鎖を解く
「貴方達は絶対に許しません!!」
結菜は鉄パイプを強く握りしめて、男達に向かって走り出す。
何人かを叩くことはできたが、男の数には敵わずに体を抑えられしまった。
「はーい、捕まえた」
「離しなさい!!」
「今から皆んなで楽しいことしような!」
「‥‥‥沙里さんだけでも返してあげてください!」
「ダメだ」
「お金ならいくらでも払います。沙里さんには手を出さないでください。沙里さんを返した後、私になにをしてもかまいません」
それを聞いたリーダーがニヤニヤしながら言った。
「いいねー、友情だねー。おい、そいつ返してやれ」
一人の男が沙里の腕を引っ張り、工場の扉を開けた瞬間だった‥‥‥
「うわっ!!」
「どうした!!」
男は急に誰かに殴られて、沙里から手を離した。
「うざけるな‥‥‥」
「誰だお前!」
「結菜さんを離せ!!」
そこには輝久、一樹、柚木、美波と真菜、芽衣と鈴の七人が立っていた。
「お前ら! 男も女も関係ねー! 全員ボコボコにしろ!!」
そして、全員が喧嘩になっている時、真菜はすかさず沙里を抱き抱えて外に避難した。
「沙里ちゃん、もう大丈夫だよ!」
「ごめんなさい‥‥‥ごめんなさい」
「大丈夫! もう怖い人いないよ!」
「ごめんなさい‥‥‥」
沙里は真菜に抱き抱えられ、死んだような目をして、震えながらずっと謝っている。
二人はそのまま物陰に隠れて、真菜は莉子先生に電話をかけた。
「先生!! 早く来てください!!」
その頃、輝久と一樹は殴られながらも必死に立ち向かっていた。
芽衣と鈴、柚木と美波は、全員鉄パイプを持って男達に対抗している。
だが結菜は、ずっと一人の男に地面に押さえつけられていた。
***
今まで皆んなの怒った顔は何度か見てきたけど、今までとはどこか違う。
全員本気で殺意を持ったような表情をしていた。
結局全員、不良達に勝つことができずに、地面に這いつくばって痛みにもがくことしかできなかった。
不良達は女子生徒を起こして、僕と一樹くんを見下ろして言った。
「お前の友達が目の前でめちゃくちゃにされるとこ、そこで大人しく見とけよ」
「やめてください!!」
その時、工場の扉がゆっくり開いた。
入ってきたのは、白いラインの入った赤いジャージを着て、ツインテールで眼鏡をした莉子先生だった。
「てめぇーら! よくも私の可愛い教え子達を‥‥‥きゃ♡ 憧れのセリフ言えた!」
あの格好とあのセリフ、昔テレビで見たわ‥‥‥。
こんな時にふざけて、莉子先生はなんなんだ。
「てめぇ誰だよ!」
「この子達の先生です! 時期に警察が来ます。大人しく皆んなを離しなさい!」
「教師が出しゃばるなよ! こいつもボコボコにしろ!」
不良達が一斉に莉子先生に向かって走りました。
***
数分前、沙里は正気を取り戻して真菜に言った。
「みんなは?」
「皆んな沙里ちゃんのために戦ってるよ」
沙里は体の震えが止まって、工場に向かって全力で走った。
「沙里ちゃん!! ダメ!!」
***
莉子先生に向かって不良達が走ったその時、入り口から沙里さんが走って入ってきた。
「あー!!!!」
「なんだよ、わざわざ戻ってきたのか? ここにパパとママはいねぇーぞ?」
「うるせー!! 私の友達に酷いことするなー!!」
沙里は不良のリーダーに掴みかかろうと走り出し、それを見た結菜さんは焦った表情で言った。
「沙里さん!! 逃げてください!!」
沙里さんは結菜さんを無視してリーダーに掴みかかり、必死に胸を殴り続けた。
「死ね!! 死ねー!!」
「ほら、頑張れ頑張れ。全然痛くねーぞ」
リーダーは沙里さんのお腹に膝蹴りをして、沙里さんは膝から崩れ落ちたが、すぐに立ち上がってまたリーダーに掴みかかり、涙目になりながら殴り続けた。
「お前らみたいなクズに負けない!! 人の痛みも知らないグズに!! 人の気持ちが分からないクズに!!」
「はいはい」
沙里さんは何度も殴られて、それでも何度でも立ち上がったが、髪を引っ張られて、相手の腕を掴むことしかできなくなってしまった。
「おいおい、また泣いてんのか? ほら、パパとママに謝れよ」
その時、いきなり沙里さんの目つきが鋭い目つきに変わり、沙里さんは掴んでいる腕に力強く爪を立てた。
「うるせーよ」
「は?」
「パパとママなんかいねぇーよ!! いらねんだよ!!」
