過去⑦ 開戦!べレイア平原

 日の出が訪れた。べレイア平原の東から昇る朝日はあらゆる生命を暖かく包み込んだ。


 ――美しい。


 平原から朝日を眺めている者全員がそう思ったことだろう。


 しかし、この日の出は決戦の幕開けでもある。


『人間ども、我が軍と心行くまで決戦せよ』


 平原中に響いたのは魔王・グラノリエルスの声。


『進め』


 その魔王の声と共に10万を超える魔物の大軍勢が一斉にスカートリア王国軍へと進軍を始めた。


 兵士たちも分かっていたこととは言え、10万の魔物が自分たちに向かってくることに度肝を抜かれていたようだった。


「兵士たちよ!……いえ、この戦いに身を投じた勇気ある戦士たちよ!我らの、自らの護りたいモノのために武器を取りなさい!我らの平穏な日常への侵略者をその武器で斬り払うのです!そのために前へ進み、悪しき侵略者たちを駆逐するのです!」


 魔物で視界が埋め尽くされようとされているべレイア平原にアンナの声が響き渡る。


 これにより、兵士たちは正気を取り戻し、各々が武器を構えた。


「攻撃開始!」


 オリヴァーの声の直後、敵先頭へ地面が割れたのではないかと思うほどの着弾音を響かせながら魔法での攻撃が行われた。それを追うかのように空を埋め尽くすほどの数の矢が放たれた。


