を、剣で受け、避けて、逆に騎士を斬る。


 数人程度なら、何のことはない。私にかすり傷一つ付けられない騎士たちは、致命傷を負って、倒れこむ。

 しかし、人数が多い。剣一つでは足りなくなって、私はもう一つ剣を調達した。両脇から迫る剣を受け、正面から隙ありとばかりに斬りかかってきた騎士の剣を、蹴り飛ばした。

 すると、今度は前後から襲い掛かってくる騎士。両脇の騎士との押し合いは勝てるが、私はあえてそのままにして、前後の騎士が私に近づくのを待った。


 ここだ。

 ジャンプして、右足を前へ、左足を後ろへ出して、前後の騎士に触れた。


「移動魔法。」

 景色が変わり、私は王の目の前に現れた。

 ぼとぼとぼとぼと。鈍い音が周囲から聞こえる。それは、騎士たちの頭が、床に落ちた音。


「少しは、理解した?」

「ゆ・・・うしゃ・・・」

 青ざめた顔をした王。それでも、逃げはせずに私と向き合った。


「陛下から離れろ!」

 近くにいた騎士が斬りかかってきたので、私は移動魔法を唱えて、玉座の間の中央に立った。


「どう?死神ピエロの力は?」

 クリュエル城の人々を殺した、殺人鬼。それは、死神ピエロと名付けられていた。首を切り落とし、高笑いをあげて死体を生産する私は、死神ピエロだ。ルドルフが死神ピエロだと思っていたのだろう。確かに、彼もクリュエル城の人間を殺した。でも、この殺し方は、首を切り落とす殺し方は、死神だろう。

 この殺し方で、死神。高笑いをあげる愉快さが、ピエロ。それが、死神ピエロの名前の由来・・・


「死神ピエロがルドルフなんて、真っ赤なウソ。ルドルフに騙されて、彼を解放したというのも真っ赤なウソ。これが真実だよ、王!」

 人の塊に飛び込んで、私は次々と人の首を切り落としていった。剣が使えなくなれば、次の剣を首なし死体から調達し、また首なし死体を増やす。その繰り返し。


「ははっ、あはははははっ!」

 先まで、冷たい視線を向けていたやつら。懇願の涙を流す。面白い。

 侮蔑、嘲笑・・・笑えないほどの恐怖で引きつる顔が、愉快だ。


 勇ましく剣を抜いた奴らが、剣を捨てて逃げていく。どうした?その剣はこちらに向けるために抜いたものだろう?


「ヤメロ!サオリ!」

「はっ!邪魔だよ、マルトー!」

 私の腕を掴もうとしたマルトーの腕を逆につかんで、王の方へと放り投げた。


「サオリ!」

 マルトーの声は耳に入ったが、振り返らない。

 私はざっとあたりを見回した。私を殺そうとしている者は、あとどれくらいいるだろう?私への殺意が恐怖に上書きされてしまって、その殺気を探ることが難しくなってきた。


 とりあえず、私の殺害予告をしていた中年の男、豚のように肥え太った男の首を斬り・・・落とせなかった。刃がつぶれているのに気づいて、手を止めた。


「剣も飽きた。移動魔法。」

 男のぜい肉に手をめり込ませて、私は男の首と共に移動する。


 王の前に首を落とした。いや、王の前には騎士が固まっているので、その騎士たちの前に首を落とした。


「王、これでわかった?私を利用するというのが、どれだけ愚かなことか。あなたたちは、ただ礼を述べて終わらせるべきだった。」

「お主を無罪放免というわけにはいかない。民意がそうさせぬのだ。個人としては・・・いや、何でもない。」

「そんな言い訳が通用する相手に見える?私は、別に王の手のひらに収まっているのでもよかったよ。でも、その中が安全ではないってわかってしまえば、妥協する必要はなかった。私は自由に生きたいし、囚われたくない。」