「急にどうしたんだよ。また頭バグっちまったか?」
「うるせー!! 離せー!! 絶対殺してやるー!!」
その時、真菜さんが慌てて工場に入ってきた。
「沙里ちゃん!! 先生! なにしてるんですか!」
莉子先生が戸惑っていると、沢山の警察が入ってきて、すぐに男子生徒達を取り押さえた。
「動くな!!」
こうして、不良達は呆気なく全員捕まった。
***
安心した結菜の目に入ったのは、沙里が愛梨宛に買ったブレスレットだった。
赤いガラスがバラバラに割れているのを見て、結菜は怒りに震えながら、静かに破片全てを集めてポケットにしまった。
その日は事情聴取で一日が終わってしまい、M組の生徒は正当防衛ということで話がまとまった。
そして旅館に帰ると、結菜は莉子先生に言った。
「今日は自腹で部屋を取って、一人で泊まります」
莉子先生は、どこか元気のない結菜の顔を見て、優しい表情をして口を開く。
「いいとは言えないけど、今回は特別ね」
「ありがとうございます」
***
全員部屋に戻ってゆっくりしていると、僕の部屋に結菜さんがやってきた。
「結菜さん? どうしたの?」
「なんであの場所が分かったんですか?」
「携帯のGPSです」
「そうでしたか、助かりました。ありがとうございます‥‥‥」
「もっと僕とか皆んなを頼ってください。もう危ないことはしないでください」
「はい‥‥‥ごめんなさい」
「まぁ、皆んな怪我しちゃったけど、結菜さんも大怪我にならなくて良かったよ! それより、なんで別で部屋を取ったの?」
僕がそう聞くと、結菜さんは、沙里さんが買ったブレスレットを見せてきた。
「これを直したかったんです」
「直せるの?」
「やれるとこまでやってみます」
「そっか、困ったことがあったら呼んでね」
「はい」
***
それから結菜は、温泉にも入らずに接着剤てわブレスレットを直していると、いきなりノックの音が聞こえてきた。
莉子先生かと思ってドアを開けると、そこには髪がボサボサのままの沙里が一人で立っていた。
「沙里さん!?」
「入っていい?」
「今はちょっと‥‥‥」
「入るね」
「いや、あの!」
沙里は、テーブルに置かれたブレスレットと接着剤を見て立ち止まった。
「直してくれてたの?」
「‥‥‥はい」
すると沙里は、何も言わずに俯いてしまった。
「ごめんなさい! 余計なお世話でしたよね」
結菜がそう言うと、沙里は満面の笑みで結菜の方に振り向いた。
「ありがとう!」
結菜は沙里の笑顔を見れたことが嬉しくて、一瞬泣きそうになったが、涙をこらえて言った。
「温泉入りに行きましょうか!」
「うん!」
結菜と沙里は二人で温泉へやってきた。
「沙里さん、座ってください。髪の毛洗ってあげます」
「自分で洗える」
「遠慮しないでください!」
「うーん、んじゃお願い」
結菜が沙里の髪を洗っていると、沙里が少しくすぐったそうに言った。
「人に髪洗ってもらうのって気持ちいいね」
「そうですか? いつでも洗ってあげますよ?」
「たまにお願いする。それより結菜」
「なんですか?」
「助けに来てくれてありがとう」
「もっと早く行ければ良かったんですが‥‥‥」
「充分だよ。まず、本当に助けに来てくれるかも分からなかったし、結菜‥‥‥必死に来てくれたんでしょ?」
「今までで一番走りましたよ」
「膝の傷見れば分かるよ。あとね、まだ謝ってないことがあるの」
「なんですか?」
「手の傷‥‥‥残っちゃったね。ごめんね」
「気にしないでください‥‥‥え?」
「どうしたの?」
「沙里さんの髪の根元が‥‥‥黒くなってます!」
「え!? 本当に!? 早く泡流して!」
結菜が沙里の髪を洗い流すと、沙里はドキドキしながら鏡に顔を近づけて前髪を分けた。
「黒い‥‥‥黒いよ! わーい! 戻ってる戻ってる!」
沙里は小さい子供のようにその場で飛び跳ねて、とても嬉しそうに感情を表した。
「どうして!? なんで黒くなったんだろ!」
「トラウマの鎖を自分で解いたんですよ。沙里さん、お父様とお母様のことを言われた時、いきなり目つきが変わってました。そこからの沙里さんは本当に強かったです。きっと、沙里さんは自分の過去に勝ったんですよ!」
「結菜ー!!」
沙里は嬉しさのあまり、裸のまま結菜に抱きついた。
「いきなりどうしたんですか!?」
