第91話 万能者

「~~~~~~~~~~ッ!?」


 言葉にならない絶叫が闘技場に木霊こだました。


 “八竜斬”の直撃を受けたクラレンスは着用していた装備も衣服もズタズタに斬り裂かれ、後方へ5mほど吹き飛んだ。


 直哉は今にも眠りそうな体を引きずってクラレンスの元へと向かった。直哉はクラレンスの意識があるうちに謝罪の一言を伝えた。


「勝つためとはいえ、殿下の母であるアンナ元女王を侮辱するようなマネをして申し訳なかった」


「あれは本音では無かったのか……。私も危うく君を殺してしまうところだった。許してくれ……というつもりはない」


 クラレンスは力なく笑みを作った。直哉もそれを何も言わずに見下ろしていた。しばしの静寂が訪れた後、口に開いたのは直哉だった。


「じゃあ、このケガは俺がアンナ元女王を侮辱した罰ということで水に流しませんか?」


「君はそれで良いのかい?」


 クラレンスからの言葉に直哉は笑顔で頷き返した。それに釣られてクラレンスも笑顔を浮かべていた。


 直哉もクラレンスもその直後に意識が暗転し、直哉はその場で膝から崩れ落ちた。


 次に直哉が気が付いた時には闘技場にある医務室のベッドの上だった。隣のベッドでは紗希が横たわっている。


「あ、直哉君!気が付いたんだね……!」


 直哉の瞳を見つめる聖美の目から透き通るように透明な雫がこぼれ落ちる。


 直哉の周りには聖美の他に、寛之や洋介、ウィルフレッドがいた。紗希のベッドの周りには茉由や夏海、ラモーナにラターシャが控えていた。


「直哉、あんまり無茶するなよな。呉宮さんとの約束、忘れたのか?」


 寛之は腕を組みながら呆れたように直哉に語り掛けた。洋介も隣で、うんうんと首を縦に振っている。


「ごめん、呉宮さん。無茶をしてしまったことは謝るから」


「そんなことは今は良いから――ホントに目を覚ましてくれて良かった……!」


 その後は直哉は大泣きする聖美をなだめる羽目になっていた。その後、ウィルフレッドさんから打ち上げは2回やることにしたという話を聞かされていた。


 今夜の宴はディルナンセの方で、すでに準備が整ってしまっているから中止するわけにもいかないとのことだった。よって、直哉と紗希が動けるようになってからもう一度、正式に打ち上げをやることになった……と。


 直哉も紗希も心の底からの感謝をウィルフレッドへ伝えた。その後、打ち上げのために医務室を次々に退出していった。聖美は残ろうとしていたが、直哉に「打ち上げ俺の分も楽しんできて」と言われたことでおとなしく部屋を去っていった。


 おかげで医務室には直哉と紗希、ラモーナとラターシャの4人だけが残った。


「なおなお、さっきー。私が依頼なんて出したせいでこんなことになっちゃってごめんね……」


 いつもニコニコしているラモーナには似合わない、しおれた様子でポツリと言葉を落とした。その後は元気のない、ラモーナに代わってラターシャが話を進めた。


「二人とも、クエストは達成条件を満たしている。だから、これを元気になってから直接渡させてほしい」


 直哉と紗希はラターシャから目の前に繰り出された袋の中身を見て驚愕した。


「「大金貨10枚!?」」


 ラターシャは「二人のケガからすれば、こんな額では足りないのだが」と罪悪感に苛まれた様子で言葉を投げた。ラモーナは横で何度も首を縦に振っている。


「せめて、報酬だけでも増額させてくれないだろうか?」


 ラターシャはそう言ってゆっくりと謝罪の意味を込めてなのか頭を下げた。ラモーナはずっと俯いたままの姿勢である。


「でも、さすがにこれだけの額は――!」


「ありがたく頂戴します!!」


 紗希はさすがにこれほどの額は受け取れないと言い、断ろうとしていた。だが、紗希の言葉を遮り、直哉はラターシャの手のひらの上に載せられた大金の入った袋を受け取った。


「ちょっと、兄さん!」


「くれるっていうんだから、黙って貰えばいいだろ!俺なんかこんなに大けがしたんだし~痛い!傷が!傷が~!」


 紗希は内心、大金が入った袋を受け取る時の動きが早かったことに対して、「その動きのどこが大ケガなの」とツッコみたいところだった。だが、そのツッコミは心の内に留めた。直哉はそんなことも知らないでふざけて傷を押さえていたがる素振りをしていた。


