第26話 馬車の中で



 約束通り、ゼールの屋敷へ再び訪れた私たちは、昨日とは違い人数が減っていて私とルトの2人だけだった。


「すごいですね、ゼールさん。一体どんな方法を使ったのですか?」

 今日は予定があり護衛ができないと言った、2人の絶望した顔を思い出す。


「そうですね、伝手があれば、世の中自分の思い通りことを運ばせるのはたやすいことなのですよ。それでは、早速ですがこちらへ。」

「あぁ、はい。」

 さらっと、黒いことを言ったなこの男。敵に回したくないタイプだが、今のところ味方なので心強い。


 案内されたのは、屋敷の端。おそらく客を通す場所ではないところだ。そこかしこに歩いている使用人もこのあたりにはいない。


「この部屋なら、めったに人は近づきません。使用人もここは避けて通りますので。」

「避けて?このあたりに用がないから、通らないのではないのですか?」

 この部屋に何か理由があるのだろうか?


「サオリ様・・・」

「どうしたの?」

 ずっと黙って後ろに付き従っていたルトだが、部屋の扉に険しい目を向けて、私に声を掛けてきた。


「血の匂いが・・・古いものですが、血の匂いがします。」

「え・・・」

「驚きました。獣人の嗅覚が鋭いのは聞いていましたが、ここまでとは。いいえ、この部屋が血を吸いすぎているのかもしれませんね。」

 両者の言葉に驚かされて、声が出なかった。一体この部屋はどういう部屋なのか。


「サオリさん、この部屋はこれから実験に使わせていただこうと思っていますが、中を確認しますか?」

 鍵を取り出して聞いてくるゼールに、私は頷いて答えた。


「ルトは、外で待っていなさい。」

 ゼールがそう言うも、ルトは頷かなかった。

「いいえ!僕はサオリ様から離れません、護衛ですから。」

「ルト・・・」

 どうしよう、ウチのルトが可愛すぎるのだが。でも、無理をさせるのはかわいそうだ。


「ありがとう。でも、無理はしないでね。辛いなら外で待っていてくれていいから。」

「サオリ様・・・僕は、あなたの傍を離れません。あなたの命令でない限り。ですが、どうかそのような命令は、下さないでください。」

 頭を下げて頼み込むルトに、私はポケットに入っているハンカチを渡した。


「なら、せめてこれで口と鼻をふさいで。こんなの気休めにもならないと思うけど。」

「サオリ様!ありがとうございます!でも、僕は大丈夫です。息は止めておくので!」

「いや、それはやめてくれる!?振り返ったら窒息死していたとか嫌だよ!?」

 言い合う私たちに苦笑して、ゼールは聞いた。


「扉を開けてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい。ごめんなさい。」

「いいえ。どうやら良い奴隷を提供できたようですね。これからもご贔屓に。」

「それはもちろん。」

「ふふっ。それでは、開けます。」

 扉が開くと、中からかび臭い匂いが流れてきた。血の匂いは、私にはわからない。


「掃除はしているはずですが、おかしいですね。サオリさんが出発する前に大掃除をするよう手配しましょう。今日は我慢していただけますか?」

「はい。そこまでしていただかなくても結構ですよ。私が前いた国では、もっとひどい場所で生活していたので、気になりません。」

 それにしても、驚いた。部屋が黴臭かったからではなく、血の匂いがするだなんだと言われてた割に、目の前の部屋は普通の部屋だった。

 もちろん、屋敷にある部屋なので、調度品は一目で高価な物とわかるし豪華だ。だが、私が想像したのは、ぼろい粗末な部屋だった。


「血の匂いがすると言っていたので、何かを飼うような部屋かと思っていました。」

「サオリさんの言う通りですよ。3代前の主が、嗜虐趣味の持ち主でしてね。そんな者を主に持つ奴隷たちがここにはいました。」

「やはり。」

 どこの世界にも、人を人と思わないやつはいる。

 私が殺した王や、兵士たちのような奴が、ここで奴隷を苛め抜いていたのだろう。悲しみより、怒りが込み上げてくる。


「さて、出ましょうか。」

 明るい声を出したゼールは、私とルトの背中を押すようにして、部屋を出た。


「それでは、次に我が商会が所有する倉庫の一つへとご案内します。あぁ、サオリさん。この部屋についてですが、他言無用でお願いします。わかっているとは思いますが。」

「私も人に知られたくないことに使いますから、言いませんよ。」

「無用の心配でしたね。では行きましょう。」


 倉庫へは馬車で移動するとのことで、私たちはゼールの馬車に乗り込んだ。

 私の隣にルト、正面にはゼールがいる。ゼールは、ルトが奴隷なのを気にしていないようだ。客の手前だからかはわからないが。

 人によっては、奴隷が同じ席に着くのを嫌がり、床に座らせるか立たせるかするのだと聞いた。ずいぶんと偉い人のようだな。


 馬車に揺られ、時折ゼールが気を利かして話を振る。それなりに楽しい時間だが、気がかりがあった。それはルトだ。


「ルト、先ほどから何を考えているのですか?」

 ゼールも気になっていたようで、ルトにそう聞くと、ルトはこちらを見て言った。


「あの・・・このような質問をしてもいいのかわかりませんが、よろしいですか?」

「え、私?何?」

「その、サオリ様は、別の国にいたのですか?」

「・・・聞いてなかったんだね。アルクたちは言ってなかったのか・・・」

 知っているものと思っていたので、知らないとは驚いた。


「サオリさんが勇者なのは知っていますよね?確か、サオリさん自身がそう自己紹介していましたね。」

「はい。それは知っています。」

「サオリさんは、クリュエル王国で召喚された勇者なのですよ。なので、一時期はそこで暮らしていたと聞いております。」

「クリュエル・・・あの、大丈夫でしたか?あの国は怖い国だと聞いたことがあるもので。」

 おずおずと尋ねるルト。あの国のことを思い出せば気分が下がるばかりだが、ルトの様子に私は癒され、穏やかに話すことができた。


「ゼールさんの耳には、どのように伝わっていますか?」

「とてもひどい扱いを受けていたと。」

 チラッと、ルトを見た後にゼールは続けた。


「サオリさんの体を使って、非人道的な実験をしていたとか。それから、死神ピエロが現れ、城はほぼ全滅。そこへわが国の騎士が到着し、保護されたと聞いています。」

「実験・・・全滅」

 青くなるルトに、申し訳なくなった。こんな話を聞かせるべきではなかったかもしれない。でも、どの道話さなければならない話だったかと思い直す。


「心の傷を負ったサオリさんは、記憶を一部失っているとも聞きました。こちらの都合で召喚しておきながらこんなことになってしまい、申し訳ないと思っています。」

 頭を下げるゼールに、私は苦笑して頭を上げるように言った。


「ゼールさんが謝ることではないです。それに、私は記憶を取り戻しました。」

「・・・それは、報告していないのでしょうか?」

「していませんよ。言う必要がありますか?」

 私は座席にもたれて、窓の外に目をやった。


「これ以上、面倒ごとはごめんです。私が忘れていたのは、クリュエル城が襲撃された前後の記憶・・・事情聴取なんて面倒ですからね。」

「それはそうですね。」


「サオリ様・・・辛かったですよね。」

「・・・どうかな。わからないよ。」

 辛かった。でも、それを肯定してしまえば、私は涙が流れだすだろうことがわかって、あいまいに答えた。もう、涙なんて流れないと思ったのに。



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