第5話 思い出とケンカ

「寛之、もしかして茉由ちゃんと何かあったのか?」


「ああ、まあな。……少し話が長くなるがいいか?」


 俺、洋介、武淵先輩の三人は黙って頷いた。


 ~~~~~~~~~~


 僕は昨日、祭りに皆を誘っておいて一番暇そうにしてたんだ。そこへ茉由ちゃんがやって来た。


「守能先輩は屋台回らないんですか?」


「……どれから回ろうか決められなくてさ。どれかオススメとかあったりするのか?」


 事前に配られた屋台の場所が描かれている紙を茉由ちゃんに見せる。


「それじゃあ、先輩。屋台、一緒に回りませんか?」


「……別に僕は構わないけど、紗希ちゃんと回らなくてもいいの?」


 茉由ちゃんは何故僕に声をかけてきたんだろうか?紗希ちゃんと回ればいいじゃないか。


「紗希ちゃんがお兄さんが来るまで屋台を回るわけにはいかないって言い張ってて」


「……さすがのブラコンっぷりだな」


 ……もう随分と見慣れたものだが。


「それで待ちきれなかった私は、ちょうど暇そうにしている守能先輩に声をかけたというわけです」


 ……なるほどな。茉由ちゃんは早く屋台を回りたい。けど、一緒に回る予定の紗希ちゃんは直哉を待つからすぐには回れない。だから、暇そうにしている僕に声をかけたというわけか。


「先輩?ボーッとしてどうかしたんですか?」


「……いや、何でもない」


「それじゃあ、早く行きましょう!」


 茉由ちゃんはそう言って駆け出していく。


「先輩!早く!早く!」


「……分かった。行こうか」


 僕は彼女に遅れないように歩き出した。


 ~~~~~~~~~~


「なんだ。ただの惚気のろけ話じゃないか。そういうの鬱陶うっとうしいから他所よそでやってくれ」


「……おいおい、直哉。人の話は最後まで聞くもんだぞ」


 ~~~~~~~~~~


 僕と茉由ちゃんは、最初に焼きとうもろこしの屋台に行った。


「あまじょっぱくて美味しい~♪」


 茉由ちゃんは左手を頬に当てながらそんな事を言っている。茉由ちゃんって、本当に美味しそうに食べるな……。


「……それは良かったな」


「先輩は買わなくて良かったんですか?」


「僕はそこまで食べたいわけじゃ……」


 その時、が僕の視界に入った。


「先輩?どうかしたんですか?」


「ちょっと買ってくる!」


 僕は大好物である唐揚げを買うために走った。


 そして、唐揚げを買って茉由ちゃんのところへ戻ると。


「先輩って揚げ物好きなんですか?」


「……体型見りゃ分かるだろ」


 そう。僕はお腹まわりにが豊富なのだ。そろそろ痩せないといけないのは頭では分かっているが。そして、唐揚げを食べながら歩いていると。


「先輩、あそこに焼き鳥とかありますけど……」


 焼き鳥という言葉を聞いた途端に僕はもう走り出していた。


 もちろん、焼き鳥を買うまでに唐揚げをすべて食べきった。そして、焼き鳥を買って戻るとなぜか頬を膨らませた茉由ちゃんがいた。


「……どうかした?」


「私、まだ焼きとうもろこししか食べれてないんですけど」


「……ごめん」


 ……しまった。つい好物が目に入ると周りがみえなくなるんだよな。


「もう、いいですよ。それじゃあ、次はフランクフルトの所に行きませんか?」


「……場所は!?」


「えっと突き当たりを右に行ってすぐの……」


 その時には、僕はフランクフルトを買って食べるために走り出していたんだ。……茉由ちゃんを残したまま。