「私勝ったんだ!」
沙里は結菜に抱きついたまま嬉しくて泣き出してしまったが、結菜は優しく沙里を抱きしめた。
「はい」
「私は一人じゃないんだ!」
「そうですよ」
「私の武器は‥‥‥友達だ!!」
「あっ! 結菜達も来てたんだ!」
いきなり柚木の声がして、声のした方を振り向くと、M組の女子生徒全員、温泉に入りに来ていた。
すると沙里が嬉しそうに、自分の髪を見せるために柚木達に駆け寄ろうとしたが、足を滑らせて豪快に顔から転んでしまった。
「大丈夫!?」
沙里は転んだことも気にせずに笑顔で立ち上がった。
「大丈夫! それより見て!」
沙里の髪を見た全員声を揃えて言った。
「黒くなってる!!」
「凄いでしょ! このまま全部黒くなるといいなー!」
そう言って沙里は温泉に飛び込んだ。
「熱い!!」
沙里は慌てて水風呂に飛び込むと、震えてすぐに温泉に戻ろうとするが、美波が沙里の体を押さえた。
「ほれほれ〜! 冷たいだろ〜!」
「美波邪魔!」
「ここを通りたければ私を倒してから行け〜」
沙里は無表情で美波を見つめ、冷めきった声で言った。
「どけよ貧乳デカ乳首」
美波はショックのあまり、白目を剥きながらそのまま倒れるように水風呂に落ちてしまった。
「お姉ちゃん!?」
そんなこんなで二日目の温泉は、皆んな沙里のテンションに釣られて騒がしい入浴になった。
※
温泉を出ると、沙里は当たり前の様に結菜の後ろをついて行った。
部屋の前まで来た時、結菜は振り向いて言った。
「どうしました?」
「一緒に寝る。あと、私もブレスレット直す! ダメ?」
「もちろんいいですよ」
結菜と沙里は、寝る間も惜しんでブレスレットを直し続けた。
そして‥‥‥
「直りましたね」
「直ったね」
結菜と沙里は顔を見合わせてハイタッチをした。
「イェーイ!」
「さて、アイスでも食べに行きますか!」
「行く!」
二人がコンビニへ行くために部屋を出た時、莉子先生にバッタリ出くわしてしまった。
「二人とも? こんな時間にどこ行くの?」
「アイス」
「沙里さん! 言っちゃダメです!」
「アイスがなんですか?」
「食べる」
「もしかしてこんな時間にコンビニ行くつもり? ダメです! 大人しく部屋に戻りなさい!」
二人は渋々部屋に戻ったが、莉子先生がいなくなったのを見計らって結局旅館を抜け出した。
「沙里さん、何味にしますか?」
「ラムネ」
「それじゃ、私もラムネにします」
二人は昨日と同じく、コンビニの前でアイスを食べながら話を始めた。
「沙里さん、相変わらず無気力な感じですね」
「うん、癖かな」
「でも、いいと思います。嬉しいとか悲しいとか楽しいとか、そういう感情を表に出すようになったので、普段が無気力な方が感情が分かりやすいです」
「なら良かった。私‥‥‥上手く笑えてた?」
「はい! とっても可愛らしくて素敵な笑顔でしたよ」
「そっか、あんなに感情出して、愛梨はウザいとか思わないかな」
「絶対に大丈夫です。きっと喜ぶと思います」
「だといいな。私、もう武器とか必要ないや、私には皆んなが居るし、守ってくれる人もいる。もう怖くない」
「なにかあれば、いつでも頼ってくださいね」
「うん‥‥‥ねぇ結菜! またアイス溶けた!」
「新しいの買ってあげますから静かにしてください」
「はーやーくー! 抹茶ね!」
「抹茶食べれないじゃないですか」
「私は成長したの! 食べれるし!」
「分かりました」
沙里は結菜が買ってきた抹茶のアイスを恐る恐る舐めると、渋い顔をしてアイスを結菜に差し出した。
「結菜、お腹すいたよね? 抹茶アイスあげる」
「だから言ったじゃないですか」
「違うよ? 結菜が可哀想だから。本当は凄く食べたいけど、結菜が可哀想だから仕方なくアイスあげるの。私大人だから」
「大人は新幹線であんな大量のお菓子食べません。帰りはお菓子禁止ですね」
「あれ? 今子供に戻ったかもしれない」
「まったく沙里さんは!」
結菜は都合のいい沙里のお腹をくすぐり始めた。
「あはは! やめて結菜! くすぐったい!」
「やめません!」
結菜は意地悪しながらも、沙里が笑っていることが嬉しくて、くすぐるのをやめたくなかったのだ。
***
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