第68話 最強の英雄の帰還
「サスガニ加減ガ過ギタカ。次ハモット威力ヲ上ゲタ方ガ良サソウダナ」
ヴィゴールが俺たちの近くまでゆっくりと歩いてきてそう言った。“死”そのものが近づいてくるような感覚がする。そして、落とされる声は冷たく、死にゆくものに興味は無いといった感情が透けて見える声だ。
――正直、万策尽きた。
俺一人だけなら走ればもしかすれば助かるかもしれない。
だが、助かったとしてもみんなを見捨てたことを悔やみ続けるだろう。
それくらい分かっている。
だったら、ここで全滅する方が"マシ”だろう。
そんなことを思っているとローカラトの町全体に暗雲が立ち込め始めた。
「これは……?」
「今カラコノ町ヲ消ス」
俺はヴィゴールの口から出た言葉に理解が追い付かなかった。町を消す?そんなことが出来るのか?
「コレハ計画通リダ。元々、コウスルツモリダッタ。ダカラ、全軍ニハ夕日ガ西ノ山ニ隠レルマデニ撤退スルヨウニ伝エテアル」
俺はこのことに1つの疑問を持った。それをぶつけてみることにした。
「じゃあ、なぜ最初から町を消し飛ばすことが出来たのにそれをやらなかったんだ?」
そう、本当に街を消せるだけのことが出来るのなら、わざわざ軍を使って攻撃する必要がないのだ。一番重要なことは、そんな選択肢があるなら最初から使えば良かったにも関わらず使わなかった理由……だ。
「ソレハ、部下タチニ戦イノ場数ヲ踏マセタカッタカラダ。私ガ前ニ出過ギルト後ガ育タンカラナ」
俺はヴィゴールの部下思いな一面に驚きはしたが、それはつまり俺たちは遊ばれていた……ということになる。
このことには怒りがふつふつと湧き上がってきたが、ぶん殴ってやる体力はもう無い。
「降り注げ、“ミレイティオン”!」
「……ッ!」
俺は暗雲の中から現れた物体に言葉を失った。
暗雲の中から姿を現したのは隕石と呼べばしっくりくる黄土色のごつごつした球体。大きさ何て大きすぎて言葉で上手く表現できない。
……あれが町の上に落ちるのか。だとしたら、誰も助からない。それくらいの事しか分からなかった。
これだけの攻撃が出来るのに魔王の配下の眷属の一人?
――なら、魔王とやらはどれだけ強いというのか。
正直、想像もつかなかった。
そんな時、小さな人影が見えた。人影は、町の東西南北に一つずつ立っている鐘を載せた塔。そのうちの北にある塔のてっぺんに居た。
俺が一体何をする気なのかと眺めていると、跳んだ。この距離では男か女かも判別が付かないがその人は、跳んだ。
どこへ跳んだのか。それは落ちてくる隕石へだ。だが、その人は何か武器を持っているようには見えない。
まさか、隕石を止めようというのか?そんなのは無茶だ。出来るわけがない。
俺はただ何を成すでもなく呆然とその人が隕石に向かっていく様を眺めた。
その人と隕石が正面衝突した瞬間、隕石は……消えた。
俺は信じられなかった。夢だと思った。
それはヴィゴールの方も同じだったらしく、空を見上げたまま固まってしまっている。
そして、その人は北の塔に着地した後、屋根を飛び移りながら俺たちのいる北門までやって来た。
「よお、無事だったか。直哉」
その人は俺の名前を呼んだ。声も聞き覚えのある声だ。そう、日本に居る時に家で何度も何度も聞いた声。懐かしい声だ。
「親……父……?」
「おう、久しぶりだな。直哉」
2ヶ月半ぶりに見た父の姿は無骨そうで不格好な鎧と漆黒のマントにはスカートリア王国の紋章が金色の刺繍で刻まれている。
脛当てや手甲も古臭そうな錆びた色をしている。背には漆黒の鞘に収められた2m近くの長さはあるだろう大太刀を斜めに背負っている。
「オマエ、何者ダ?」
ヴィゴールは警戒しているのか、大斧を両手で構えている。表情も俺たちやラモーナ姫、ラターシャさんの相手をしていた時では想像もつかないほどに険しいものだ。
「そうだな……20年前、お前たちの王を殺した男と言ったら理解が早そうだな」
20年前?20年前と言ったら魔王が討伐された時だ。それを討伐したってこと?ああ、もう訳が分からん!話についていけないや……。
「ナラバ、ココデオマエノ命ハ貰ッテイクゾ。先王ノ仇メ」
「そうだな、持っていけるものなら持っていけば良いだろう」
俺はこの二人からは溢れ出る魔力や殺気に畏怖を隠し切れなかった。
ヴィゴールは一撃で仕留めようと親父の首筋目がけて大斧を振り下ろすも斧の刃の横を右手で掴み取られていた。
「今からうちのガキ共が受けた痛みって言うのをお前に返してやる」
親父はそう言ってヴィゴールに前蹴りをくらわせた。
バキッと何かが砕けたような音と共にヴィゴールは数メートル後方へ吹き飛ばされる。
大斧は親父が刃の部分を砕いていた。これではもう使い物にならない。いくら何でも、馬鹿力が過ぎるんじゃないか?