「薪苗直哉も元気そうで何よりだ。それでは、私たちはこれで失礼させてもらう」


「あ、なおなお!何かあったら、いつでも言ってね!助けになるからね~」


 退出していく際のラターシャはしゅんとして申し訳なさげだったが、それとは対照的にラモーナはあざとくウィンクを残していった。


「兄さん、二人から大金貨10枚もふんだくって……」


「紗希、その言い方じゃ俺が二人から強奪したみたいな言い方じゃないか?クエスト報酬を増額してくれたんだから、何も言わずに受け取っておけばいいだろ?」


 その後も紗希は真面目に直哉に反論するも、直哉は「貰えるものは貰っておけばいい」と言って紗希と激しく口論していた。


 そこへ意外な人物が医務室を訪れた。


「おう、二人とも父親の前でケンカとはいい度胸してるな」


 二人の前に腕を組んで笑みを浮かべているのは直哉と紗希の父親であるジェラルドだ。直哉と紗希は報酬での口ゲンカを一時的に中断し、父親へと体を向けた。


「親父は何でこんなところに?」


「何だ、父親が子供に会うのに理由がいるのか?そいつは驚きだ」


 ジェラルドからの一言に直哉は嬉しそうに表情を緩め、紗希も照れたように頬を指でかいていた。


「さて、俺はお前たち来訪者組にクエストを出した。詳細は冒険者ギルド宛に手紙を出したからな。それをギルドに帰ってから読んでくれ」


「お父さん、それは何のクエスト?」


 紗希からの質問に対してジェラルドは「大空たいくうの宝玉を手に入れるクエストだ」と短く答えた。直哉が大空の宝玉に関しての説明を求めたものの、「ウィルフレッドに聞け」の一点張りだった。


「それじゃあ、俺はこの辺で帰らせてもらうぞ。何せ、ラモーナ姫と護衛を連れてスカートリア王国の王城まで行って竜の国まで送っていかないといけないからな」


 ジェラルドはそう言って直哉と紗希に背を向けて部屋を出ていった。部屋を出る時には愛しい我が子たちへ向けて手を振っていた。


「用件は済んだのですか?」


「ああ、用は済んだぞ」


 ドアの付近で短く言葉を交わしたジェラルドとラターシャは並んで医務室から去っていったのだった。


 その頃、医務室では直哉と紗希が静かに試合のことを振り返っていた。


「ねえ、兄さん。あれだけ斬られても動けたのは何で?」


「……さあな。負ければ優勝賞金が貰えないからじゃないか?」


 紗希が左隣に居る兄に質問をするも、直哉にはとぼけられるだけだった。これには紗希もムッと頬を膨らませていた。直哉はそれを見てクスクスと笑っていた。


「そりゃあ、可愛い妹を傷つけられて頭に来てたからだな」


 からかうように直哉が紗希へ言葉を投げるも、紗希は顔をボッと赤らめた後、体の向きを変えて直哉に背を向けた。


「……まあ、他にも呉宮さんが見てる前で負けたくないって気持ちもあったんだけどな」


 直哉は天井を見上げながら、そう独りごちた。


「兄さん、一番気になってたこと聞いても良い?」


「ああ、別にいいぞ。何が気になるんだ?」


 直哉も紗希も落ち着いたように低いトーンで言葉をかけあう。直哉の返答から数秒の間を開けて紗希が口を開いた。


「クラレンス殿下の“八竜斬”はどうやって防いだの?」


「ああ、あれはだな……」


 直哉は紗希に八竜斬を防いだ方法を打ち明けた。


 具体的にどうしたのかと言われれば、直哉はクラレンスと戦う前にサーベルにオリハルコンの強度を付加エンチャントしていた。ホントは7発の竜殺しの斬撃を受けた時も体にオリハルコンの強度を纏わせることも出来たのだが、魔力の残量を考慮して行わなかった。


