第49話 変な男の子


 その時だった。


「何してるの?」


 すぐ後ろから声がした。はっとして振り返ると、十歳くらいの男の子が立っていた。

 しまった、と思った。あれほど人と会わないようにしようと決めていたのに。

 私は当てていた手をそっと離すと、一目散に駆け出した。

 ごめん、ごめんね。心の中で、一匹と一人に必死に謝っていた。治すことも、静かに眠らせることもできなかったことを。楽しい夏の思い出に、きっと恐怖を与えてしまったことを。

 しかし、私は二十歩も逃げないうちに何かの感触を感じた。温かくて、柔らかな感触だった。驚いて見ると、男の子が小さく肩で息をしながら、私の右腕をつかんでいる。


「ちょっ、ちょっと待ってよ」


「なに?」


 私は戸惑いつつ聞いた。


「僕、さ、迷っちゃって」


 まだ整わない息の中、彼は続ける。


「キャンプ場って、どっち?」


 不思議だった。

 どうして、私に普通に話しかけてるの?

 どうして、逃げないの?

 実際、あの吹雪の日以外にも人に会ったことはあった。しかしその誰もが、悲鳴をあげて逃げていった。雪女だ、化け物だ、と言いながら――。


「あっち」


 私は思わず素っ気なく返した。多分、逃げようにも方向がわからないのだろうと思ったから。

 でも彼は、その予想を難なく越えてきた。


「そっか! ありがとう! それで、さっきは何してたの?」


 お礼、からの問いかけ。私は戸惑っていた。でも、もしかしたらさっきの小さな動物を助けられるかもしれない。そう思って、私はさっきいたところに移動しながら、彼にそのことを話した。


「あ、ほんとだケガしてる。でも、そんなに大きな傷じゃないみたいだよ」


 彼はまるでお医者さんみたいに言った。


「なんでわかるの?」


「僕の住んでるところすっごく田舎で、よくおじいちゃんとリスとか見に行ったから」


 おじいちゃんがこうしてたんだ、と言いながら、小さな布を使い慣れた手つきで固定する。そして鳥や他の動物から見えないようなところに隠した。


「後はエサになりそうな木の実とかを置いておいて……うん、多分これで大丈夫だと、思う」


 少し自信なさげだが、彼は笑いながらそう言った。それにつられて、私も笑った。なんだか、心が暖かかった。


「ありがとう……」


 私は慣れないお礼を口にする。なんだか気恥ずかしい。


「どういたしまして」


 彼はまた笑った。その笑顔は、夏の日差しよりも眩しく感じた。

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