躾け

「輝久君と水族館来てみたかったんです!」

「僕も生き物は好きだから嬉しいです!」

「ちょっとー、私の存在忘れない?」

「早く入りましょ! 輝久くん!」

「無視するなー!」


今日は、結菜さんと芽衣さんと僕の三人で、水族館に来ている。

水族館までは、宮川さんが車を出してくれた。


入場料を払い終えて中に入ると、最初に見えてきたのは大きなマンボウだった。

すると結菜さんが、ドヤ顔でマンボウについて教えてくれた。


「マンボウは弱いって聞きますけど、皮膚が分厚くて、ライフルの弾が貫通しないらしいですよ。あと、こう見えてフグの仲間です」

「詳しいですね! マンボウ好きなんですか?」

「嫌いです、顔が気持ち悪いですし」


今の言葉、マンボウに聞こえてたらストレスで死んじゃうよ‥‥‥。


芽衣さんも結菜さんに対抗して、張り切ってマンボウのことを教えてきた。


「私だって知ってるし! 水中の泡が目に入ったストレスで死んじゃうらしいよ!」


だが、結菜さんにあっさりと否定されてしまう。


「それは飼育員さんが否定して、デマだったってことになりましたよ。デマを自慢げに話して、恥ずかしい人ですね」

「えー! その飼育員、夢壊しすぎー!」


芽衣さんはマンボウの死に、何を夢見ていたんだろう。

その時、携帯の着信音が鳴って、こっそり携帯を確認してみると、真菜さんからの着信だった。

早く隙を見て芽衣さんに相談しなきゃ。

着信が切れたタイミングで、結菜さんの携帯の通知音が鳴った。


「宮川さんからメッセージです」


まさかとは思ったが、宮川さんからか。

真菜さんからじゃないと知って、ホッと肩を撫で下ろす。


「えっと、『帰って来る時に、水族館によくあるスーパーボールのガチャポン回してきてください! ウミガメかイルカが当たれば最高です!』だそうです」


スーパーボールって、あの見た目で随分子供っぽいな。

でも分かる。

あれは見ると欲しくなる。


そのあと、いろんな魚を見て、クラゲコーナーにやってきた。


僕はクラゲが好きで、昔飼っていたことがある、一

週間で死んだけど。


芽衣さんは携帯でクラゲの写真を撮りまくり、案外一人で楽しんでいるみたいだ。


僕は話のネタに、結菜さんにクラゲの豆知識を教えてあげることにした。


「クラゲって五億年前から存在してて、恐竜とかよりも先輩なんですよ! あと体の九十五パーセントが水でできていて、サンゴやイソギンチャクの仲間ってこと! ね、言ったでしょ? これもう完全にパンドラの箱開いちゃってるって話し!」


結菜さんは僕を冷ややかな目で見て、一歩後ろに下がった。


「今、輝久くんがセンター分けの芸能人に見えた気がします。それになんですか今の喋り方。テレビの見過ぎです。あれはあの方だから良いんです。輝久くんは恥ずかしいのでやめてください」

「はい、すいません」


一時期ネットで流行っていたから、笑ってくれると思ったのに逆に引かれてしまった。

そんなことをしていると、芽衣さんの姿が見えなくなっていた。


「芽衣さん、どっか行ったんですか?」

「お土産見て来るって、一人ではしゃいで行ってしまいましたよ」

「そうなんですか」


すると結菜さんは、嬉しそうに僕と手を繋ぎ、ルンルン気分で歩き始めた。


「やっと二人で見て周れますね♡」

「うん! あ! 見てください、チンアナゴです!」


結菜さんは初めて見たのか、チンアナゴに釘付けになった。

そして夢中でチンアナゴを見ながら、真剣に名前の由来を考え始めた。


「チンアナゴの名前の由来って、チンが穴にGoって意味なんですかね」


え?今、さらっと下ネタ言いませんでした?


「な、なんでそう思うんですか?」

「だってほら、穴を出たり入ったりしてますよ」

「穴にGoは分かりました、チンってなんですか」


いやいやいやいや、僕は何を聞いてんだ!

もうアレしかないじゃん!


