虎穴にいらずんば、どうなるのでしょう?

4-1 先生にバレた

 朝がきた。

 いつも通りの時間にいつもの様に目が覚めて、そのまま私は速攻でトイレに行って吐いた。


 何も言わない。と言うか、(何も言わないです)とだけイナンナ様に対して思考する。


(忘れて居たかった事を鮮明に思い出させてくれて、感謝していますからね!)


 恨み言の一つでも言いたい。


”二度謝ることはしないわ。でも、一つだけいい事は見つかったわよ”


(……)


 私は出来るだけ黙して、返答はしなかった。


 はぁ……、とため息が出る。



 こんな日の朝食なんて食べられたものじゃない。と思っていたのだけれど、体は別の意見を持っていたようで、なんだかんだ色々食べてしまった。

 今朝はホテル暮らしになってから、一番食べたかもしれない。


 気持ちは落ち込んでいたけれど、食べ物を見たら涎が出そうなぐらい空腹になっていたんだもの、仕方ないよね。


 部屋に戻ってから、りるちゃんを田中さんに預けて学校に向かう。

 ホテルを出るところで、あるポスターが私の目に入った。


 男の人が小さなギフトボックスを女の人にと思われる手に渡している写真で、キャッチフレーズはある意味お決まりの文言だった。


 バレンタインデーの記念に、特別な夜を!

 ディナーはホテルのレストランで!



 あー。今日は14日か。結局、私のチョコは誰にも渡せなかったなぁ……


”あのチョコ、誰かに渡すつもりだったの?”


(ちゃんと作り直してからですよ、イナンナ様。

 流石にあんなに不味いものは人にあげられませんから)


”どうだかしらね……”


 嫌な思い起こし二回目かと思った瞬間、私は昨日の事も思い出してしまっていた。

 

 私は何がしたいのかと言うその問いかけを改めて考えてみる。


 もし、今この瞬間、何か事件が起こったら。

 私は何が出来るんだろうか?


 考えるにつれ、自然と学校へ向かう歩みは早足になっていた。


 特に怖いわけじゃない。何も怖いわけじゃないけれど……


 そして、その怖いわけじゃないけれどと言う言い訳は、午前中いっぱい私の中に響いていた。



* * * * * * * * * *


 いつも通り、視聴覚準備室で三人で食べる昼食。

 先生はいつも通り焼きそばパンで、私はサンドイッチ、夜野さんは限定品の揚げパンだった。


「夜野さん、それ甘すぎない?」

「ううん。このパンと油と砂糖でカロリーこってりってのが良いのよ」

「そう……なんだ?」

「そうよ。その点では先生の焼きそばパンだって素敵な物よ? 麺もパンも炭水化物ですし」

「……バランス悪いと思うけどなぁ」


 と、他愛もない会話のみで、食事中はみんな言葉が少ない。


 かけ流しているテレビも、小難しい政治の話と、ローカルニュースは火事の話ぐらい。

 冬場はストーブとか寝たばこのせいでどうしても火事が多くなってしまう。


 ゆっくりとパンを食み冷たい牛乳でパンを流したところで、タイミングを見計らったように声を掛けてきたのは先生だった。


「夜野に稲月、ここ数日、お前ら放課後に何やってるんだ?」


「あ、ええと、それはですね」


 とっさに隠さなきゃダメかな? と思った私をよそに、


「何って、稲月さんの魔法の特訓にお付き合いしているだけですよ」


 と、何を隠さんとばかりに夜野さんは言ってしまった。


「そうか。そんな事だろうとは思ったが」

「何も危ない事はしていないので大丈夫……と言いたいのですが、苦情でも入りましたか?」


 慌てる私とは真逆で、冷静な反応をする夜野さん。


「苦情らしい苦情は来ていないがな。

 やれ、山の方で音がするだの、大量の魔力が観測されただの、連日に渡り上から聞かされたら気にもなるさ。

 俺が一番のお目付け役になっているから、色々と報告しないといけないんだぞ?」

「それであれば、稲月さんは今までの成績を恥じ、良き生徒になる使命に目覚めたため、日々学友と魔法の練習をしているとでも伝えればいいじゃないですか?」


 そんなに凄い言い回しがスラスラ出る夜野さん凄い……


「それで納得できるのは表向きだけだ。

 本当は何やってたんだ?」

「特訓なのは本当ですよ」


 やり取りについていけない私は、とりあえずその言に首を縦に振る。


「特訓だとして、何の特訓なんだ?」

「魔法の特訓ですよ」


「そんなはずは……」

 と、そこまで言いかけた先生は失言に気付いたのか、口を閉じ、言葉を言い換える。


「……本当なのか?」


「そんなはずがあるんです。私たちがここ数日行っているのは、間違いなく魔法の特訓です」


 うんうん。


 その言葉を信じた先生は、文字通り豆鉄砲を打たれた鳩のような驚きの顔をする。


「だ、だとしてもだ。

 何故に突然そんな事をし始めたんだ?」

「だから、良き生徒になるためにと……」


 夜野さんの完璧な立ち回りに被せて先生が問い正す。


「まさか、お前たち、変なこと考えていないだろうな?」

「変な事とは?」

「考えられることは一つしかない。

 稲月、親御さんの復讐とか考えていないだろうな?」


 ギクッ


”今の表情でバレたわね、ナナエ”


(バレましたかね、イナンナ様)


「稲月さん、その表情はバレるわよ?」

「……おいおい」


 ……イナンナ様だけでなく、全員に私の表情でバレてしまったみたい。

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