第181話 救出と暴走

「もうすぐ南の大陸の南端に到着します!」


「分かりました。俺たちも下船の準備をしておきます」


 船室でくつろいでいると、兵士の人がもうすぐ南の大陸に着くことを知らせに来てくれた。


「ねぇ、直哉君。南の大陸……どんなところなんだろうね?」


「綺麗なところとかだったら良いけど、魔王軍との戦いで廃墟になった町とかしかなさそう……」


「た、確かに……」


 俺と呉宮さんはいつも通り相部屋である。ゆえに、同じ部屋で船に打ち付ける波に揺られながら、他愛もない話をして楽しく過ごしていた。


「それにしても、茉由ちゃんの誕生日プレゼント、喜んでもらえて良かったね」


「うん、あのブレスレットは氷の魔力を高めてくれるっていうから、茉由にはピッタリだと思ったんだけど、本当に喜んでもらえて良かったよ」


 そう、港町アムルノスを出たその日に誕生日を迎えた茉由ちゃんへの誕生日プレゼント。それを出航前に店で購入し、慌てて船の上でプレゼントしたのだ。しかも、それを本人に喜んでもらえたのだ。十分にプレゼントとしての機能を果たしている。


 結局、俺と呉宮さんで割り勘して購入したのだが、意外と高くついたことは茉由ちゃん本人には悟られないようにしなければならない。


 そんなことを思いながら、呉宮さんと話していると、あっという間に下船の時を迎えた。


「これは……!」


 温かな朝の日差しに包まれながら俺たちが下船した場所は、すでに先に来ていた王国軍が築いていた陣地であった。


 しかし、その陣地は見るも無残なほどに破壊されていた。先に到着していた何十隻もの船は無事そうだったが、兵士の人たちは血まみれで直視できないほどのケガの人が外に放置されている状態だった。


 救護が追い付いていないのは明らかだったため、俺たちの船にも乗船していた救護の人たちが治療に向かっていく。


 俺と呉宮さんは力になれないため、申し訳ないと思いながら脇を通り抜けた。


「ナオヤ、サトミ!こんなところにおったんか!」


 人ごみの中から、俺と呉宮さんの前に姿を現したのはイシュトイアだった。俺たちはイシュトイアが「みんなが待ってる」と言うので、後をついて人ごみをかき分けて歩くこと数分。


 視界が開けた場所に紗希と茉由ちゃん、洋介、武淵先輩とユーリさんが集まっていた。


「悪い、みんなこんなところに居たのか」


「ああ、俺たちはすぐに揃ったんだが、二人が居なかったからな。イシュトイアに探しに行って貰ってたんだよ」


 俺は洋介からの話に頷きながら、ユーリさんの方へと向き直った。それは、何やら話がありそうな表情をしていたからに他ならない。


「とりあえず、来訪者の皆さんには、この陣地を取りまとめている水軍司令アラン殿に今から会ってもらいます」


 俺たちは別に異論はないことを伝え、ユーリさんの後ろを歩いてアラン水軍司令の元へと向かった。


 陣地の中央にアラン水軍司令のいる幕舎があった。入口の左右に立つ兵士二人にユーリさんが話を付け、奥へと入ることが出来た。


「アラン水軍司令、お初にお目にかかりますローカラト辺境伯シルヴァンが嫡子ユーリにございます」


「ああ、こりゃあ丁寧にすまねぇな。俺が水軍司令のアランだ。ユーリ殿、そして来訪者の方々、適当にかけてくれ」


 幕舎の奥で疲れた様子で座っていたアラン水軍司令はゆっくりと立ち上がり、挨拶の後、俺たちに着席するように促した。


「アラン水軍司令、そのケガは……」


「ああ、つい1時間前に襲ってきた魔王軍との戦いで負った傷だ」


 アラン水軍司令の上半身は包帯でグルグル巻きにされており、満身創痍なのは一目見て分かる。


 そこからはアラン水軍司令の口からこれまでの経緯が語られた。


「三日前、俺たちは総勢一万七千八百という数でこの南の大陸に上陸した」


 俺たちは一万七千八百という数の多さに驚いた。俺たちが一緒にやって来たローカラト辺境伯とリラード伯爵の私兵と王国軍を足しても五千ほどだったからだ。


 あれだけの数が居たのに、アラン水軍司令たちはその3倍以上の数で上陸していたのか……と。


「到着してすぐ、フィリス王国軍総司令率いる王国軍七千は聖都フレイスへと出立した。だが、それもまだ戻って来てねぇ。往復だけでも七日はかかるし、その間に戦闘があることを踏まえればもっと日数はかかるだろうよ」


 フィリスさんたちもこの南の大陸に来ているということには驚いたが、もしこの先で戦闘になっているとするなら、助けに行った方が良いのではないだろうか?