「……“
ヴィゴールが地面に手を当てて叫ぶと城壁を破壊してラターシャさんに倒された、あの岩蛇が10体出現した。
それが阿吽の呼吸で攻撃してくるために親父は回避に専念しているようだった。
「ほう、これは魔法で生み出した生物のようだな。なら、ここまで必死にかわす必要はないか」
親父はそう言って回避行動を取らなくなった。前後左右から岩蛇はそれを好機ととらえて一直線に襲い掛かっていくも、親父にぶつかる直前に消えてしまった。
俺もヴィゴールの方も理解が追い付かずに呆然としていた。ホントに何が起こったんだ……?
「ヴィゴールとか言ったな。ハッキリ言っておくが、お前程度じゃ相手にもならん。俺を止めたければ、当代の魔王をここへ呼んで来い」
「グッ……!」
親父はその直後、ヴィゴールとの間合いを一気に詰めた。
驚くヴィゴールへと拳を叩き込み、蹴りを叩き込み。一方的な戦闘を展開しつつあった。
ヴィゴールの方も反撃はしていたが、蹴りは蹴りで相殺され、拳も軽く受け止められていたりと押されっぱなしであった。
「帰ったら今の魔王にでも伝えておけ」
親父は拳をヴィゴールの腹へ吸い込まれるように拳をめり込ませた。
「グハッ……!」
「20年前の魔王を殺した男が帰ってきたってな!」
拳を受けて、よろめくヴィゴール。そこへ来てようやく親父は背中に差していた大太刀を抜刀した。白く輝く刀身がキラキラと輝き、美しい。
「とりあえず、もう一撃喰らっとけ!」
親父は大太刀に向けて呟いた後、上段に構えた剣をヴィゴールに叩きつけた。
「“
山吹色の光を纏った斬撃がヴィゴールと重なる。鼓膜が破れそうになるほどの爆発音と共にヴィゴールは後方へと吹き飛ばされた。鎧はすべて消し飛び、肉もエグれているかのようにも見える。
親父は大太刀を肩に担いでヴィゴールへとスタスタと早足で近づいていく。
「……加減したからまだ軽傷で済んだな」
「キサマッ……!」
ヴィゴールは体を震わせながらも起き上がろうとしているようだ。
「まだ、喋れるだけの力は残っていたか。安心した」
「マダ、勝負ハ付イテイナイッ……!」
ヴィゴールはまだ戦おうというのか戦闘意欲が消えていない。
「お前らの目的はなんだ?なぜこの町に軍を率いてやって来たんだ?」
最初は何でヴィゴール相手に加減したのか分からなかったけど、なるほどな。軍を率いてやって来た目的を聞き出すために加減したのか。
そこまで計算に入れた上でヴィゴールと戦ったのかと思うとスゴイなと心の底から尊敬した。
ただの甘いもの好きの娘大好き親父というイメージから180度イメージが変わったな。
にしても、親父って刑務所いたんじゃなかったっけ?
あと、遺跡とか壊れてるのにどうやって転移してきたんだ?
聞きたいことが次から次へと浮かんできて頭の中は大渋滞だ。
俺はゆっくりと地面を這って近づきながら両者の話を聞こうと耳を澄ませた。
「誰ガキサマニ話スモノカ……!」
「なら……」
「“暗黒の息吹”」
親父が何かを話そうとした途端、黒い風が親父の視界を遮った。
しかし、1秒も経たないうちに黒い風は消え去った。それ以上に驚くことが1つ。
それはヴィゴールの姿が無くなっているということだ。
だが、俺には1つ技名から誰の仕業かがはっきりしていた。それは親父も同じようだった。王都で対峙した、あの男だ。
「ユメシュ、お前か」
「久しぶり……といっておこうか。あの夜に公園で会ったきりだからね」
……二人は知り合いなんだろうか?
