第83話 裏切り者は?
お茶会を終えて、部屋に戻り姿見の前に立つ。
青い長い髪を一つに縛り、赤い瞳をした私が立っている。その姿は間違いなく私で、今まで当然のようにこの姿を私と認識していた。
「私は、何を忘れている?」
鏡に手を置いて、鏡の中の自分に問いかける。
前の私は、黒髪黒目で髪も肩くらいまでしか伸ばしていなかった。髪を縛ることはほとんどない。鼻も低くて、少し日焼けもしていた。
似ても似つかない。でも、この姿を受け入れている。いや、最初から受け入れていた。
それはなぜ?
考えれば、頭痛がして考えることを邪魔する。それが答え?
鏡の中に、頭を抱えてこちらを苦しげに見る女性がいる。
「あなたは誰?」
「私は、サオリ。サオリ、サオリ・・・・サオリ以外の何者でもない、はず。」
なのに、頭痛がする。女神に封印された記憶を、私は思い出そうとしているのだろう。だから、頭に負担がかかる。
「・・・やめよう。」
考えることをやめる。頭痛も治まった。
今は、魔王を倒すことだけを考える。
私は、プティからもらった髪ひもを解いて、鏡の前に置いた。
「私は・・・勇者サオリ。それでいい。」
頭を切り替えた。
タイミングよく、ルトが私を呼びに来た。アルクたちが待っていると。
私、ルト、オブル、アルク、ゼールが、部屋に集まった。
机を囲んで座る。机は円卓で、私の右にルト、左にゼールだ。
「まずは、捕らえた男の話からするか。」
「そうですね、では私が。男たちの素性は、この王都に住む冒険者で、少し剣がたつ程度のどこにでもいる普通の冒険者でした。」
「冒険者・・・」
「便利屋ですね。子守から魔物討伐まで、依頼されたことを何でもこなす人のことです。規模は違いますが、マルトーと同じですね。魔王討伐という依頼をウォームから請け負っていますから。」
「ふーん。マルトーも依頼すれば、子守してくれるのかな?」
「待て、サオリ。それは誰の子だ!?誰の子なんだ?」
「いや、特に誰の子ってわけでもないけど・・・子守から魔物討伐までって言ってたから。」
「なんだ・・・」
「何を取り乱しているのですか、アルクさん。ルトも、なぜこちらに射殺すようなまなざしを向けているのです?」
「気のせいでは、ありませんか?」
「おかしいですね。気のせいではないと思うのですが。それで、マルトーが子守をしてくれるかどうかですが、彼がそれを受けるかはわかりませんね。」
「ま、子守を頼む予定はないからいいけどね。それで、その冒険者は何を話したの?」
脱線させてしまった話を戻す様にゼールに言えば、彼は頷いて続きを話した。
「彼らは誰かに雇われたわけでなく、自らこの屋敷を襲ったそうです。王都では、とある噂が流れていまして、それが彼らを動かすきっかけになり、心を同じくする民衆と共に、行動したそうです。」
「噂は、クリュエル城でとらえられていた四天王を、勇者が逃がしたという内容?」
「はい。そして、その勇者が今王都にいる。私の屋敷にいるというものです。そして、それを聞いた彼らは、戦えない者は屋敷の前で注意をひきつけ、戦えるもの・・・冒険者2人は警備が手薄になった裏から侵入し、勇者を襲ったというわけです。」
「簡単に乗せられやがって・・・再教育するべきじゃねーのか、ゼール?」
「もちろんです。ですが、今からでは間に合いませんので、今日からアルクさんにもこの屋敷にとどまって頂くことにします。もともとサオリさんの騎士なのですから、よろしいですね?」
「もちろんだ。てか、最初からそうしろ。」
「それでサオリさん、私としてはサオリさんに護衛を常につけていただきたいと思っていますが、よろしいでしょうか?」
「うん。明日からは、必ず誰かのそばにいるよ。」
明日からというか、いつも誰かがそばにいるけどね。
「警備についてはこれでいいですね。では、噂についてですが。」
「一ついいだろうか。」
「何でしょう、オブルさん。」
「これは、把握している者もいると思うが、その噂についてはウォームの王都でも広まっている。」
「ウォームでも?」
「あぁ。王女もそのことは把握していて、王に任せるとおっしゃっていた。ゼールは把握しているんじゃないか?」
「えぇ。」
当然のごとく頷いたゼールに驚きが隠せない。私は、そんな話をゼールから聞いていなかった。
「やはり話していなかったんだな。」
「聞かれませんでしたので。サオリさんはウォームの様子など関心はないのでしょう?」
「・・・でも、広まっているのは私の噂なんだよね?だったら・・・」
「では、次から伝えることに致しましょう。」
悪びれた様子の無いゼール。彼なら、自分が悪くなくても謝ると思っていたので意外だ。大した噂でもないのか?
