第34話 期待




 宿で一人、部屋の中央でたたずんでいた。

 私に用意された部屋は、丁度いいくらいの広さの一人部屋で、ベッドと机に椅子があるだけだ。

 プティと相部屋になるかもしれないと危惧した私だったが、おそらく彼女が嫌がったのだろう。私と彼女の女性陣は一人部屋で、男たちは2部屋だ。それぞれ、アルクとルト、リテとマルトーに分かれた。


「そろそろみんな寝たかな?」

 一応、おやすみの挨拶はしたし、大丈夫だろうと思う。私が心配しているのは、この部屋に私がいないことが、ばれるというものだった。


「ま、出なかったら、寝てると思うよね。」

 心配してはきりがないと思い、私は移動魔法を使った。



 景色が変わり、質素な部屋から豪華な部屋になる。


「おやおや。だめですよ、女性がこんな夜更けに男の部屋を訪れるなんて。」

 意地の悪そうな顔で出迎えたのは、もちろんこの屋敷の主ゼールだ。


「いつからあなたの部屋になったのですか。」

「今日から。あなたが来る部屋ならば、私の私室にしようかと思いまして。」

「それだと、意味がないじゃん。全く、いい加減にしてよ。」

「すみません。」

 笑って、手に持っていた紙を机に置くと、彼は立ち上がって私に近づいてきた。


「じゃ、もう用は済んだから。いど」

 移動魔法と言おうとしたが、腕を掴まれたのでやめた。別に移動できないわけではないが、できないと思われていた方が、何かあった時に出し抜けるだろう。


「旅は順調ですか?何か困ったことはありませんか?」

「・・・あのさ、それ数時間前も聞いたよね?」

 実は、ここに移動してくるのは、今日2度目だったりする。町に着く前に、お手洗いに行くと言って、みんなから離れて移動したのだ。そして、その時もゼールがいて、同じ質問をしてきた。


「すみません、心配で。あと、頼って欲しくて。」

「・・・私、随分頼りっきりだと思うけど?」

「私は欲張りなんですよ。もっと頼ってください。そして、恩を感じて、ご褒美を頂けると・・・はぁはぁ。」

「オジャマシマシタ。」

 手を振り払って、素早く移動魔法と言って、移動した。


 豪華な部屋から質素な部屋に戻ったせいで、なぜかものすごく寂しい部屋に感じた。

 でも、そんなことはどうでもいい。


「どうしよう。」

 頭を抱えてうずくまった。

 考えることは、ゼールのことだ。あの男、会うたびにおかしくなっている。


「あんな、息が荒くなることなんて、一度もなかったのに。」

 それは少しの変化だが、確実に変態に近づいているとわかる変化だ。


「それに、部屋で待ってるとか、忠犬かよ!?」

 思わず大きな声を出した。本当は叫びたかったが、それは何とか抑える。ここは宿だ。他の客の迷惑になることは慎まなければ。


「・・・寝よう。うん、寝て、起きれば・・・夢だったって、笑えるよ。」



 私は、自分自身にそう言い聞かせて眠った。




 その頃、プティの部屋には、黒装束の男が訪れていた。

 プティは人前に出るような恰好ではないが、そのようなことはお互い気にしているそぶりはない。


「とにかく、全員邪魔なのよ。今のうちに処理しましょう。まだ、私の力が届く範囲のうちに。猶予はないけど、できるわよね?」

「御意。明日には、そのように。決行はこの町でよろしいですか?」

「えぇ。次の町だと、派手には動けないでしょうし。」

 話を終えたプティは、手ぶりで下がるように命じ、男はそれに従って、音もなく消えた。


「強くて、かっこよくて、人々の希望。それが勇者なのよ。」

 頬杖をついて、一点を見て呟く。その脳裏には、頼りない女の顔が浮かぶ。

 それに苛立ち、彼女は机を思いっきりたたいた。その手はじんじんと痛み、赤くなる。


「あんなの、勇者じゃないわっ!」


 プティは、勇者が好きだ。

 誰もが絶望する魔王の力に立ち向かい、その剣と心で人々を救う。そんな勇者を尊敬して、自分もそうありたいと思っていた。

 この年になっても、勇者なんておとぎ話の存在などと思うことはなかった。いつか会ってみたい。いつか話してみたい。いつか一緒に戦いたい。


 そんな勇者が召喚されたと聞いた時、嬉しくてその後一週間は笑顔を作る必要がないほど機嫌がよかった。兄である第三王子も同じで、お互いそれを知っているから、時間を作っては、まだ見ぬ勇者の話に花を咲かせた。


 どんなに素敵な人だろうか?どのように、人を救ってくれるのだろうか?


 だが、父から勇者が不当に扱われていると聞いた時、笑顔が消えた。

 その時は、クリュエル王国に怒りがわいて、勇者を哀れに思った。でも、それでも勇者への羨望はいまだにあり、信じていた。

 女性だと知って、恋心が実らないのは残念に思ったけど、傍に居やすくなったと思えば、それはそれで嬉しく感じた。


 でも、実際に見て、会って、話して。

 幻想が壊れていくのが、怖くて苛立った。



 馬鹿そうな言動、守られる側のような発言。

 馬鹿だっていい。それでも、剣を振って人を救うなら、私が傍で支えればいいだけだから。でも、彼女は剣を取らない。


「なら、剣を取らせるだけよ。」

 彼女が城にいる間、彼女がしたことといえば、魔法の勉強をちょろっとして、花を愛でたりお茶をしたくらい。そんなことで、世界が救えるはずもない。

 剣すら手に取らないだなんて、馬鹿にしているとしか思えない。


「甘いのよ。・・・それは私も同じことだけど。」


 勇者という幻想が崩れる中、それでも彼女は諦めきれず、勇者に期待をした。剣さえとれば、もしかしたら、と。



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