第34話 一つの冒険者ギルド

「兄さん、朝だよ!起きて!」


「もう朝か……」


 ふと窓の外を見ると朝日が眩しい。外の通りからは人々の賑わう声が聞こえてくる。


 寝たことで少しだけ体が軽くなったような気分だ。いくら軽くなったとはいえ、空も飛べそうなほど軽くなったわけではないが。


 俺はゆっくりと体を起こす。紗希は機嫌よくニコニコとしている。


「紗希、何か良いことでもあったのか?」


「ううん、特に何もないよ。しいて言うなら"日常”が帰って来たなぁって思ってさ」


「そうか」


 俺は紗希と一階へ降りた。机の上にはポタージュスープとパンが1つ置いてあった。


「これ、紗希が作ったのか?」


「うん、茉由ちゃんと作ったの」


 二人とも昨日あれだけ戦ったのに元気なことだな……。俺なんて年のせいか腰が痛い。


「紗希、傷とかは残ってないよな?」


 乙女に傷がつくようにあってはならない。きちんと確認しておいた方が良いだろう。昨日、至近距離で爆裂魔法をくらっていたしな。


「火傷とかの跡は残らなかったよ」


「そうか、それなら良かった」


 もし、火傷跡とか消えないようであれば、バーナードさんを闇討ちにでもしていたところだ。……出来るかはさておき。


「いただきます」


 俺はポタージュを音を立てないよう配慮しながらすすった。


「そういえば、茉由ちゃんはどこへ行ったんだ?」


 俺が尋ねると紗希は笑みが口角に浮かんでいた。


「寛之先輩のところに行ったよ」


 どうやらポタージュスープを作ってから寛之の所へ行ったとのことだった。


 でも、寛之のやつ鈍いからな。茉由ちゃんの好意に気付くかどうかだな。


「ホント、若いなぁ」


「……兄さん、何才だっけ?」


「16だ」


「じゃあ、そんなセリフはあと40年くらいしてから言えばいいのに」


 こうして紗希と話していると『日常』って感じが漂うな。


「兄さん、あと1時間くらいしたらギルドに行こっか」


「そうするか」


 俺はポタージュスープを飲み干して皿に残っているスープをパンに絡めて食べる。これが美味いのなんの。


 それから俺は紗希と一緒に食器を片付けて、服を着替えた。


「紗希、行くか」


「うん」


 俺たちは街ゆく人々の中に紛れてギルドを目指した。ギルドへ行く途中、市場から良いにおいがして、紗希が食べたそうにそれを眺めたりと楽しかった。


「あら、紗希に直哉。二人とも昨日はお疲れ様。二人ともこれからギルドに行くのかしら?」


 市場を歩いているとミレーヌさんに出会った。彼女の銀色の髪は朝の光を浴びてつややかに輝いている。


「はい、そうです。ミレーヌさんは買い物ですか?」


「ええ、祝勝会で使う食材の調達をしてるのよ」


 そういえば、昨日ウィルフレッドさんが今日、祝勝会をするって言ってたな。


「祝勝会、楽しみにしてます」


「ええ、楽しみにしていて頂戴。ラウラと腕によりをかけて料理を作るから」


 俺と紗希はミレーヌさんの買い物の邪魔になってはいけないのですぐに別れを告げてその場を後にした。


 俺たちがギルドの前に到着するとラウラさんがギルドの前を掃除していた。


「ラウラさん、おはようございます」


「あら、おはよう。二人とも体の方は大丈夫?」


 ラウラさんに体の心配をされたが、「大丈夫だ」と答えた。その後は他愛もない話をした。


「二人も中に入って頂戴。マスターが中で待っているわ」


 ラウラさんに促されて俺たちは中に入った。


 中に入るといつものギルドの風景が広がっていた。その奥の机ではウィルフレッドさんが背中を直立させて座っていた。そして、その前に洋介と武淵先輩が座っている。


「来たか」


「おはようございます、ウィルフレッドさん」


 そして、話と言うのは寛之と茉由ちゃんが来てからとのことだった。


 それから10分ほどして二人がやって来た。


 俺たち6人が揃うとウィルフレッドさんと一緒に地下のウィルフレッドさんの部屋に移動して話が行われた。


「君たちが探している聖美という少女の行方が少しだけ掴めたのだ」


 俺たちは固唾を呑んでウィルフレッドさんの話の続きを待った。


「このスカートリア王国の王都のはずれにある暗殺者ギルドに4週間前にそれらしき少女が運び込まれたことが確認された。そして、4週間前と言えば、寛之、洋介、夏海の三人を私が保護した日に当たる」


 それを聞いた茉由ちゃんが何故呉宮さんだと分かったのかとウィルフレッドさんに問うと、貴族の服装とも異なる上質な生地の服を着ていたのだという。


 それを聞くと、ますます呉宮さんの線が濃くなってきた。


「だが、早まらないでほしい。暗殺者ギルドは強者揃いだ。、君らが行っても犬死するだけだ」


 ……今ってことはきちんと力をつければ助けられるということなのだろうか?


「そんなに暗殺者ギルドっていうのは強いのか?」


 洋介が俺も疑問に思っていたことをウィルフレッドさんに質問した。


「ああ、強い。私ほどではないがな。把握しているだけで強いのは6人いる」


 一人目はマスターであるユメシュ。闇の魔術の使い手の男。そして、俺がトラックに撥ねられた日の夜に病院に現れた影だ。


 二人目は暗殺者の中では最強と謳われている男、ギケイ。ゴールドランクの冒険者と真正面から渡り合って斬り伏せたほどの実力者らしい。


 あとの4人は名前こそ知られていないが、実力はバーナードさんよりも上だとウィルフレッドさんは言っていた。


「……とまあ、こんな感じだ。お前らにはもっと強くなってもらわないといけない」


 俺たちは身震いした。そんなに強いやつと戦わないと呉宮さんを助けられないのか……!