「あの時はよくもキマイラをけしかけてくれたもんだ」
「別に倒せたんだからいいじゃないか。あと、これ以上のことは聞いても何も答えられないからね」
ユメシュはそう言って影の中へと消えていった。
親父はそれを見て舌打ちをした後に俺たちの方へと歩いてきた。
「親父、ユメシュを追わなくても良いのかよ」
「ああ、奴に俺が帰ってきたことを魔王に報告させるのが目的だからな」
……舌打ちしてたのは追いたいけど追ってはいけないということに苛立っていたからなのか?いや、今はそんなことよりも……
「親父、20年前に魔王を倒したっていうのは……」
「ああ、先に言っておくが、俺はこっちの世界だとジェラルドって名前だ。もしかするとこれで誰なのか分かったりするのか?ま、こっちの世界の勉強をしてれば分かるはずだがな」
ジェラルド……どこかで聞いたことがあるような……?いつ聞いたんだっけか……?
俺は記憶を随分前まで遡って一つの答えに行きついた。
「ジェラルドって、八人の英雄の中で一番強いっていう……」
「ほう、ちゃんとこっちの世界についても勉強してたんだな。俺こそが八人の英雄の中でも最強を誇ったジェラルドだ」
「……へ?」
俺は驚きを隠せなかった。とりあえず、質問を重ねていこう。
「じゃあ、親父は元々この世界の人間ってことか?」
「ああ、正真正銘この世界の人間だ」
「じゃあ、親父は何で日本にいたんだ?」
「それは後で紗希やみんなが集まった時にでも話す」
それもそうか。説明の手間が1回で済むもんな。俺はそれで納得した。にしても、紗希とかこの事を聞いたら驚くだろうな……
シルビアさんが言ってた英雄ジェラルドが親父だったなんてな。
「とりあえず、みんなを城門まで運ぶ。手伝ってくれ」
「ああ、分かったよ」
俺は素直に親父の言うことに従ってみんなを手分けして北門へと運んだ。
――――――――――
場所は移ってローカラト南部の森林地帯。ここには魔人2名と多数の魔物が集っていた。
「……カトリオナか」
「ああ、アタシだよ。ウラジミール」
二人は魔物の群れを率いて東西の門から撤退してきたところだ。
木漏れ日がゆらゆらと差し込む中で二人は岩に腰かけ、魔物たちに休息の指示を出した。
「アレクセイの方はまだ来ていないのか?」
「ああ。だが、ここに来る途中でも見かけなかったが」
二人はこの状態に違和感を覚えていた。まず、ローカラトの町にヴィゴールの“ミレイティオン”が投下されたものの町に落ちる前に消えてしまったこと。
そして、アレクセイたち南門を攻めたやつらが帰ってきていないこと。さらに、ヴィゴールも戻って来る気配がないこと。
こういった違和感が二人の心に影を落としていく。
「……カトリオナ」
「ああ、誰かいるな」
二人はひそひそ声で今感じていることを伝えあった。
二人揃って腰に差しているサーベルを音を立てぬように静かに抜刀し、後ろを振り返った。
「おや、気づかれてしまったようだね。さすがだ」
二人が振り返ったタイミングで長杖を持った一人の男が姿を現した。
「「これは総司令閣下」」
二人とも声を揃えて、片膝を付き地面へ目線を落とした。
「二人とも顔を上げてくれないか?」
ユメシュの許しを得た二人は顔を上げ、ユメシュを見つめる。
「君たちには即座に魔王城への帰還を命じる」
二人はこの言葉を聞いて、一瞬魂が抜けたように唖然としていた。
「……総司令。撤退と言うのは一体どういうわけなのですか?」
ウラジミールが閉じていた口を開いた。
「この戦いは敗北という形になったからだよ」
二人とも『敗北』という言葉を聞いて顔を見合わせた。
「南門の魔物たちはもう直にここへ到着するだろう。それと合流して共に撤退してきてほしい」
「それは構いませんが、何ゆえ敗北などという結果に……」
ユメシュは南門を攻めたアレクセイ、ケヴィン、ゲーリーが戦死したこととヴィゴールも瀕死の重態であることの2つを伝えた。
二人は信じられないという風な反応であったが、ユメシュの表情から嘘ではないことを察した。
そこへ南門を攻めた魔物たちがやって来た。
「ヴィゴールはすでに魔王城にて傷の手当てをしている。君たちも迅速に魔王城まで帰還してくれ」
「「……ハッ!」」
ユメシュは再び影の中へと消えて、ウラジミールとカトリオナは南門からやって来た生き残りの魔物たちを加え、オーク3千、コボルト4千、ゴブリン6千とを率いて魔王城へと撤退にかかった。
彼らの背後。沈みゆく太陽が静かに、ローカラトの町を橙色に照らしていた。
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