 敵の前方は進軍の勢いも止まり、数千の魔物の死体が地面に転がっていた。


「我が後ろに控える8千の勇者たちよ!俺の後に続いて来い!」


 ジェラルドは背後に控える騎兵たちに大声で叱咤混じりの声を上げた。


 その言葉を最後まで言う頃にはすでに馬を走らせ、血煙を挙げながら敵の中へと姿を消していた。


「総司令に続け!俺たちには総司令が付いてる!あの人と共に魔物たちを駆逐するんだ!」


 ジェラルドが敵を次々に屠っていくのを見て、戦意を向上させた。8千の騎兵たちはジェラルドの後へ続々と続いていく。


「軽装歩兵!冒険者たち前へ!」


 副司令の声と共に軽装歩兵と冒険者たちは重装歩兵の間を抜けて、思い思いに魔物の大群へ突進していく。冒険者たちの先頭を切っているのはセルゲイであった。


「貫け」


 ポツリとユメシュの呟いた一言で影から槍のような黒い棒状のものが突き出した。そして、影から突き出されたモノはあっという間に10体ほどのオークの胸元を貫いた。


 セルゲイはその後も影魔法を使って、次々に魔物を仕留めていった。しかし、他の冒険者はセルゲイとは別方向の魔物を討伐し、援護する様子は無かった。


 そのためにセルゲイは迫りくる何百体という魔物を一人で相手をしないといけない羽目に陥っていた。


 一体に手間取ると背後から攻撃を貰う有様で、セルゲイはあっという間にボロボロになっていた。


「オラァ!」


「ハッ!」


「フッ!」


 そこへ3人組の冒険者がセルゲイの援護に入った。1人はスカイグレーの髪を持ち、大戦斧を振り回す小柄な男。見た目から推測するに、40代くらい。


 2人目は灰色の長髪をうなじ付近で一つにまとめているスラリとしたモデル体型の20代の女性。短剣を的確に魔物の急所へと投擲している。


 3人目はスカイグレーの髪を七三分けにしている剣士。年齢は20代半ば。軽やかに、舞うような剣捌きで魔物を屠っていく。


「お前さん、“影帝”のセルゲイだろ?」


「あ、ありがとう。確かに僕がセルゲイだけど……君たちは?」


 小柄な男がセルゲイへと手を差し伸べる。セルゲイは迷うことなくその手を掴んだ。


「俺はロベルトだ。で、あっちで短剣を投擲してる女が仲間のシャロンであっちにいる剣士が俺の息子のサイードだ」


「これはご丁寧にどうも。君たちは僕を避けたりしないんだね」


 セルゲイは魔法を発動させながら、ロベルトに問いかける。


「まあな。というか、困ってる奴が居たら助けるもんだろ」


 ロベルトはニヤリと笑みを浮かべながら、そう答えた。


 その後、4人は協力して体勢を立て直し、順調に魔物を屠っていったのだった。


――――――――――


「姉上、ジェラルド総司令率いる騎兵とセルゲイたち冒険者が突入してもうすぐで10分ほどが経ちます」


 陣幕の奥で椅子に腰かけるアンナに左斜め前の席にいるオリヴァーが告げる。


「そうね。それじゃあ、王国軍副司令に重装歩兵をゆっくりと前進させるように伝令を。あと、左右から王国騎士団にも攻撃を仕掛けるようにと伝令を出して貰えるかしら?」


「ああ、分かったよ」


 オリヴァーはニコリと笑みを浮かべた後、陣幕を出ていった。


「……アンナ殿下、勝算はあるのでしょうか」


 アンナの右斜め前に腰かけるクリストフが声を震わせる。震えているのは声だけではなく、拳もだ。これに対してアンナはキッと目を鋭く尖らせた。


「クリストフ宰相。戦場では弱音なんて吐かないで」


 そう、責め立てるような口調でアンナは言い放った。これにはクリストフも黙るしかなかった。


 しかし、クリストフの弱音は妄言ではない。勝算があるかと聞かれれば即答は難しい。まず、兵士も魔王軍10万相手には足らなさすぎる。兵糧など、もって1週間といったところだ。


 魔王軍との戦いは早期決着を図るべきである。アンナを含め、周りに控える者たちは誰もが心得ていることである。


 そのためにジェラルドは敵の総大将である魔王・グラノリエルスを討ちに向かったのだ。


「この戦いは絶対に負けるわけにはいかないわ……!」


 アンナは陣幕の外の青空を眺めながら静かに呟いた。


 その頃、魔王軍の右側からはレイモンドとフェリシアが攻撃を仕掛け、魔人や悪魔といった王国騎士団や王国兵では手に負えない強さの相手を立て続けに撃破して行っていた。


 反対の左側面から攻撃を仕掛けたランベルトとシルヴェスターの方も同様で、魔人や悪魔を続けざまに打ち取っていった。


「オリヴァー殿下」


 陣幕の外で戦況を眺めているオリヴァーを背後から何者かが呼び止めた。振り向かないオリヴァーの隣に立ったのはシルヴァンだ。片手には斧槍ハルバードを握りしめている。


「これは、シルヴァン殿。どうかなされましたか」


「いやあ、まだ暴れたりねぇな……と思いまして」


 シルヴァンの言葉を聞いたオリヴァーは思わず吹き出した。


「暴れたりないも何も、まだ暴れてないじゃないか」


 シルヴァンの言葉のあやにオリヴァーは少し笑ってしまった。


「……殿下の緊張が解けたようで何より。随分、思い詰めているようでしたから」


「そんなに私は追い詰めているように見えたか?」


「はい」


 オリヴァーはシルヴァンに心配されていたのかと思うのと同時に、「下の者に心配させるとは私もまだまだだな」と自嘲気味な笑みをこぼした。


「さて、私は姉上のところへ戻るとしよう。シルヴァン殿はどうする?」


「俺はまだここに残ってます」


 オリヴァーはシルヴァンの返事を聞いて頷いて返した後、陣幕の中へと戻っていった。


「ジェラルド総司令は無事に魔王の元へたどり着けたのだろうか……」


 シルヴァンは遠く、魔王軍の本陣へと乗り込んでいったジェラルドの身を案じるように目を細めた。


 ――その頃、ジェラルドとその配下の騎兵たちは魔王軍の本陣にて激闘を繰り広げていた。


 本陣に辿り着くころには騎兵8千は数を減らし、千騎も残っていなかった。


「ジェラルド総司令!どうか、ご無事で!」


「おう、俺も魔王を倒したらすぐに戻るから、お前たちも俺が戻って来るまでここで待機だ!円陣を組んで守りを固めておけ!」


「はいっ!」


 ジェラルドは兵士たちに待機命令を出し、自分が戻って来るまで持ちこたえてくれるよう、心の中で祈った。


 進む道は松明に火が灯されており、一本道だった。まるで誘っているかのような雰囲気に罠や伏兵が仕掛けられているのではないかと警戒したジェラルドだったが、結局何も起こることは無く本陣の最奥部に到着した。


「よくぞ参った。英雄ジェラルドよ」


 対峙する相手は視線の先、血を彷彿とさせるような赤を基調とした玉座に居た。


「……魔王グラノリエルス」


 ジェラルドが男の名を呼ぶと、その男は不敵な笑みを浮かべた。男が立ち上がると身長はおよそ2mはあるだろう。見た目だけなら、角が生えた筋肉質な体つきをしたおっさんという方がしっくり来るだろうか。


「さあ、始めよう」


 グラノリエルスの穏やかで冷え切った声にジェラルドは反射的に背に差した大太刀、聖剣アルデバランを引き抜いた。


「……来い。我が剣、アガスティーア」


 その呟きの直後、グラノリエルスの右手には朝日を浴びて漆黒に光る刃渡り2mほどの剣が握られていた。


 ――ここに魔王グラノリエルスと英雄ジェラルドの戦いの火ぶたが切って落とされた。

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