敗北
僕は愛梨さんの家に着き、今は愛梨さんの部屋で二人っきりの状況だ。
愛梨さんの部屋は結菜さんの部屋より広くて、植物が好きなのか、沢山の植物が置かれていた。
これはマイナスイオンたっぷりだな。
僕と愛梨さんは丸いテーブルを挟み、クッションに座っているが、愛梨さんは氷の入った袋を頬に当てている。
「愛梨さん、この状況どうするんですか?」
「普通に泊まっていけばいいじゃないですか」
「だから、僕は結菜さんと付き合ってて‥‥‥」
「大丈夫ですよ、私はなにもしませんから。だって血が繋がっているのですよ? 無理です」
「でも、このままだと僕達結婚させられちゃいます!」
すると愛梨さんは、少し切なそうな顔をして、袋をテーブルに置いた。
「まぁ、それもいいかもしれませんね。よく分からないお金持ちの息子さんとお見合いさせられて結婚するくらいなら、貴方のような方との方が幸せかもしれません」
「いや、だから血が繋がってますし‥‥‥」
「結婚できる国に住むしかありませんね」
「で、でも! 愛梨さんは僕みたいな人絶対嫌ですよね!? 嫌って言って!?」
すると愛梨さんは、顔を赤くして立ち上がった。
「あ、当たり前じゃないですか!」
安心すると同時に、少し心が傷ついた。
その時、愛梨さんの家のチャイムが鳴り、愛梨さんが玄関に向かっていった。
ワンチャン逃げれるかもしれないと思い、僕もこっそり後ろをついて行くことにした。
愛梨さんが玄関の扉を開けると、そこには結菜さんと一樹君、美波さんと真菜さん、そして芽衣さんが立っていた。
結菜さんは僕に気づき、冷静な様子で声をかけてきた。
「こっちへ来なさい」
僕は早歩きで玄関を出て、情けなく結菜さんの後ろに立つ。
「家まで押しかけて、どういうつもりですか?」
「輝久君を取り返しに来ただけです」
「でも輝久先輩は、私と二人っきりなのが嬉しそうでしたよ? 私‥‥‥はじめてでしたのに‥‥‥」
それを聞いた結菜さんが鬼の様な形相で僕を見つめる。
「男を部屋に入れるのが初めてってことですよね!?」
「はい、よく分かりましたね」
ホッとしたその時、愛梨さんの携帯が鳴った。
「ちょっと失礼します。もしもし、はい、そうですか、分かりました」
愛梨さんは電話を切り、僕達に衝撃的な事実を伝えた。
「柚木先輩の退学が正式に決まったようです。それと、今回の全校集会をセッティングしたのは莉子先生だったのですね。それがバレて、莉子先生の退職も決定しました」
僕達は唖然とし、言葉が出なかった。
「どうしました? 皆さん黙ってしまって、まぁいいです。今日はお帰りください」
愛梨さんはそう言って扉を閉めてしまった。
扉を閉める時、一瞬だけど僕を見て笑ったように見えた。
一度学校に戻ろうと、みんなで学校に向かって帰る途中、誰一人として喋る人はいなかった。
みんな怒りとショックで喋りたくないのだろう。
※
学校に着くと皆んなは荷物を持ち、暗い顔をして次々と帰っていく。
そんな中、結菜さんが話しかけてきた。
「負けましたね」
「そうだね」
「少し話していきませんか?」
「うん、いいよ」
僕と結菜さんは、M組で二人っきりになり、話を始めた。
「あの時、何故柚木さんは愛梨さんに殴りかかったんだと思いますか?」
「僕が取られそうになったからとか‥‥‥かな」
「それもあるでしょうが、柚木さんは私の心を守ろうとしたんだと思います」
「どういうことですか?」
「柚木さんが先生達に連れて行かれる時、退学と言われ辛いし怖いはずなのに、笑顔で私を見たんです‥‥‥あの笑顔の意味は分からないですが、なんだか優しさを感じました」
「結菜さんが誰かをそういう風に言うなんて珍しいね」
「芽衣さんも、美波さんと真菜さんも、そして柚木さんも、皆んな輝久君のことが大好きなんです。だけど皆んな私の過去を知ったとたん、好きという感情に蓋をしようとします」
「結菜さんからしたら、いいことなんじゃないの?」
「はい。ですが‥‥‥可哀想って思われても嬉しくはないです。でも、優しくされるのは嬉しいです。最近は仲良く話すことも増えてきて、素直に言うと‥‥‥幸せと充実感を感じていました。柚木さんと決着はついていないですが、私なんかにあんな笑顔を見せる人、本当はいい人なんじゃないかなって‥‥‥だから助けたいです」
「なら、助けましょう」
「でもどうしたらいいか分かりません」
「次は正々堂々勝負するんです! そして結菜さんが勝ったら、柚木さんの退学と莉子先生のクビを取り消してもらうんですよ!」
「勝負といっても、もう作戦は尽きてしまいました」
「またメダルゲームですよ! 愛梨さんは真面目で、ゲームとか得意そうじゃないですし! きっと勝てます! あの作戦もありますしね!」
「そうですね、やるだけやってみましょう。明日勝負を申し込みます。ありがとうございます、輝久君」
「僕は何もしてないよ!」
結菜さんは優しく僕の手を握り、僕と目を合わせた。
「輝久君は、何度でも私を救ってくれます。私のヒーローです」
そしてゆっくり顔が近づき、キス寸前でM組に莉子先生が入ってきた。
それに驚いて、僕達は慌てて顔を離す。
「あれ、輝久君戻って来たのね」
「は、はい。それより莉子先生、学校辞めさせられるんですよね」
「もう知ってるんだね。いい? 私がいなくてもしっかり勉強しなさいよ? 新しい先生の言うことは聞くこと、遅刻も‥‥‥しないこと。問題ばっかり起こさないこと」
莉子先生は言ってる途中から涙を流しはじめ、それを見た結菜さんが立ち上がり、泣いてる莉子先生に近づいて左手を握った。
「先生は私がM組に来た時も、優しく歓迎してくれました。周りに馴染めない私を心配して、放課後の誰もいない時、二時間以上も話し相手になってくれました。私は莉子先生を尊敬しています。私の好きな先生が、宮川さんとお付き合いを始めたと知った時、実は嬉しくて‥‥‥柄にもなくベッドの上で飛び跳ねたりしたんですよ。私は‥‥‥私の大切な人を失いたくないです。傷ついてほしくない」
「ありがとうね。結菜さんとはこれからも会うかもしれないけど、先生としてはさよならだね」
「いいえ、先生はずっと先生です。愛梨さんとの戦いはまだ終わってませんから。明日、いい連絡ができるように頑張ります」
その後、莉子先生も落ち着き、僕達は明日に備えてそれぞれの家に帰宅した。
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