第186話 七魔将カミラ
再び槍と槍とが交差する。
カミラの持つ二つの槍と夏海の持つ星魔槍テミトリア。この二つが何度も何度も穂先をぶつけ合う。
一方が突きを繰り出せば、もう一方は突き出された槍を自らの穂先で受け止める。そして、それを縦やら横やらに薙いで反撃の一突きを繰り出す。
二人の戦いはただただそれの繰り返しであった。どちらも魔法を使うことは無く、純粋な槍捌きと身体能力だけで渡り合っていた。
二人の力は夏海がやや優位、敏捷性に関しては同等。かつ、槍術は夏海の方が上。しかし、カミラの二槍流による手数とその場の立ち回りが夏海の優位性を打ち消して五分の勝負に持ち込んでいたのだ。
そんな時、立て続けにすさまじい音が遠くから聞こえてきた。それに驚いた二人は互いに間合いの外に離脱した後に足を止め、音のした方を見やった。
「何……?」
「ラルフ……。ダフネ……」
夏海がキョトンとした表情で立ち止まる中、カミラは同じ七魔将の二人が倒されたことを気配で感じ取っていた。
「ねぇ、何が起こったの?」
「……アタシが答える義理はないわ」
カミラは爆音の方から夏海の方へと向き直った。そんなカミラが槍を構えたことで、夏海も慌てて槍を構えた。
『カミラも何があったのかを教えてくれるほど、口は軽くなかったか』……と、夏海は心の中で頷いていた。
第一、敵にそこまで情報を教える方が珍しいというモノだ。本来、敵に味方の情報を話す義理もないのだ。それに、情報を敵に教えるのは立派な情報漏えいである。
夏海もカミラが話してくれると嬉しいくらいの感覚で尋ねただけであるため、そこまで気にかけているわけではなかった。
そんなことはひとまず置いておくとして、夏海は腰を低く落として突きへと力を籠めていく。カミラはついに魔法を解禁し、槍に闇の魔力を纏わせていく。
そして、カミラはチリアンパープルの色のショートヘアを揺らしながら、夏海へと突貫。
瞬く間に二本の槍での波状攻撃を開始する。夏海は力強い一突き目でカミラの左手に握られた槍を弾き返した。直後、指先で槍を回転させ、右側からの槍攻撃を柄で受け止めた。
今の夏海の槍の扱いにカミラは驚きもしたが、やはり恐ろしいと感じていた。普通に考えれば、手数や戦闘経験の多いカミラがすでに勝利を収めているはずなのだ。
なのに、未だに決着はついていないどころか、決着がつく気配すらない。
カミラは王都で戦ったジョシュアの槍捌きが脳内を過ぎったが、今の夏海の動作はそれ以上だった。
ジョシュアの姿と夏海の姿とを重ね合わせながら、カミラは何とか戦闘を続けていた。とはいえ、夏海もカミラ相手に全力を出しても攻め切れないことで不安が蓄積されていっていた。
互いに想いを抱きながら、槍を交わし合う。カミラは魔法を使っていてなお、夏海を攻め切ることが出来なかった。だが、夏海は未だに魔法を使っていない。
それがカミラにとっての不安材料であった。
こうして、互いに何度も何度も立ち位置を入れ替え、槍と槍から火花を散らす。
「“
夏海はついに使った。重力魔法を。
「ぐっ……!」
カミラの周囲が重くなり、重量に耐え切れず地面が悲鳴を上げて円形状に砕ける。その重力魔法は紛れもない夏海の全力。
「ああああああああっ!」
それにカミラは発狂した。そんな叫び声と共に槍に蓄積した闇の魔力を地面に叩きつけた。
そこからはドーム状に闇の魔力が広がっていき、それはカミラ自身をも呑み込み、そのまま重力魔法を跳ねのけていく。
これで夏海が理解したことが一つあった。自分が均衡状態に持ち込めているのは、身体能力だけなのだと。
魔力はカミラの方が圧倒的に多い。ゆえに、魔力を周囲に放出されるだけでそれよりも込められた魔力が弱い自分の魔法が吹き飛ばされた。
そう結論付けた夏海は重力魔法は相手の魔力を削ってから使うべきだと判断し、再び槍を手にして真っ向からの勝負を挑んだ。
