ハムちゃん

***


クリスマスも終わり、沙里は美波を誘って雪祭りに来ていた。


「沙里と二人で遊ぶって初めてじゃない?」

「確かに!」

「結菜とかは誘わなかったの?」

「皆んな忙しいって言ってた。暇人は美波だけだったの」

「なんかムカつく言い回しだな」

「それより、雪祭りってなにするの? 夏祭りみたな出店とかあんまりないけど」

「雪だるまを沢山作るらしいよ」

「えー、めんどくさい」

「んじゃなんで来たの!?」

「夏祭りの時みたいに金魚掬いとかあると思ったんだもん。ぶさ丸の友達欲しかったのに」

「それならペットショップ行けばいいのに」

「えー、せっかくお祭り来たのにー」

「はぁー‥‥‥どうすんの? ペットショップ行くなら着いて行くよ? ハッキリして」

「ペットショップ行くー」





結局、雪まつりでは何もせずにペットショップにやってきた。


「金魚がいっぱい!」

「そりゃペットショップだもん」

「初めて来た!」

「金魚の餌とかどうしてるの?」

「宮川が買ってくる」

「へー(宮川さん、こき使われてるな‥‥‥)」


沙里はワクワクしながら店内を歩き始めた。


「ちょっとトイレ行ってくるから、大人しく生き物見ててね」

「分かった!」


美波は一人でトイレの前にやってきたが、扉の前には清掃中の看板が立っていた。


「げっ‥‥‥清掃中だ‥‥‥(しょうがないな、近くのコンビニまで行くか)」


美波がコンビニへ向かっている間、沙里はハムスターに見惚れていた。


「手に乗せてみますか?」


夢中でハムスターを見つめる沙里を見た店員さんが、沙里に優しく声をかける。


「いいんですか? 噛まない?」

「もしかしたら甘噛みぐらいはするかもしれないですけど、甘噛みされたらすぐに優しく離してあげれば大丈夫ですよ!」

「触りたいです!」


沙里は店員さんに手渡しされ、ゴールデンハムスターを手に乗せた。


「ふわふわー!」

「可愛いですよね!」

「うん! この子飼います!」

「飼育用品とか持ってますか?」

「飼育用品?」

「はい、飼育用品のセットがあるので、それも一緒にご購入ください!」

「分かった! あと、あのデカイの!」

「かしこまりました!」





「ただいまーって、なに買うの!?」


戻ってきま美波は、沙里がカゴにいろんな物を詰めているのを見て驚いた。


「ハムちゃん!」

「は!? 金魚は!?」

「買ったよ?」

「お客様、おまたせいたしました!」

「ありがとうございます!」

「‥‥‥沙里?」

「ん?」

「ん? じゃないよ!! どこが金魚なの!? アロワナじゃん!! ぶさ丸食べられちゃうよ!!」

「一緒に飼えないの!?」

「飼えないよ!! それに大きな水槽必要だよ!?」

「店員さん、アロワナってこれ以上大きくなるの?」

「はい、二メートルぐらいになることもあります!」


それを聞いた沙里は青ざめてしまった。


「大きくなるに決まってるじゃん! 今でさえ六十センチぐらいあるでしょ! なにも知らないのに生き物飼っちゃダメ!」

「だって‥‥‥」

「だってじゃないの!」

「んじゃハムスターだけにする‥‥‥」

「あのー、お客様‥‥‥生き物の返品交換はできないんですよ‥‥‥」


二人は一瞬で青ざめてしまった。


「ま、まぁ‥‥‥一旦タクシーで結菜の家に行って、水槽は宮川さんになんとかしてもらうしかないね」

「ゆ、結菜に怒られるかな」

「しっかり怒られなさい」


沙里と美波は、アロワナとハムスターを連れてタクシーに乗り、結菜の家に向かった。





家に着くと、宮川と結菜の姿はなく、とりあえず暖かいタランチュラの部屋でハムスターのケージを組み立てることにして部屋に入る‥‥‥


「水槽がある! しかもデカイ!! 水も入ってるよ!」

「沙里がアロワナ飼うこと知ってたの!?」

「え、どうなんだろ」

「でもよかったじゃん!」

「うん!」


時間をかけて水槽にアロワナをいれ、ケージの組み立てに取り掛かった。


「沙里も住んでるけどさ、一応結菜の家なんだよ? 勝手にペット飼っていいの?」

「可愛すぎて考えてなかった。それより手動かして」

「やってるわ!」


なんだかんだでケージが完成し、ハムスターをケージに移した。

ハムスターは恐る恐る箱から出てきて、ゆっくりケージ内を探索し始め、それを見た美波と沙里は声を合わせて言った。


「可愛いー!」

「ね? 可愛いでしょ?」

「うん! 名前どうするの?」

「ハムちゃん」

「そのまますぎない?」

「んじゃゴリラ」

「おかしいでしょ。それならハムちゃんの方がいいよ」

「んじゃハムちゃん」


そんな会話をしている時、宮川と結菜が帰ってきた。


「結菜お嬢様、新しい家族が増えて嬉しそうですね!」

「はい!」


二人は美波と沙里がいるタランチュラの部屋に入ってきた。


「あら! 美波さん、遊びに来てたんですか! ‥‥‥これは‥‥‥いったい‥‥‥」


まさかの宮川と結菜は、大きなアロワナを連れて帰ってきたのだ。


「違うの結菜! このアロワナは美波が連れてきた!」

「はー!?沙里が勝手に飼ったんでしょ!」

「この子はなんですか!? とても可愛いです!」