「噂の出どころは、魔国でしょうね。今まで動きのなかった四天王ルドルフが、各地で暴れまわっているようです。代わりに、今まで動きが派手だった2人の四天王は最近おとなしいようですよ。」
「あからさまだな。だが、民衆からすれば、勇者が逃がした四天王のせいで苦しめられたと、印象が強くなるだろう。」
「・・・汚いやり方だ。だが、それに踊らされて勇者を排除しようとするなら、愚かだな。」
アルクは何かを思い出す様にそう言って、黙り込んだ。
そういえば、彼の先祖は世界を救ったことがあり、それに嫌気がさしたと言っていた。そのことについて思い出しているのだろうか?
嫌気がさすほどの何かが、きっと彼の先祖にはあったのだろうから。
「でも、これではっきりしましたね、サオリ様。」
「・・・?」
「ほら、仲間に裏切り者はいないって、わかったではないですか!裏切られたかもしれないって、サオリ様元気がなかったから・・・良かったですね、サオリ様。」
そうか、そういうことになるのかと納得したが、私はよかったと思えない。
ルドルフに裏切られた。そのことが、思いのほか私の心を傷つけた。
「そうか。なら・・・俺たちは敵だな、勇者。」
ルドルフに言われた言葉を、私はしっかり理解していなかったのだ。そう、彼は敵。
「もし、裏切り者がいたとしても、クリュエルで噂は流せるが、ウォームだと限られてくるからな。それこそ、勇者の移動魔法を使わない限り、あっちで噂を流すのは難しい。」
「あなたならできるのではないのですか?」
「今は無理だな。部下がいれば別だが。」
「では、王女なら可能ということですね。」
「そういうことになるが。」
「まだその話をしますか。噂を流したのは魔国だという結論を出したのでしょう?なら、その話はやめましょう。サオリ様、もう夜も更けてきたことですし、部屋までご案内します。」
「ルト?」
立ち上がって、私の手を取ったルト。軽く引っ張られるものだから、私は仕方なく立ち上がって、ルトに連れて行かれるまま部屋を出た。
私の手を引いて無言で進むルトを不思議に思って呼び止めた。
「ルト、どうかしたの?」
「・・・サオリ様は、仲間に裏切り者がいたとして、どうしますか?」
「それは、どういうこと?」
仲間の裏切りという話を止めたルトが、その話を持ち出した。それは、何かを知っているということだろう。
「僕は、裏切り者がゼールなのではないかと、感じました。」
「・・・え?」
プティやオブルではなく、ゼールの名が挙がったのは驚いた。
「先ほどのゼールの様子がおかしいことは、サオリ様も感じたはずです。たとえ、サオリ様に伝える必要がないと判断して噂のことを話さなかったとしても、ゼールなら謝ります。そもそも、噂のことを話さなかったこと自体、変だと思いませんか?」
「それは私も思ったけど、それだけでゼールを疑うの?」
「それだけではありません。状況だけを判断して、ゼールは魔国が噂を流したと断言しましたが、彼の場合そこは断言しないでしょう。もっとも怪しい候補として挙げるにとどめるはずです。」
「・・・ゼールのこと、よく知っているんだね。」
「僕を教育したのは、彼ですから。ゼールは、サオリ様のことを気に入っている様子なので、サオリ様に害になることはしないはずです。ですが、それがサオリ様を悲しませることをしないとは限らないのです。」
「・・・身の危険はないけど、私の思い通りにはしてくれないってこと?」
「はい。なので、十分ご注意ください。ゼールは、サオリ様に嘘はつかないでしょうが、嘘をつかなくても人をだますことはできます。くれぐれも、だまされないように。」
「わかった。」
嘘をつかなくても、人をだますことはできる。
それは、知っている。
私も同じことをしたから。
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