第32話 雲行き


「佳くん、なんで、ここにいるの……?」


 メインストリートから少し離れた休憩広場まで移動したところで、佐原さんは口を開いた。

 休憩広場と言えど休日の賑わいを見せており、そこそこうるさい。そんな中、俺と夏生は数メートル離れたところで岡本と佐原さんの様子を見守っている。にもかかわらず、決して大きくないその声は、なぜかきれいに俺の耳に入ってきた。


「いや、その……」


 三分程度の移動じゃ落ち着きは取り戻せなかったのか、岡本は言い淀んだ。視線も、下に敷き詰められた石畳やら、はしゃぎ走り回る子どもたちやらの間を行ったり来たりしている。


「佳くん、私の目を見て?」


 一歩、佐原さんが岡本に近づいた。

 でも、岡本は一歩後ずさる。


「た、たまたま偶然だって。俺も、霜谷と買い物に来ててさ……」


「夏生ちゃんと、霜谷くんに仲直りの協力をしてもらったんじゃないの?」


 バレてる。

 俺は隣にいる夏生を見る。と同時に、夏生も俺を見てきた。

 大丈夫かな?

 見守るしかないだろ。

 そんな会話を、目ですること二秒。


「べ、別にいいだろっ! 奈々、ここ最近俺をずっと避け続けてたじゃんか!」


 唐突に、岡本が声を荒らげた。叫んだ、というほどでもないので、俺たちと、その近くにいた何人かが、びっくりしたように二人を見た。


「え、え? わ、悪いなんて言ってないよ? ただ私は、どうしてそうしてくれたのかって聞きたくて……。そ、それに、あれは……」


 岡本がそんな反応をするとは思っていなかったのだろう。佐原さんの声は、委縮したようにしぼんでいく。


「避け続けてただろ! なんでそんなことするんだよ!」


「ご、ごめん。あれはね……」


「そんなんだから――」


 あ、これはまずい。


 そう思ったのも束の間、より大きくて高い声が、広場に響いた。


「もうっ! どうしてそういうことは声に出して言えるのに、大事なことは言ってくれないの⁉」


 佐原さんは岡本の目を見据えてそう叫ぶと、一目散に駆け出した。

 情けないことに、俺たちが動き出せたのは彼女が雑踏の中に紛れ、消えてしまってからだった。

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