受け取ってください

沙里さんの母親が現れてから、沙里さんが学校に来ることはなかった。


全員沙里さんを心配していたが、愛梨さんすらも沙里さんの居場所が分からなかった。



***



みんなが心配していた頃、沙里は母親のアパートで、母親に怯えていた。


「沙里、あんたどうやって生活してたの?」

「友達がお金出してくれて‥‥‥」

「へぇー、その友達お金持ちなの?」

「うん、それにすごく優しい子」

「もっとお金巻き上げろ」

「ママ?何言ってるの?」

「親と暮らす家買うからとか言って、貰えるだけ貰え」


そう言って沙里の母親は、沙里に携帯を投げつけた。


「‥‥‥できない‥‥‥」

「母親の言うことが聞けないの? また昔みたいに痛い目にあいたい?」


沙里は大人しく愛梨に電話をした。


「もしもし沙里!? なんで学校来ないの!」

「ちょ、ちょっと忙しくて、それより‥‥‥お金が必要なの」

「お金ですか? 何に使うんですか?」

「ママと暮らすお金が‥‥‥」

「分かりました。沙里、酷い目に合ってませんか?」

「大丈夫‥‥‥」

「よかったです。明日渡すので、明日は学校に来てください」

「行けない‥‥‥」

「それじゃ、いつものように振り込んでおきます」

「ねぇ愛梨」

「なんですか?」

「結菜に伝えて」


沙里は母親に聞こえないように小さな声で言った。


「次来る時は、転ばないでねって」

「それはどういう意味ですか?」

「結菜に言えばきっと伝わる」


そう言って沙里は電話を切った。


「お金くれるって?」

「うん‥‥‥振り込むって」


沙里は鏡の前に立ち、自分の髪を確認した。


(白く戻っちゃった)


それからしばらくして沙里の携帯が鳴った。


「もしもし愛梨?」

「もしもし、大金すぎて一気に振り込めないそうです。今からお金を持って行きたいので、お母様に電話変わってください」

「わかった」


沙里は母親に携帯を渡した、すると母親は明るい声で愛想よく電話に出た。


「もしもし!」

「沙里さんのお母様ですね。これからお金を持ってお伺いしたいのですが、良ければご自宅の住所を教えていただけないでしょうか」

「もちろんです!」


愛梨は住所を聞いて電話を切った後、結菜に電話をかけた。


「結菜先輩、沙里からの伝言です。『次来る時は、転ばないでね』これを伝えてほしいと言われました」

「沙里さんの居場所は分かりましたか?」

「はい」


結菜は住所を聞いた後、クラスメイト全員に電話をした。


そして愛梨は、お金を持って沙里の元へ向かった。


「貴方が愛梨さんね! 上がってください!」

「お邪魔します」


沙里は愛梨を見て、口パクで言った。


(たすけて)

