第53話 クグルマの短剣
宿の部屋で、プティは頬杖を机について、ため息をついた。
「幸せが逃げますよ。」
黒装束の男がたしなめるが、王女はこたえた様子がない。
「とっくの昔に、はだしで逃げ出しているわ。」
「・・・」
「次から次へ、本当困ったものだわ。勇者が非戦闘員、仲間の内部分裂、四天王にすら勝てない魔王討伐隊、勇者に近づく不審者・・・はぁ。」
「エロンでしたか。あの修道女は放っておいてよかったのですか?」
「放っておくしかないのよ。本当は、仲間に入れて間近で動きを探りたかったのだけれど、それをできる余裕はないわ。付け入るスキがありすぎるし、私たちはもっと強くならなければならない。」
「付け入るスキ・・・勇者組と王女組に分かれていますからね。どうにかならないのですか?」
「どうにもこうにも・・・私が折れたとしても、マルトーに不満がたまってしまうわ。分かれて、私がサオリに対して文句を言うことで、マルトーの不満は軽減されているはずよ。ま、私が言いたいから言っているというのもあるけど。」
「ところで、もっと強くとおっしゃっていましたが、どうするおつもりですか?明日にはクリュエルに入ります。ここより自由にはできないと思いますが・・・」
「ここでできることも限られているわ。私が権力を使ってやるとしたら、城に戻って騎士千人斬りとかだけど、そんなことやっても仕方がないでしょ?だったら、このまま進んでクリュエルの魔物を倒していたほうが強くなれるわ。あっちの魔物のほうが強いしね。」
「・・・騎士千人斬り・・・」
「やらないわよ。冗談だから、深く考えないで頂戴。」
「わかりました。では、クリュエルで、魔物千匹斬りをやるのですね。」
「千人斬りから離れてくれるかしら・・・」
こめかみを抑えて、ため息をつくプティの悩みは尽きない。
そのころ、サオリは宿の部屋ではなく、ゼールの屋敷を訪れていた。
「もう、私のことなどお忘れかと思いました。」
「いろいろあって・・・まぁ、毎日来るとは言ってないし。」
「えぇ、そうですね。勝手に私が待っていただけです。」
「・・・ごめん。」
「もう放置プレイはやめてくださいね。でないと協力しませんから。」
「放置プレイ・・・そんなつもりはなかったよ。1日来なかっただけで、そこまで機嫌悪くなるのは、困るよ。」
「1日・・・あなたは、1日とおっしゃいますが、魔物の死体を置くだけおいてその日は来ずに、次の日も来ない。そうしてやっと来たのは、その次の日の夜。私がどれだけ寂しい思いをしたか、不安に思ったか・・・じっくり聞いてもらう必要があるようですね。」
「・・・ごめん。何があったか、事細かく報告するから、それで許して?」
「・・・いいでしょう。ふふっ、しおらしいあなたも可愛いですね。あなたの射殺すようなまなざしに惚れたというのに、正反対のあなたもいいと思ってしまうのは・・・後戻りはできないということでしょうか。」
「何言ってんの?」
「はぁはぁ。」
不審者を見るような目で見れば、いつものゼールに戻り息を荒くする。元気になったのならよかったが、少し気持ち悪い。
「あぁ、そういえば、サオリさんが持ってきた剣ですが、汚れていたので手入れをしておきました。私が手入れしたのでご心配なく。そこにあります。」
ゼールが示したほうを見れば、それ専用の台を用意してくれたようで、その上に布を敷いておいてあった。
「それはありがとう。手入れか・・・剣ってそういうのが必要なんだね。」
「面倒なら、私が手入れしますよ。」
「やった、ありがとう。そうだ、この剣はここに置いていい?持ち歩くのは、いろいろと面倒だし。」
移動魔法があるから持ち歩く必要はないし、クグルマを倒した直後にこの剣を持っていなかったから、持ち歩いていては不自然だろう。それに、戦えないことになっている私が、こんな大剣を持っているのも不自然だしね。
「そうだろうと思って、台を用意しました。必要な時だけお持ちください。それで、魔物の死骸ですが、素材として使えそうなものがあったので、サオリさんに短剣を作り、残りの素材は売り払って、お金に換えました。」
目の前の机の上に、鞘に収められた短剣とお金の入った袋が置かれた。
「ありがとう。でも、短剣ってこんなに早くできるんだね。あれから2日くらいしかたってないよね?」
「サオリさんのためですから。何かあった時のために、懐に忍ばせといてください。」
「何かあった時のため・・・」
領主の屋敷での出来事を思い出す。あの時、この短剣があったら・・・
「サオリさん?」
「あっ、ごめん。あーあと、お金は預かっておいて。持っていても仕方がないし。」
「わかりました。ですが、これくらいは持っておいたほうがいいでしょう。」
袋から数枚ずつ銀貨?や銅貨?を出された。
「・・・一応持っておくけど、これってどれくらい価値があるの?」
「これが3枚あれば、食事付きで宿に泊まれますね。」
銅貨らしきものをゼールは指さした。
「食事をしたいなら、1枚あれば十分でしょう。庶民が基準ですけどね。覚える気があるならお教えしますが、ルトがいるのですからルトに清算を任せればいいと思いますよ。」
「うーん。今度教えてもらおうかな。今は・・・いいや。」
覚えるのが面倒だとか思ったわけではない。ただ、今すぐには必要性を感じなかっただけだ。
「わかりました。それでは、お聞きしましょうか。私のところへ来れない、何があったのかを。四天王を倒すことになった経緯もお願いします。」
「わかった。」
私は、何があったのかを包み隠さず話すことにした。ゼールには、私が強いことはばれているからね。
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