「俺たち水軍に与えられた命令は、退路を断たれないようにこの急ごしらえの陣営と船を守ること。それをおろそかにして、フィリス王国軍総司令たちを助けに行くことは出来ねぇんだ」


 アラン水軍司令の辛そうな表情を見ればわかる。本当は助けに行きたいのだろう。だが、ここに来るまでに見たケガ人の数では陣地の防衛だけで手いっぱいだろう。現に王国水軍の兵が全員いる状態で現在の状況なのだ。そんな守備兵が減った中で、さらに兵を分けるなど結果が見えている。


 この基地に居る兵が全滅し、船も破壊される。そこにもし、フィリスさんたちを助けに向かわせた隊が無事に助け出して戻って来たとしても、船が無ければ飢え死にするのみ。もしくは、助けることも叶わずに挟み撃ちにされるなどして全滅するか。


 軍隊での戦争などの経験がない俺の頭でもどうなるかくらい分かる。現段階での兵力の分散は二兎を追う者は一兎をも得ずの状態になる可能性が極めて高い。


「そして、一時間前に攻めてきた敵は何千にも及ぶ強い人型の怪物とそれとは別に二人の魔人だったぜ」


 アラン水軍司令の話を聞いた感じだと、攻めてきたのは人型悪魔ホムンクルスではないかという仮説をユーリさんが導き出していた。


「それで、魔人の方はオーキッド色の髪をした大男とラベンダー色のストレートロングヘアーをした女だ。男の方は拳と蹴りを使う武闘家のようだった。もう一人の女は波状剣フランベルジュを使っていた」


 俺はアラン水軍司令の話を聞いて、思い当たる人物が頭に浮かんだ。どうやら、呉宮さんと茉由ちゃんも気づいたらしく、俺と目が合った。


「アラン水軍司令、その二人は男の方がラルフ、女性の方がダフネって人だと思いますよ」


 俺の言葉に呉宮さんと茉由ちゃんは隣で静かに頷いていた。俺たちが王城で戦った人物に外見の特徴が一致しているから、可能性は高いと思う。そのことでアラン水軍司令は驚いた様子だった。


「もしかしなくても、あの二人と戦ったことがあるのか?」


「はい、王城での戦いの時に」


「な、なるほどな……。それで、お前たち来訪者なら勝てるか?」


「分かりません。王城の時は勝てましたが、今戦って勝てるかどうかは断言できないです」


 そう、王城での戦いではラルフとダフネの両名は呉宮さんと茉由ちゃんがやっとの思いで倒したのだ。だが、今回戦って勝てるかどうか、それを断言することは出来なかった。俺たちが成長しているように彼らもまた、強くなっている可能性が高いからだ。


「そうか。まあ、勝敗なんて実際に戦ってみないと分からないよな」


 アラン水軍司令も俺の言葉で納得してもらえたらしく、その点は安心した。


 その後は実際に戦いがどんな風に進んでいったのか、分かる限り詳しく教えて貰った。


 攻撃してきたホムンクルスたちは全員が剣を装備していたため、船に近づく前に戦場に居た兵士たちがクロスボウで狙い撃ちにした。それもあってか、矢を受けていたホムンクルスは仕留めやすかったんだそうだ。


 そして、アラン水軍司令が最前線でホムンクルスをなぎ倒している時にラルフとの戦闘になり、5分くらい斧と拳を交わして戦った末にアラン水軍司令が負けた。


 その間、ダフネはホムンクルスたち目がけて放たれる矢を黒い刃で切り裂いて、ホムンクルスたちに極力矢が当たらないようにしていたらしい。


 そうして、10分ほど戦った頃、敵が突然退却し始めた。それによって、命拾いした。そんなことをアラン水軍司令は語っていたが、俺はその通りだと思った。話を聞く限り、敵の強さや勢いを見れば、そのまま戦闘が続いていれば俺たちが到着する頃にはアラン水軍司令たちは全滅していたかもしれない。


