第4話 魔王、決戦を振り返りました。後編
勇者が遂にこの魔王領に上陸したとの報せが届いたのは、勇者が召喚されてから2年が経った冬の事だった。
城から一番遠い沿岸に船を着けたと言う話だった。
「ここにやって来るのは2ヶ月位かと…」
世界でもっとも広い魔王領を道なりに進めば、どんなに早くとも2ヶ月はかかる。更に言えば、戦いながらなら最低でも3ヶ月は掛かるだろう。宰相の話に耳を傾けながら思案する。
「上陸したのは5人だけか?」
「いえ、勇者一行以外に40名程が同行しているようです。」
「1個小隊程度か…」
あまりにも少ない…となれば可能性は1つしか無い。
「主戦力を城まで戻せ。」
「魔王様?」
怪訝な顔をする宰相に告げる。
「勇者達は、5人だけで山脈を越えて最短距離を来る。」
「馬鹿な、人間があの山脈を越えるなど…!」
「ある。あの勇者なら越えてくるはずだ。」
勇者達が上陸した場所から城までの直線上に標高も高く、冬に入れば魔族とて近づかない険しく巨大な山脈がある。過酷な環境にあるため、この山脈に生息する魔獣は他とは比較にならないくらい狂暴で凶悪だ。しかし、ここを越えれば半分以下の日数でここまでたどり着くだろう。
「同行した兵士はあくまで船の護衛だろう。」
「それが本当なら勇者は噂通り、規格外ですね。」
「時間がない…将軍達に直ぐに通達しろ。」
「はっ!!」
そして、勇者達は本当に山脈を越え、僅か1ヶ月で私の元へとたどり着いた。
早朝、雪が舞い始めた曇天の空のもと、戦端が開かれた。たった5人…だがしかし、その内の1人は既に天災に近い。それでも精鋭を集めた我が軍を突破するにはそれなりの時間を要するだろう。軍の指揮は宰相と腹心の部下に任せ、玉座に深く座って眼を閉じた。
喧騒が次第に近づいてくる。
怒号と剣戟の音、膨れ上がる魔力、城を揺るがす振動。それが徐々に収まり、静寂が城を満たしたのは昼に差し掛かろうかと言う頃だった。
玉座の間の扉が開かれた。
途端、濃厚な魔力残滓と鉄錆びた匂いが流れ込んでくる。瞼を押し上げる…映ったのは5人。
その先頭に少女がいた。
まだ幼さを残す顔、小柄な身体。
血と埃に塗れた髪は亜麻色で、強く輝く大きな瞳は琥珀色。一目で解った…私の対なる勇者…。
視線が絡まる…と、勇者は何故か少しだけ困ったように笑った。仲間には見えないように、ほんの僅かな間だけ。それだけで、お互いに理解できた。
当人同士が、誰よりもこの戦いを望んでいない事を。そして、避けることが出来ないことも。
同時に自覚してしまった。
僅かなその笑みに心臓は悲鳴を上げそうな程に切なく痛み、極上の蜂蜜酒を飲んだかのように甘く、熱く胸を満たしていくひとつの想い。
愛しいのだ…たった今、初めて目にしたこの少女が。
知らず知らずの内に浮かぶ笑みをそのままに玉座から立ち上がるのと、勇者が一歩踏み出すのは同時だった。
交わしたのは、視線と剣と魔法と…最後に呟いた彼女の”ごめんなさい“……たったそれだけ。
そうして、私の意識は闇に飲み込まれた。
「……魔王?」
「……勇者、か?」
第2幕を始めよう。
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