「さぁ、座って座って!」

「はい」

「いつも沙里の生活費とかありがとうね」

「友達ですから当然です。お金を渡す前に教えてください」

「なんですか?」

「なぜ沙里さんは学校に来ないんですか?」

「久しぶりの再会で、私と離れたくないみたいなの」

「違うよ! 私は学校に行きたいのに!」

「沙里は黙ってなさい!!」

「ごめんなさい‥‥‥」


愛梨は沙里の手を握って立ち上がった。


「さぁ、いつものお家に帰りましょう」

「‥‥‥うん」


はめられたと悟った沙里の母親は、立ち上がって怒りだした。


「あんたどういうつもり!? 最初っから沙里を連れ戻すつもりだったの!?」

「はい」

「お前ふざけんなよ!!」


母親が愛梨に掴みかかろうとした時、沙里は母親の手を本気で叩いた。


「信じたのに‥‥‥」

「母親に向かってなにすんだ!!」

「信じたのに!!」


その時、部屋にチャイムの音が響き、愛梨が冷静に言った。


「出た方がいいんじゃないですか?」


母親はイライラしながらも、テンションを変えて玄関に向かった。


「はい! どちら様?」

「沙里さんのクラスメイトです」


結菜は全員で沙里の母親のアパートに来たが、他の皆んなには外で待ってもらうことにし、最悪の場合を想定して、輝久と電話を繋いだまま、会話は聞こえるようにしてあった。


そして結菜は、愛梨と沙里の靴があるのを確認して言った。


「お邪魔します」

「ちょ、ちょっと!」


結菜は二人の姿を見て、怪我をしていないのを確認して安心した。

すると沙里は、結菜の姿を見て、少し嬉しそうな表情を浮かべた。


「転ばないでって言ったのに」

「ぶ、ぶつけただけです」


次の瞬間、母親が怒りながら部屋に戻ってきた。


「なんなのあんた達!! 早く金置いて出ていけよ!!」


すれと結菜は、母親に詰め寄りながら言った。


「お金を払えば、沙里さんに近づかないと約束できますか?」

「ひ、一人百万だ! 二人合わせて二百万!! 払えないなら沙里と縁を切れ!! どうせ払えないだろ! お前らみたいなクソガキに!」

「ママ!! もうやめっ」


沙里の言葉を遮るように、結菜と愛梨は言った。


「どうぞ、受け取ってください」


そう言って二人は、それぞれ百万円を部屋にバラ撒き、母親が唖然とする中、沙里を連れてアパートを出た。

そして皆んなと合流すると、沙里は何故か嬉しそうにニヤニヤしていた。



***



「なんでニヤニヤしてるんですか?」

「だって、ママには裏切られたけど、友達は私を裏切らなかったから」


沙里さんは結菜さんと愛梨さんを見て言った。


「大人になったら、絶対お金返すから!」

「貸したわけではありませんから、返さなくて大丈夫です。とても意味のあるお金の使い方をしたと実感しています」


愛梨さんは、結菜さんの言葉に続けて、沙里さんの頭を優しく撫でながら言った。


「そうです。今の沙里の安心したような表情、これからも見せてくれるであろう笑顔、それが見れるなら、百万円なんて安いものです」


きっと、全員が思っただろう‥‥‥金持ちの感覚は怖い。

そんなことを思っていると、結菜さんは笑みを浮かべて僕達に提案した。


「さて、今から皆さんで、ファミレスでも行きませんか?」


すると、沙里さんは嬉しそうに答えた。


「行く行く! 特大パフェ食べよう!」

「特大パフェなんてありますかね?」


柚木さんが顔をしかめて、なにかを思い出したように言った。


「あるある。前に芽衣と鈴と一緒に行った時に芽衣が頼んだんだけどさ、三人でも食べ切れなくて、皆んな気持ち悪くなった」


それを聞いた沙里さんが、嬉しそうに飛び跳ねた。


「よし、行こう!」

「私の話聞いてた?」


僕は一樹くんと肩を組んで、顔を見合わせた。


「今回は僕達もいるし大丈夫だよ! ね? 一樹君!」

「俺、甘いのあんまり食べれないよ?」

「え? ま、まぁ、行こう!」


そして、全員でファミレスに向かう途中、明らかにスピード違反の軽自動車が目の前から走ってきて、それに気づいていない沙里さんが、ノリノリでクルクル回りながら歩いていた時


「危ない!!」


僕はコンクリートの壁に沙里さんを押し付けて、壁ドンしてしまった。


「沙里さん? なんで顔赤くしてるんですか?」

「別に?」

「輝久君?」

「ヒッ!」


明らかに機嫌が悪くなった結菜さんの声がして、僕の体は一瞬で震え始めた。


「そういえば、修学旅行での覗きの件もまだ終わってませんでしたよね」

「そ‥‥‥それは‥‥‥」


その時、美波さんと真菜さん、芽衣さんと鈴さん、柚木さんと愛梨さんが同時に言った。


「ずるい!」

「ふぁ!? てか、なんで愛梨さんまで!?」

「間違えました」

「間違えたってなに!?」


結菜さんは目を大きく見開き、僕を威圧的に見つめる。


「いつまで沙里さんと、そうしているのかしら」

「ご、ごめん!」

「沙里さん、申し訳ないですが予定変更です。私と輝久君抜きで行ってください」

「う、うん」

「さぁ、輝久君、行きましょうか」

「皆んな助けてよー!」


僕が結菜さんに引っ張られているのを、皆んなは手を振って見送った。





僕は結菜さんの家に連れて来られ、入ったことのない部屋の前まで案内された。


「入っていいですよ。輝久君の為だけに用意したお部屋です」


僕のためだけ?どんな部屋だろう。


扉を開けると、生々しいSMグッズや拘束グッズが大量に視界に入ってきて、急いで扉を閉めた。


「なに変な物買ってるんですか!」

「買うきっかけになったのは輝久君です。さぁ、入りましょう」


部屋に無理矢理連れ込まれ、内側から扉を閉められてしまった。


「隙を見て逃げれるとか思わないでくださいね。この部屋の内鍵は、私の指紋認証です」


はい、死んだ、僕死んだ。


「この部屋では、輝久君にたっぷりお仕置きができます、それに‥‥‥」

「そ、それに?」

「ずっと前から輝久君を監禁したいと思っていたんです♡」


そう言って結菜さんは、僕を壁に追いやるように迫ってきた。


「輝久君のお母様には、私の家に泊まると連絡しておきます! 輝久君はこれから一晩中、体と心、視界さえも私に支配されてるんです! 多少の痛みは我慢してくださいね?♡ それも愛ですから♡」


うん、やっぱり僕死ぬんだ。

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