 もしかすると、アラン水軍司令たちを全滅させたラルフとダフネの二人と何千ものホムンクルスたちと俺たちは上陸して早々戦う羽目になっていたかもしれない。


 そんなことを思うと、ラルフとダフネ率いるホムンクルスたちが退いてくれたのは良かったのかもしれない。


「ま、俺からの話はこんなところだ。それより、フィリス王国軍総司令たちが大丈夫なのか、心配だな」


 アラン水軍司令は思いつめたような表情をしていることからも、本当にフィリスさんたちのことが心配なのだろう。それは、実際に自分自身が魔王軍と戦ったからこそなのかもしれない。


「フィリス王国軍総司令の事に関しては、私に一任して貰えないでしょうか?」


 突然立ち上がったユーリさんの言葉にアラン水軍司令は面食らったようであった。だが、その直後にはユーリさんに任せる旨を伝えていた。俺たちはそのままアラン水軍司令のいる幕舎を離れ、リラード伯爵の弟と合流した。


「おお、ユーリ殿。これは一体何用で?」


「貴公には私と共にフィリス王国軍総司令の元に向かってもらいたい」


 リラード伯爵の弟は黙り込んで考えているようであったが、オーケーという返答を出すまでにかかった時間はほんの数秒であった。


 こうして、リラード伯爵の弟率いるリラード伯爵家の私兵一千と、ユーリさん率いる辺境伯の私兵五百の総勢千五百の軍勢に俺たち来訪者組6人を加えた編成で聖都フレイスを目指して進軍を開始した。それが南の大陸への上陸から3時間後の昼前の話。


 俺たちが進軍を開始して一日が経った頃、リラード伯爵の弟率いる千の兵が先行して進むといって、独断で進軍速度を速めた。ユーリさんとしても上官でもないのに口うるさく言うことは出来ずじまいであった。


 ただ、その日の夕方。事件は起こっていた。フィリスさんたち王国軍の旗が見えたタイミングで、その近くにリラード伯爵の旗があったために安心した。


 そう、無事に合流できたのだとばかりこの時は思っていたからだ。だが、違った。


「なっ、リラード伯爵の私兵たちが王国軍を攻撃している!?」


 双方が仲良く並んで帰ってくる平和な光景ではなく、リラード伯爵の私兵が切りかかっているのを王国軍側が必死に防いでいるのだ。


 どういうことなのか、俺は理解が追い付かなかった。しかし、ユーリさんは的確に兵たちに指示を間髪入れずに下した。


「総員、王国軍を攻撃するリラード伯爵の私兵を退け、王国軍を救出せよ!」


 そう言って、先頭を行くユーリさんは長槍を片手にリラード伯爵の私兵へと突きを繰り出していく。さすが、前回の武術大会の優勝者。そんなことを思ってしまうほどに鮮やかな槍捌きを見せていた。


 だが、俺たちもぼうっとしていられなかった。ユーリさんたちに続いて、リラード伯爵の私兵たちを止めにかかる。ユーリさんたちが遠慮なく、行く手を阻むリラード伯爵の私兵を討ち取っていくのを横目に、俺たちは兵士たちの暴走を止めようとした。


 しかし、異変は見てみればすぐに分かった。目に光が失せている。生きたまま死んでいるように表情一つ変えることは無く、目の前にいる者を斬ろうとしてくる。


 俺たちはそれを防ぎとめようと防戦一方だったが、俺たちに襲いかかった兵士たちはユーリさんの部下の人たちに斬り伏せられた。


「ハァッ!」


 俺たちがそんな声に振り向くと、ちょうどユーリさんが槍を投擲するところだった。その槍は一直線に飛んでいき、リラード伯爵の弟の胸部を背後から貫いた。


 その光景にリラード伯爵の弟と斬り結んでいたであろうフィリスさんは驚きに表情を染めていた。


「フィリス王国軍総司令殿。私はローカラト辺境伯シルヴァンが嫡子ユーリと申します。アラン水軍司令から事情を伺い、お助けに参上しました。お怪我などはありませんか?」


「これはユーリ殿。助けてもらったことには感謝する。しかし、この兵たちは……?」


「私にも詳しいことは分かりません。分かる範囲の説明だけ、海岸部の基地に戻る道中で構いませんか?」


「ああ、分かった」


 こうして、俺たちはフィリスさんと合流できた。だが、リラード伯爵の弟と彼の率いていたリラード伯爵の私兵は一人残らず息の根を止められた。


 止めに入った時の様子からしておかしかったが、一体何があったのか。謎が残るところだが、俺たちは一度基地に戻ることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る