「お主は、もうこの国で生きることは難しいだろう。民を敵にした。寝床も食事も居場所もここでは与えられない。」

「・・・それでもいいよ。それはそれで愉快だ。」

 ニタリと笑う。私を悪人にして、無知な人々が私を罵り、私はそれを殺す。面白い。楽しそうだ。いや、楽しい。今も楽しいから。


「王には、多少は感謝しているよ。だから、言うけど・・・そろそろ気づきなよ。生かされているのは、どちらなのかを。」

「っ・・・!」

「・・・封印!」

 唐突に聞こえたその声は、仲間のもの。プティの声だった。そして、その魔法も。


「サオリ、これで移動魔法は使えないわ!お願い、武器を捨てて投降して!」

「・・・」

 馬鹿な話だ。武器を捨てて捕まって、死ねというのか?移動魔法を封じたくらいで、私を倒せるとも?そもそも・・・


 私は、なぜか開かない玉座の間の扉前に集まる人々へ手を向けた。


 ぼとぼとぼとぼとぼと。

 私の周囲に落ちる首。扉の前には、首なしの死体が音を立てて倒れていった。


「なっ・・・」

「嘘だろ。」

 リテとアルクの声が、よく耳に届いた。そういえば、人がだいぶ減ったな。


 いまやったのは、もちろん移動魔法だ。

 私は、今まで移動魔法を使うときに魔法名を唱えていた。だが、それは別に必要なことではない。移動魔法を封じることは、封印ではできない。言葉を封じる封印では。そして、移動したいものに触れていたが、実はそれも必要なかったのだ。


 能力の真価は、隠しておくべき。魔王という強大なものを相手にするなら、なおさら。だから、隠していた。徒労に終わったけど。


 本当に、魔王なんて、目の前に現れれば認識した瞬間に殺せるような相手だった。たわいもない、拍子抜けの相手。

 それほどまでに、私に与えられた力は強大だった、強大だったゆえに、魔王を警戒していたのだ。与えられる力の分だけ、魔王は強いと思っていたから。


 そして、隠していたのはもう一つ理由があった。


 顔をあげれば、仲間たちの顔が青ざめているのが分かる。それはそうだろう。こんな力を持った私は、怖いだろう。


 怖がれるのが嫌だったと言えば、みんな笑ってくれるだろうか?


「殺せ。」

 王は、判断を見誤った。この国を終わらせる一言を、王は選んだのだ。


「その、化け物を殺せ!」

 死神の次は化け物か。恐怖を殺し、忠義のため剣を振う騎士たちの首を移動させて、私は騎士の剣を奪い王に斬りかかった。


 結局、この国でも同じことだった。

 ここでも私は、見下されていたのだ。利用されていたのだ。


 いや、国ではない。この世界は、私を見下し利用するのだ。


 キンッ!

 私が振り下ろした剣が、剣に受け止められる。


「アルクっ!」

「駄目だ!このままだと、お前は本当に人類の敵になる!」

「・・・だから、どうしたというの!私は、もうそれでいい!」

 一度引き下がって、全力でアルクと距離を詰めた。


 邪魔をするなら。


 どうせ、私を裏切ったんだ、みんな。

 だから、もう、もう・・・


 殺して―――――



 赤い絨毯に、鮮血が染み渡る。




「なんで・・・さ、サオリっ!なんで、剣で受け止めなかった!お前なら受け止めれたはずだ!」

「・・・かはっ。」

 アルクは、私の全力を見切っていた。だから、いいかなと思った。


 私の心臓を狙って突きを繰り出したアルクの剣を、私は受け入れた。




 もう、どうしようもなく狂ってしまった私は、きっと一人になってしまう。だから、殺されようと思った。

 その相手は、仲間がよかった。


 裏切られても、私が大切に思う気持ちは変わらない。


 温かい・・・朦朧とする意識の中で、温かい何かに包まれた。逆に、冷たい何かが上から降ってきたけど、それもなんだか温かく感じる。


「治って!お願い、治って!」

「サオリさん!お願いです、目を開けてください!」

「嘘だろ・・・」

「なんで、死のうとするのよ!馬鹿!」

「・・・俺も後を追う。それが嫌なら、目を開けてくれ。」


 温かいな。



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