「それは勿論、チンッ」


「はい! ストップ! 絶対言うと思いました」


結菜さんはキョトンとした表情で僕を見て、首を傾げた。


「私は賃貸マンションって言おうとしたんです。まさか輝久くん! 気が早いです♡」


「いやいやいやいや! 賃貸マンションが穴にGoは、もう意味わからないし! なんですか賃貸マンションって!」

「訳してチンマンGoですね♡」


そんな爽やかな顔して言うことじゃない。

僕は真剣な顔で結菜さんの肩に手を置いた。


「みんなの視線が痛いです。僕達もお土産コーナーに行きましょう」

「輝久くんとGo!」

「はいはい」


周りの視線から逃れるためにお土産コーナーにやってくると、芽衣さんがカゴいっぱいに魚のぬいぐるみを入れてレジに並んでいた。


それを見て、僕と結菜さんも、自分の欲しいものがあるか店中を回り始めた。


結局僕は自分の欲しいものが見つからなく、代わりに、母親用に魚の形をしたクッキーを買った。


買った後の袋をブラブラさせながら店内を見て二人を待っていると、結菜さんは悲しそうな顔をしながら僕の元部屋ってきた。


「ここには牛のぬいぐるみが無いみたいです」

「水族館だからね」


結菜さんと話していると、芽衣さんは、ぬいぐるみが入った袋を両手に持ち、満足気に僕達の所に戻ってきた。


「いっぱい買っちゃったよ!」


いくらなんでも買いすぎだけど、何も言わないでおこう。


その時、結菜さんのお腹から(ぐぅ〜)と音が鳴った。

結菜さんは、お腹を抑えながら恥ずかしそうにしているが、僕は水族館のパンフレットを見て、レストランがあるのを見つけた。


「レストランがあるみたいですよ! 一旦ご飯食べましょう!」


僕達はさっそくレストランの席に着き、それぞれが注文を済ませると、結菜さんはお手洗いに行ってしまった。

芽衣さんに相談するなら今しかない。


「芽衣さん、昨日話した話なんですけど」


僕は昨日あった出来事と、今日も真菜さんから電話が来ていることを全て話した。


話を聞いた芽衣さんは、驚いて立ち上がった。


「真菜がSで美波がM !?」

「そこも気になると思うんですけど、これからどうしたらいいかわからないんですよ‥‥‥」

「うーん、結菜に動画見られる前に、こっちから説明しちゃえばいいんじゃない? 私も手伝うよ?」

「‥‥‥そうですね、結菜さんが戻ってきたら話します」



***



その頃結菜は、トイレを済ませて手を洗っていた。手を洗い終わると同時に携帯の通知音が鳴り、すぐに確認する。


(誰かしら、真菜さん? 動画? なんで輝久君が映ってるの‥‥‥」


結菜は、あの動画を見てしまった。

三人で水族館を楽しんでいる、最悪のタイミングで、結菜は動画を見て絶望してしまう。


「なんなの‥‥‥この動画‥‥‥」



***



結菜さんが戻って来る前に、料理が来てしまった。

あまりに遅い結菜さんのことが心配になり、店員さんに様子を見てきてほしいと、お願いすることにした。


「あの、一緒に来た子がトイレから出てこないんですけど、なにかあったら心配なので見てきてもらえませんか?」

「あの黒髪ロングの方ですか? あの方ならお金払って出て行きましたけど」

「え‥‥‥わ、分かりました、ありがとうございます」


結菜さん、どうしたんだろう‥‥‥体調悪いのかな。


芽衣さんにも結菜さんが帰ったことを伝えると、勢いよく三人前の食事を全て食べ、勢いよく立ち上がった


「追いかけるよ!」

「僕のご飯‥‥‥」


僕と芽衣さんは必死に駐車場に走った。

駐車場に出ると、結菜さんが宮川さんの車に乗っているのを見つけた。



***


結菜は真菜の家に行くように、宮川に指示を出した。


「宮川さん、クラスメイトの真菜さんのお家に向かってください」


宮川は、車に向かって走る輝久と芽衣がミラー越しに視界に入り、それを結菜に伝える。