 その残された魔力の使い道は2つ。サーベルにオリハルコンの強度を纏わせるためというのが一つで、もう一つは“八竜斬”を纏わせるためだった。


 直哉はクラレンスの斬撃を受け止めた瞬間に“八竜斬”の魔力をそのままの形で纏わせた。それと同時にクラレンスの剣との接触が離れた際にサーベルの付加術を解除し、“八竜斬”をサーベルに纏わせることに全魔力を費やしたのだ。


 そのことを紗希に話すと、直哉はため息を返されて困惑していた。


「兄さん、一か八かの賭けもいいけど無理は大概にしてね」


「それは出来ない相談だな」


 紗希はその後も直哉の無茶をしたエピソードを引き合いに出しながら、直哉に釘を差し続けたのだった。


 ――それから1週間後。


 直哉と紗希は以前のように動けるようになったため、その日は武術大会の表彰式が行われた。二人には優勝者に贈られるトロフィーと優勝賞金である大金貨10枚が収められた袋を渡された。


 この表彰式にはクラレンスと親衛隊5人の姿は無かった。どうやら決勝戦の翌日、クラレンスとライオネルの傷の手当てを終えた後に王都へと帰還していったことが式典で明らかにされていた。


 式典の後は料理屋ディルナンセではローカラトの冒険者ギルドで貸切ってのパーティーが改めて開かれていた。


「よし、直哉。ここはお前からみんなに優勝者として何か言ってもらうぞ~」


 開始早々、酒に酔っているウィルフレッドにドンッと背中を押された直哉は紗希に助けを求めるもしれっと視線を逸らされたのだった。


 そんなこんなで、祝勝会は直哉の下手くそな挨拶の後の乾杯で正式に幕を開けた。


 店長のマヌエーレは厨房から料理を運んだりしながら、ギルドの男衆にウィンクを送ったりして気持ち悪がられていた。特にバーナードを口説こうとした際には義手での攻撃を鳩尾に叩き込まれていた。


 直哉が紗希の元へ行くと、紗希はアニエスに柔肌を蹂躙されていた。何せ、手つきがいやらしいために女性陣はアニエスからじりじりと距離を取っていっていた。


「ひゃっ!」


 アニエスはジュルリとよだれを垂らしたのを引っ込めた後、紗希の細い腕を手から肩口にかけてを触りながら遡っていく。これには紗希は驚いたのか、声を上げていたが、宴の騒音にかき消されていた。


 アニエスは腕に続いて、紗希の足を舐め回すような視線で見ていた。紗希は辛抱強く我慢していたが、アニエスの魔の手が紗希の腹部から腰回り、さらに胸へと伸びようとしていたところで我慢の限界を迎え、跳び退いて直哉の背に隠れてしまった。


「兄さん、助けてっ……!」


 紗希は直哉の服をギュッと強く握りしめた。直哉はこの時、前に聖美がアニエスを怖がっていたのを思い出していた。背後の紗希を見てみれば呼吸も乱れているし、顔を紅潮させていた。


「アニエスさん、これ以上は紗希も嫌がってるのでやめてもらっても良いですか?」


「ご、ごめんなさい!私ったら昔から女の人を見ると、つい全身を撫でまわしたくなるクセがありまして……!」


 直哉は心の中で聖美が覚えた恐怖に共感した。その後は何度もアニエスが謝罪したこともあり、紗希は一連の行為を許していた。


「アニエス、手伝ってもらってもいいかい?」


「はい、店長!今戻りますので!」


 アニエスは直哉と紗希に何度も頭を下げながら、厨房へと戻っていった。直哉はこの一件があってから、この店が危険であるために女性陣は連れてこないようにしようと決心していた。


「直哉君、紗希ちゃんは大丈夫だった?」


「紗希が怖がってるから付き添いお願いしてもいい?」


 聖美は直哉からの頼みを快諾して、二人で一緒に夜風に当たりに行っていた。その後の宴は何事もなく進み、順次解散の運びとなったのだった。

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