第3章 続かない幸せ

第27話 嵐の前の……


 それから俺と夏生は、今まで以上にいろんなことをして過ごした。

 八月を過ぎても残暑は厳しく、まだ夏と言ってもいいくらいだった。まぁ、夏らしいことをするにはその方がありがたかったので、特に不満はなかったのだが。


 花火大会の翌週には川へ釣りに行った。夏の川釣りは、アユやらイワナやらいろんな魚が釣れて楽しかった。その時は岡本と佐原さんも一緒だった。やはり二人はキャンプをした後日、示野川の花火大会へ行ったらしい。


「女子の手って、あんなに柔らかいんだな」


 そんな純情な感想を、顔を赤らめながら語る岡本にこっちまで恥ずかしくなった。「手、やっぱりつないだのかよ」とツッコんでおいた。

 釣ったアユやイワナを塩焼きにして食べた後は、川に入って全身びしょぬれになるまで水遊びを楽しんだ。帰ったら超怒られた。


 そんな川釣りから数日後。俺たちは休む間もなくショッピングに街へと繰り出すことにした。


「また外出? 元気なのはいいことだけど、くれぐれも重病人だということを忘れないでね」


 外出許可をもらう時、先生にくぎを刺された。どうやら痛熱病患者で外出許可を出すことそのものが異例らしい。それでも、夏生のおかげで注射の使用回数は減っており、毎回の外出で特に問題も起きていなかったのでなんとか許可は下りた。実際のところ、発作の回数は若干ではあるが増えていた。でも、そもそも痛熱病自体が原因不明の病気であるので、そのことがバレることはなかった。


 バスで揺られること二十分。俺たちは、このあたりで一番大きいショッピングモールがある、街の中心部へと着いた。そこは目に見えて発展しており、病院の周辺とは比べ物にならない活気を見せていた。


「ねねっ! 早く行こうよ!」


 テンションMAXの夏生は、俺の腕を半ば強引に引っ張っていく。その動きにつられてなびく夏生の髪が、俺の鼻先をくすぐった。ほんの微かに、甘い香りがした。

 ショッピングモールではとにかく片っ端からお店を回った。「海水浴に行きたい!」と夏生が言い出したので、水着コーナーにも行った。めっちゃ恥ずかしかった。

 幸いにも、俺には使う当てもないお小遣いやらお年玉やらの貯金がかなり貯まっており、そのあたりには困らなかった。出してもらうのは申し訳ないとか夏生は言ったが、普段から発作を抑えてくれているぶん、これくらいのお礼はしたかった。そう言っても夏生はしぶっていたが、結局俺はこの日のショッピングは全額出した。夏生のためにお金を使えると思うと全然惜しくなかったし、むしろ嬉しかった。


 外出許可を伴わないような外出も時々した。要は最初のころによくやっていた抜け出しだ。夏生曰く、「なんだか秘密作戦みたいでドキドキしてやめられない」とのことだった。でもその気持ちは、俺にもなんとなくわかった。そうして何度も抜け出しているうちに、他にも抜け出せそうな場所が二か所ほど見つかった。病院のセキュリティを疑いたくなるような結果だった。

 人の出入りの状況とその日の気分で、俺たちは三つの抜け出し口から適当に一つを選んで病院の外に出た。検査の回数も減っていたので、いろんな時間に抜け出せた。

 その中でも一番好きなのは夕方の時間帯だった。紅の陽の光で染まるひまわり畑が、とにかく綺麗だったからだ。その小道を夏生と歩く時間がなにより幸せだったし、永遠に続くかのようにも思えた。


 だから、あんなことが起こるなんて、全く予想していなかった。

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