「だが、安心してほしい。お前たちが勝ってくれたおかげで戦力が増えるからな」


 ウィルフレッドさんの一言を聞いて俺は納得した。


 ギルドが統一されるということはバーナードさんたちもこちらのギルドに加わるという事だからだ。それは心強い。


「よし、お前たちのおかげで儲かった金の一部で祝勝会だ。ほら、上へ戻るぞ!」


 ……儲けたってどういう事!?何したの!?ウィルフレッドさん!


 俺たちが一階に戻るとロベルトさんやシャロンさんは酒を飲み始めていた。


「主役が戻ってきよったぞ!」


「お疲れ~!」


 ロベルトさんやシャロンさんは酒を飲んでいることもあって上機嫌だ。


「皆さん、昨日はお疲れ様ッス」


「お疲れ様!」


 ディーンとエレナちゃんは俺たちを見つけると走り寄って来た。


「二人も昨日はお疲れ様!」


 紗希は嬉しそうに二人と話をしている。


 そして、俺はいつの間にかボッチになっていた。


 洋介と武淵先輩は高身長の人と話をしているし、寛之と茉由ちゃんはロベルトさんとシャロンさんと同じ机に座って飲み物を飲みながら話をしている。


「どうしよ……」


 俺は孤独に呟いた。ウィルフレッドさんは奥でミレーヌさんやラウラさんと話をしているし……。


 俺がどこのグループに入ろうか迷っていると急に後ろから誰かに抱き着かれた。背中に柔らかい感触がする。誰だろうと思って首を右後ろへ向けると顔の目の前に黄緑色スプリンググリーンの髪に明るい緑みの青ターコイズブルーの瞳をした童顔の女性がいた。


「あなたが直哉ですね!バーナードを倒したっていう、あの!」


 誰だろう?この人。どこかで会った事とかあったけ?でも、この声は聞いたことがあるような気がする。


「えっと……どちら様でしょうか?」


「そうですね、名乗るのも忘れて失礼をいたしました。ワタクシはセーラと申します」


 セーラ……どこかで聞いたことのある名前だな……あっ!思い出した!


「セーラさんってあの実況してた方……ですよね!?」


「はい、そうですよ」


 道理で声を聞いたことがあるように感じたわけか。納得、納得。


「どうです?ご一緒に」


「あー、じゃあお願いします」


 俺とセーラさんは同じ机に座って食事をした。この時思ったのだが、所作が丁寧なのだ。


「セーラさん、どこかのご令嬢だったりするんですか?」


「ええ、これでも元王国騎士団に所属していましたから」


 何で、騎士団をやめたんだろう?気にはなるが、あまり深く突っ込まない方が良さそうだ。


「そうだったんですね。今は何でも屋をやってるんでしたっけ?」


「ええ。私と従業員の二人だけですよ」


 従業員っていうのはミロシュさんの事だな。でも、ミロシュさんって、ここ最近見かけないな……どうかしたんだろうか?


「その従業員の方はここには連れて来ていないのですか?」


 何か知ってるのかも、と思いセーラさんにミロシュさんのことを尋ねてみる。


「彼は仕事で遠方に行ってますからここには連れて来てはいませんわ」


「そうなんですね」


「あと、最後の一撃かっこよかったですよ!」


「あ、ありがとうございます」


 そういえば、さっきのウィルフレッドさんが儲けたって言ってたの何だったんだろう?


「そう言えば、この祝勝会。ウィルフレッドさんがぼろ儲けしたお金で開かれてるんですよ」


「そうなんですか。それで儲けたっていうのは一体どうやって?」


「そうですね……」


 セーラさんが話してくれた内容をまとめるとこうだ。


 昨日の朝、賭け事があったらしい。


「俺はバーナードの方に小銀貨3枚!」(日本円に換算すると三千円)


「俺は直哉の方に大銀貨1枚!」(日本円に換算すると一万円)


 と言った感じのよく見るやつだ。それにウィルフレッドさん"たち”も参加したらしい。


 結果として大金貨9枚と小金貨8枚分の金額が集まったらしい。


 こんな賭けに乗ったのは懐の温かい冒険者やたまたま滞在していた貴族、商人たち。合わせて210名。


 バーナード側に賭けたのが203名。そして、俺たちに賭けたのが7人だけ。ウィルフレッドさん、ミレーヌさん、ラウラさん、ロベルトさん、シャロンさん、ジョシュアさん、宿屋のおじさんだ。


 これらを7人で山分けしたらしい。


 一人につき大金貨1枚と小金貨4枚になる。(日本円に換算すると140万円になる)


 なるほど、それだけ金が入れば祝勝会をする余裕も出てくるわけだ。


 俺はセーラさんと他愛もない話をして祝勝会は終わりを迎えた。


 その後、ウィルフレッドさんとバーナードさんはローカラト辺境伯の元へと召喚され、正式に冒険者ギルドは1つになった。


 そして、バーナードさんはマスター補佐の役職を与えられた。そして、元バーナードさんのギルドの冒険者240名を加えて、ウィルフレッドさんのギルドは250名を超える大所帯となったのである。


 こうして、俺たちの新たな物語が紡がれていくことになるのである。


   第2章 ギルド統一編 ~完~

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