対して、カミラも重力魔法によって受けた足腰へのダメージとそれを弾くために使った体力や魔力。それらを引きずって夏海の攻撃に応じた。
そこからは再び、槍による連撃の応酬となった。その戦いに終わりが無いと思えるほどに目にも止まらぬ速度の乱れ突きが互いの体へ殺到する。
「カミラ、どうしてあなたは戦っているの?」
「アタシはただ、ユメシュに恩返しをしているだけ……!」
カミラは語る。自分たち七魔将の中で、クロヴィス以外の六人はユメシュによって生み出されたことを。
そして、数多の
まず、最初に生みだされた
次に、10年前に生みだされたのがイライアス。現在、洋介と戦っている男だ。
その次にルイザが生み出されたのが、9年前。彼女は今、クラレンスと戦っている真っ最中だ。
そして、ルイザの次に生みだされたのがカミラ。それが7年前のこと。
その二年後、ラルフとダフネが同時に誕生し、ようやく七魔将が揃ったという過去の思い出話であった。
「アタシはユメシュによって、生みだされた子供のようなモノ。子が親に尽くすことに理由がいるのかしらっ!」
薙ぎ払い。カミラ渾身の横薙ぎは夏海の体勢を崩す。夏海も槍を縦にして受け止めたところまでは良かったが、あまりの勢いに力負けしてしまったのだ。
こうして夏海の体勢が崩れたところに、カミラのもう一本の槍が繰り出される。それを夏海が片手でクルッと回転させた槍の柄で受けた。
夏海は地面に倒れ込み、背中を打ったが、そこから体勢を立て直した。それを逃がさず追撃してくるカミラの猛攻に夏海はヒヤリとした。
幾度となく、槍が頬や二の腕をかすめていく。二槍流のカミラの圧倒的な手数は確実に夏海を消耗させていっていた。
それは傍から見れば明らかだった。だが、戦っている本人には気づいた様子はない。ただひたすらに闇の魔力を纏った槍を打ち込んでいる。
夏海の身に纏う魔鎧セベリルにもかすり傷が付いていくが、頑丈な鎧のために破壊されることは無かった。とはいえ、鎧も夏海も無傷ではいられない。これは確かな事実だった。
そのうち、夏海は自分の呼吸が乱れていることに気づき、平常の呼吸のリズムに戻そうと調整を始めた。
しかし、カミラの攻撃をかわしながらそんなナメたマネが出来るはずも無かった。
「うぐっ!?」
槍での薙ぎ払い。それが夏海のわき腹に吸い寄せられるように命中し、肋骨から嫌な音が響く。無論、魔鎧セベリルの脇の部分にもヒビが入った。
薙ぎ払われた細長い肢体は横へと吹き飛ばされ、力なく地面を跳ねる。それを見てもなお、トドメを刺すまでは安心できないとカミラは疾駆した。
早々に息の根を止めてしまわなければ、人間はしぶとい。手負いの状態であっても、命ある限り反撃してくる。そんな人間がいることを王都でのジョシュアとセーラの戦いから学んでいる。
カミラは腹部に投擲されたレイピアによる傷の箇所を見やりながらも、二本の槍で猛攻を仕掛ける。
夏海はわき腹がズキズキと痛む中でも、ある程度の冷静さを保っていた。
どうするべきかを仮定でも構わないから導き出し、即座に実行に移す。それこそが戦場で命を繋ぐ術なのだ。
夏海は重力を水平方向に操作し、心臓を狙う悪魔の突きを回避した。
地面に二本の縦線を引きながら、浮かび上がった体を着陸させる。体勢を立て直した夏海目がけて再度、カミラから鋭い突きが連続して見舞われる。
夏海はそれを槍の柄で受け止め、弾く。左右へ薙ぎ、体への直撃を避ける。そんな攻防を続けたが、やがて夏海は後退してばかりとなった。
「“
繰り出される黒影を纏う突き。それを間一髪回避したところは、放射状に大地が砕けていた。
今のは間違いなくカミラ渾身の一撃であった。しかし、それは夏海の生きようとする強い意思の籠った回避を貫くことは出来なかった。
