第51話 彼と過ごしたひととき


 私たちは、手をつなぎながら森の奥へと続く小道を歩いていた。キャンプ場へは、小道の途中からわきに逸れ、茂みをしばらく突っ切ると行ける。なるべく人と関わらないように、私が最初に覚えた隠し道だった。やっぱり、人がいるところはしっかり知っておかないといけないから。でもそれが今では人の役に立っているなんて、何だか不思議な感じだった。


「へぇー。こんな道があったんだ」


 私の横にいる男の子は、感心したように言った。


「うん、偶然見つけたの」


「すごいなぁ。僕、探検とか好きだけど方向音痴だから」


 それで迷ってたんだ、と彼は恥ずかしそうに言った。


「さっきもどっか行こうとしてたもんね」


 私はジト目をして彼を見る。


「あははは、ごめん」


 ごまかすように、彼は笑った。

 実はさっき、彼は珍しい虫を見つけたとかで急に走り出したのだ。今いるところは、道から外れた完全な森の中。こんなところで迷子になったら、さすがに見つけるのは難しい。そんなこともあって、私たちは手をつないでいた。


「でも、迷子だったのに、私のこと助けてくれたの?」


 迷子なのに他の人を助けるなんて、私にできるだろうか……なったことないからわからないけど。


「まぁ、困ってる人は助けてあげなさいって、お母さんに言われてるからね」


 彼は胸をそらしてそう答えた。


「ふふふ、そうなんだ」


 すごく、すごく優しい人だと思った。

 幸せな家族なんだろうな。少しだけ、羨ましい。

 私はそんなことを思いながら茂みをかき分けていった。そして、


「この先、もう少し行ったら、石でできた道があるから、そこを左に真っすぐ行くとキャンプ場だよ」


 お別れの場所に着いた。正直に言えば、あとちょっとだけでも一緒にお話していたかった。でも、そんなことは言えない。


「ここまで来れば、後は大丈夫だよね?」


 きっと、彼を困らせてしまうだろうから。


「今度は迷子にならないように、キャンプを楽しんでね!」


 ばいばい、と手を振って私は立ち去ろうとした。でも、


「あ、待って!」


 彼は、そう簡単に私を逃がしてはくれなかった。


「……なに?」


 これ以上一緒にいるともっとそばにいたくなりそうだから、早く離れたいのに。


「えっと、ありがとう」


 彼は、途端に真面目な顔になって言った。


「その、君はこれからどうするの?」


 彼の言葉に、なぜか胸がちくりとした。

 でも、それが何なのかわからない。


「んー……」


 少しだけ考える。でも、特に私にはすることがなかった。というより、私にするべきことなどあるのだろうか。

 そんな私の様子を察してのことか、彼は急に笑顔になって言った。


「じゃあさ、僕と一緒に来ない?」


 満面の笑みを浮かべて、彼は私の手を握っていた。

 ああ、眩しいな、と私は思った。彼はどこまでも無邪気に、純粋に、私のことを見てくれている。そんな人今まで知らなかったから、本当に嬉しい。一緒に、行きたい。


 でも私は、静かに首を横に振った。

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