結菜はアロワナに驚いたが、ハムスターを見つけて態度が急変し、笑顔になった。


「ハムちゃん!」

「飼うんですか!?」

「うん! 飼う!」

「いいですね! 小動物は初めてです! ‥‥‥それで、アロワナはどうするんですか?」

「に、二匹で飼えば‥‥‥」


そう美波が答えるが、結菜はすぐに沙里と目を合わせた。


「私は沙里さんに聞いているんです。どうするんですか? 沙里さん、水槽の大きさ的に一匹しか飼えませんよ?」


沙里は無責任に生き物を買ってしまったことを反省していて、素直に土下座しながら言った。


「ちゃんと面倒見るから、水槽買ってください!!」

「もちろんです!」

「え? いいの?」

「何匹いてもいいじゃないですか! ね、宮川さん!」

「そ、そうですね(結菜さんの生き物好きが、ますます開花しないといいですが‥‥‥)」


結局アロワナはニ匹飼うことになり、いきなりアロワナ二匹、タランチュラ一匹、ハムスター一匹の大家族になった。


「沙里さ、本当は金魚の友達を一匹増やす予定だったんだよ。アロワナと金魚を一緒に飼えると思ってたんだって」

「一緒に飼ったら、こうなっちゃいますよ」


結菜は餌用の金魚をアロワナの水槽に入れて見せた。


「く‥‥‥食われたー!! ま、待って!? 今のぶさ丸じゃないよね!!」

「流石にそんなことしませんよ」

「てか、アロワナの餌って金魚!?」

「そうですよ?」

「主食が!?」

「はい」

「無理無理! 私飼えない!」

「ちゃんと面倒見るって言ったばっかりじゃないですか」

「結菜アロワナ好きなんでしょ? 私はハムちゃんとブサ丸育てるから、アロワナは結菜が育てて!」

「まったく‥‥‥(まぁ、長く飼っていれば、沙里さんも世話をするようになるかもしれませんね。肉食魚‥‥‥素敵ですのに)」



結菜はしばらく水槽を眺めたあと、ハムスターを見つめる二人に聞いた。


「美波さんと沙里さんは、これから何するんですか?」

「んー、どうする美波」

「何もすることないね」

「それなら三人でお菓子を作りませんか?」


お菓子と聞いて、二人は子供のように目を輝かせた。


「お菓子!?」

「はい! クッキーを焼きましょう!」

「焼くー!」

「さっそく移動しましょう(前から思ってたけど、美波さんと沙里さんって、なんだか似た者同士のような気がします。胸小さいし)」





三人でクッキー作りを楽しみ、完成したところで、輝久を呼んだ。


「輝久君、これから目隠しをして、どのクッキーが一番美味しいか教えてください」

「なんか怖いんですけど」

「大丈夫です。愛があれば私のクッキーが一番美味しいと思ってくれるはずです」

「はぁ(それが怖いんだよ)」


輝久は目隠しをして、最初に美波が作ったクッキーを食べた。


(んー、普通に美味しい)


次に結菜のクッキーを食べた。


(あ、チョコ味だ。これも普通に美味しい)


最後に沙里のクッキーを口に含むと、輝久は眉間にシワを寄せた。


(なんだろ、なんか焦げてる? これは酷い‥‥‥焦げてるのに変に甘いし)

「さて、輝久君! 何番目に食べたクッキーが一番美味しかったですか?」

「とりあえず目隠し外していいかな」

「まだダメです。場合によっては明日まで光を見れないことを覚悟してください」

「(ほら怖い! これだから嫌なんだ! 考えろ、結菜さんは料理が上手い。三番目のクッキーは絶対にない‥‥‥結菜さんが作ったのは一番目か二番目だ! 結菜さんはシンプルなのに美味しい料理を作ったりする。きっとチョコなんて使わない! 実際に一番美味しかったのは一番目のクッキーだし、答えは‥‥‥)一番目に食べたクッキーが一番美味しかったです!」


誰も喋らない空間が生まれ、輝久はゴクリと唾を飲んだ。

その間、美波と沙里は、静かにペット部屋に避難してハムスターを眺めていた。


「あの、皆んな?」

「輝久君」

「は、はい!」

「なぜ私の味を覚えられないんですか?」

「え?(なんだその質問‥‥‥僕は間違えたのか)」

「ちゃんと分かりやすいように唾液も混ぜたんですよ?」

「それに関しては、手作りって言われた時点で察してました」

「ならなんで分からないの!!」

(しーぬー!!)


結菜は輝久の首を掴み、輝久の頭を激しく揺らし始めた。


「なんで分からないんですか!! 答えてください!!」

(声が出せないんだー!! あぁ‥‥‥どんどん意識が‥‥‥)

「次は舌を調教する必要がありそうですね。ほら、舌を出しなさい!! ‥‥‥気を失ったんですか?」


結菜は、気絶した輝久にキスをしながら唾液を流し込み続けた。


「ちゃんと私の味を覚えてくださいね♡」





同時刻、柚木は警察と話をしていた。


「今日の朝、無事に逮捕することができました」

「よかったです。動機はなんだったんですか?」

「犯人は、誰でもよかったと‥‥‥」


その日の夜、柚木は輝久にメッセージを送った。


『お願い輝久‥‥‥会いたい』


輝久は結菜に拘束されていて、その日、輝久がメッセージを見ることはなかった。


***

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