カミラは下唇を噛みながらも、次なる一手を打つべく思考を巡らせていた。だが、夏海もそれを悠長に待っているほど優しくはない。重力魔法で浮かび上がらせた岩石を一斉にカミラへ浴びせた。
突然の集中砲火にカミラは驚き、その場を飛び退く。それでも回避しきれなかった岩石は槍を高速回転させて打ち砕いた。
カミラが辺りを見回してみれば、岩石が飛んできた方向にあるのは夏海への攻撃の際に砕いた地面であった。
その破片の中でも大きなモノを重力を操作して、砲弾のように発射したのだ。
そんな馬鹿げた攻撃にカミラは面白いと感じていた。先ほどのように重力魔法でカミラを地面に叩き伏せても、魔力によってそれを吹き飛ばされる。
その対抗策として押さえつける以外の重力魔法の使い道でカミラへと挑んできているのだ。それを面白いと言わずに何という。
カミラは『当てれるモノなら当ててみろ』と言わんばかりに、両手に槍を引っ提げて夏海へと特攻する。
夏海はその挑戦を受けて立つかの如く、数多の岩石を重力を操作してあらゆる方向から放った。
そして、その両者の行動の先に見えた光景。それは飛んでくる岩石のことごとくをカミラが二本の槍で粉々に打ち砕いていく様だった。
その末にカミラの槍は夏海へと届いた。だが、一本は夏海の槍と穂先同士でぶつかる形となり、もう一本での突きが夏海の腹部に突き立った。
夏海の口から大量の血が吐き出される。それにより、カミラの槍の柄は真っ赤に染まる。無論、腹部に突き刺さる穂先はすでに染色済みである。
カミラは穂先同士がぶつかり合っている方の槍で夏海の星魔槍テミトリアを横へと薙ぐ。次に、夏海の腹部に突き立った槍を引き抜いた。
夏海は槍が引き抜かれた時の衝撃で膝をつき、右方向へと倒れた。そんな彼女の瞳が見開かれたまま光が消えていくのを確認し、カミラは反転し、その場を後にした。
――ドスッ!
カミラの背後から力強い音が響いてきた。そして、その音には確かな闘志が宿っていた。
カミラが恐る恐る振り返れば、手にした槍を地面に突き立てる夏海の姿があった。腹部から血を溢れさせながらも立ち上がって来た。何より、その槍に宿る光沢が闘志を取り戻したように光沢を放っていた。
その事実がカミラの心に恐怖を与えた。腹部を貫かれて立ち上がった。自分のように肉体再生能力がない、ただの人間が。
そして、恐怖はその対象へと自然に槍を構えさせてしまっていた。カミラ自身、無意識であった。
「カミラ、あなたは強いわ。でも、私はここで倒れるわけにはいかないから」
夏海が一歩を踏み出し、カミラは一歩後ずさる。
「それに、あなたをみんなのところに行かせるわけにはいかないわ。みんな、自分の戦いに必死だもの」
――だから、意地でもあなたは私が倒させてもらうわよ。
夏海の言葉は恐怖に苛まれたカミラを震え上がらせるのに十分すぎた。
刹那、夏海は地面を蹴り飛ばした。腹部を貫かれる前の無傷だった時よりも速く。
――疾駆する。
夏海は右手にある星魔槍テミトリアを指先で高速回転させ、カミラの元へ。カミラもハッと我に返った時には彼女は間合いに入っていた。
「“
「“
山吹色の光を纏う長槍と黒影を纏う突きが交差する。
槍使いの勝負はその交差した互いの攻撃が最後となった。黒影よりも先に山吹色の光がカミラの心臓を一突きしていた。
そして、カミラの突きは慌てて繰り出したものであったため、夏海の肩の上を掠めただけに留まった。
カミラは山吹色の輝きに貫かれた直後、瞬く間に灰と化した。そして、黒い影だけが大聖堂の方へと地中を進んでいったのだった。
夏海は力が抜け、地面にへなへなと座り込んでしまったのだった。そこからしばらく、彼女は睡魔に呑み込まれたのだった。
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