スローファイヤー
何年前の何月何日かは忘れたが……。ある日、やっと年が二桁を越えたばかりの少女は言った。
「本に【し】はあるのかしら?」
「どういうこと?」
唐突で、突飛な質問に私は聞き返した。
「本にだって【いのち】があるのよ! カワイソウに、かれらはこんな【ところ】でむなしくしんでゆくの」
和本。写本。小冊子。豆本。本製本。教科書。文庫本。解説書。百科事典。全書。巻物。
さまざまな形態の書籍が、誇りまみれの書庫に放置されている。集められるだけ集められて、生きたまま墓場に閉じ込められた言葉の塊。その中で、少女は泣いた。ゆっくりとした動作で、朽ちゆく蔵書に手を掛ける。ゆっくりとした時間の中、劣化して読解が不可能になっていく本たちで山が創られてゆく。其れらはゆっくりと少女の頭を抜かしていった。
「愛しいから?」
古い書庫特有の異臭に顔を歪めつつ、その時私は問うた気がする。すると彼女は、涙にぬれた顔を綻ばせ、
「いとしいわ、いとしいからなのよ。……ああ、カワイソウなわたしのおともだちたち!」
ぶるぶると長いおさげを揺らしながら、彼女は燐寸でみすぼらしい紙の塊に火を放った……。
私は酷い頭痛を覚えて、それからどうなったかは曖昧である。
――あの家に、幼い子供はいなかったはずなのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます