スローファイヤー

 何年前の何月何日かは忘れたが……。ある日、やっと年が二桁を越えたばかりの少女は言った。


「本に【し】はあるのかしら?」

「どういうこと?」


 唐突で、突飛な質問に私は聞き返した。


「本にだって【いのち】があるのよ! カワイソウに、かれらはこんな【ところ】でむなしくしんでゆくの」


 和本。写本。小冊子。豆本。本製本。教科書。文庫本。解説書。百科事典。全書。巻物。

 さまざまな形態の書籍が、誇りまみれの書庫に放置されている。集められるだけ集められて、生きたまま墓場に閉じ込められた言葉の塊。その中で、少女は泣いた。ゆっくりとした動作で、朽ちゆく蔵書に手を掛ける。ゆっくりとした時間の中、劣化して読解が不可能になっていく本たちで山が創られてゆく。其れらはゆっくりと少女の頭を抜かしていった。


「愛しいから?」


 古い書庫特有の異臭に顔を歪めつつ、その時私は問うた気がする。すると彼女は、涙にぬれた顔を綻ばせ、


「いとしいわ、いとしいからなのよ。……ああ、カワイソウなわたしのおともだちたち!」


 ぶるぶると長いおさげを揺らしながら、彼女は燐寸でみすぼらしい紙の塊に火を放った……。

 私は酷い頭痛を覚えて、それからどうなったかは曖昧である。

 ――あの家に、幼い子供はいなかったはずなのだが。

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