「輝久さん達が向かってますけど」


結菜は苛立った表情で、大きな声で言った。


「早く行ってください!!」

「かしこまりました」



***



宮川さんと結菜さんは、僕達を置いて行ってしまった。


「あの‥‥‥どうやって帰ります?」


唖然としていると、芽衣さんが後ろから胸を当てて抱きついてきた。


「私は輝久と二人きりだからいいけど♡」

「今そういうのはちょっと‥‥‥」


その言葉を聞いて、抱きしめる力が更に強くなっていった。


「私、ずっと我慢してるよ? 本当は輝久を今すぐ私の彼氏にしたい。輝久は本当に結菜が好きなの? なんで私じゃダメなの? 結菜がいない時ぐらい輝久に触れさせてよ。輝久が結菜を好きって本気で思うまで諦めない」


芽衣は堪えていた気持ちが爆発してしまい、輝久の前に立ち、ぬいぐるみの入った袋を落として、両手で輝久の顔を優しく掴んだ。


「ねぇ輝久、好き! 好きだよ、好き好き好き好き好き、大好き! 私じゃ満足できなかった? 私、輝久に死ねって言われたら死ねるよ? 輝久を傷つける人がいたら、私が守ってあげるよ? ねぇ、輝久の本当の気持ち教えてよ」

「僕は‥‥‥わからない‥‥‥」


そう言うと、芽衣さんは暗い表情で俯いてしまった。


「こうやって傷つけられても、やっぱり好きだよ」

「ごめん‥‥‥」



***



その頃結菜は、時間が経つにつれてイライラがどんどん増していた。


そして真菜の家の前に着き、宮川を先に帰らせて、すぐに真菜に電話をした。


「もしもし結菜です」

「あれ? 輝久くんの元カノじゃん。なに?」


怒りに震えた表情で、家の中にも聞こえるぐらいの大声をあげた。


「今すぐ外に来なさい!!!!」


しばらくして真菜が外に出てきて、結菜を鋭い目つきで睨みつける。


「なに? またスタンガンくらいたいわけ? もしかして病み付きになっちゃった?」


結菜は何も言わずに真菜の顔にビンタをし、勢いよく首を絞めた。


「殺してあげる‥‥‥もう、退学になったって捕まったっていいです。貴方は輝久くんを傷つけた!! 苦しめた!!」


真菜は首を絞められ、苦しみながらも結菜の両腕を掴み、必死に喋り始めた。


「なに‥‥‥言ってるの。輝久くんはっ、私を選んだの‥‥‥結菜ちゃんなんかウザくて目障りだって‥‥‥言ってた‥‥‥」


結菜は更に力強く首を絞め、怒りで狂気染みた目になり、絶対に手を離そうとしない。


「私には分かります。輝久くんはそんなこと言わない。あの動画は、真菜さんが無理矢理言わせた台詞でしょ? 輝久くんを苦しめた分、貴方は苦しんで死んでください。死んだ後も、ずっとずっと苦しいように、ありとあらゆる屈辱を受けさせてあげます‥‥‥あら? 気を失ったんですか? 早く起きてください、貴方はまだ苦しまなくちゃいけません」


真菜はわざと気を失ったふりをして、結菜が手を離した瞬間、隠していたスタンガンを結菜の腹部に当てた。


真菜は息を切らしながら、倒れた結菜の髪を掴んで結菜を睨みつける。


「そんなにいじめてほしかったなら素直に言ってよ。今日はたっぷりしつけてあげるから」


真菜は、結菜を自分の部屋に運んで、結菜の体を椅子に拘束して逃げられないようにし、口にはガムテープを貼り、結菜は喋ることができなくなってしまった。

更に真菜は、結菜の首に首輪を着け、優しく頬を撫でながら言った。


「貴方は勿体無いから殺さないであげる。そもそも人殺しとかなりたくないし。そのかわり、今日から私のペットになってもらうから。ねぇ、返事はどうしたの? やっぱり結菜ちゃんは悪い子ですね」


真菜はまた、容赦なく結菜の腹部にスタンガンを当てた。


「んー!!!!」

「これは躾けなの、悪い子には躾けが必要でしょ? だからさ、返事は?」



***

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