 ~~~~~~~~~~


「お前……とんだクズだな。今に始まったことじゃないけどさ」


「……直哉にだけは言われたくないな。まあ、続きを聞いてくれ」


 ~~~~~~~~~~


 僕がフランクフルトを買って後ろを振り返ると茉由ちゃんがいた。


「……守能先輩」


「……な、なんでしょうか……?」


 茉由ちゃんの笑みはとするようなものだった。


「また私のこと置いてけぼりにして……!」


 僕は左手に持っているものを差し出した。


「……はい、これ」


「……先輩、私の分も買っててくれたんですか?」


 そう、僕は両手にフランクフルトを持ってる状態だ。茉由ちゃんの分も買っていたというわけだ。


「そりゃあ、まあ」


「あ、ありがとうございます」


 茉由ちゃんはそう言ってフランクフルトを受け取るなり、すぐに食べ始めた。熱かったのか「あふい……」などと言いながら口をはふはふとさせながら美味しそうに食べている。


「……茉由ちゃん。あっちの方で食べないか?」


 僕的には、人混みの中から抜け出して落ち着いてゆっくりと食べたい。


「いいですよ。それじゃあ、あっちで食べましょう」


 茉由ちゃんが移動し始めたので、僕は後ろに続いた。


 そのあと何とか人混みを抜けて僕と茉由ちゃんは参道の脇でフランクフルトを食べた。


「私、焼きそば食べたいです」


「それじゃあ、僕が買ってくるよ」


 僕が焼きそばを買いに行こうとしたまさにその時。


「あ!茉由ちゃん!こんなところにいたんだね!」


 紗希ちゃんが僕らの方へ駆け寄ってきた。


「紗希ちゃん!お兄さん来たの?」


「うん!さっき来たよ!」


「そうだったんだ!良かったね!」


「うん!」


 これ、僕はもうお役ごめんって感じだな。守能寛之はクールに去るぜ……。


「二人はこれからどの屋台に行くつもりだったの?」


「焼きそばのところだよ!」


「それじゃあ、ボクも一緒に行ってもいい?」


「もちろん!一緒に回ろ!」


 女子ってホントに元気だな……。何処どこから出てるんだ?あの高い声。


「守能先輩も一緒にどうですか?」


 そう言われて僕は一瞬戸惑った。


「え、僕も行っていいのか?」


「全然いいですよ」


 茉由ちゃんも紗希ちゃんも付いていってオッケーのようなので僕は二人と一緒に屋台を回ることになった。これが両手に花というやつか(違うけど)


 紗希ちゃんと合流してから焼きそばとたこ焼きを食べた。両方ともアツアツでおいしかった。しかし、ここで緊急事態が起こった。


「先輩?急に立ち止まってどうかしたんですか?」


「……くっ!我が腹に宿りし悪魔が……!」


「あ、トイレだったら行ってきてください。私たちここで待ってますから」


 茉由ちゃんに随分と冷たくあしらわれてしまった……!


「……分かった!感謝する……!」


 まあ、いいや。そう思って僕はトイレに駆け込んだ。


 それから10分ぐらいして二人のところへ戻ると、二人とも居なくなっていた。


「あれ?二人ともどこ行ったんだ……?」


 僕は辺りをキョロキョロと見回してみる。すると、こちらへ走って来る紗希ちゃんの姿が見えた。


「……先輩!守能先輩!」


 紗希ちゃんは酷く息を切らせていた。


「紗希ちゃん?どうかしたの?」


 僕が聞くと紗希ちゃんは呼吸を整えてからこう言った。「茉由ちゃんが居なくなっちゃったの!」と。


 ~~~~~~~~~~


「……というわけだ。僕があの時、腹を壊してなかったら茉由ちゃんは……!」


 俺たちはすでに昼食を食べ終えて寛之の話を静かに聞いていた。


「……思い上がるなよ、寛之」


 そこへ突然、洋介の低い声が俺たちを居すくめた。一気に場の緊張感が高まる。


「……おい、洋介。今何て言ったんだよ」


「聞こえなかったのか?『思い上がるな』と言ったんだ」


 ……ヤバいヤバいヤバい!これ、早く二人を止めないとヤヴァイやつだって!


「ちょっと二人とも一度落ち着いて……!」


 俺は止めようとした。しかし、二人には全く聞こえていない様子だった。武淵先輩にも止めて貰おうと思ったのだが、すでに俺たち4人の食器類をまとめて返却口へと運んでいた。どうしよう。俺一人で止めれるかな……。洋介は力が強いからな……!


「……洋介。僕にケンカを売っているのか?」


「お前みたいな雑魚ざこ相手に喧嘩は売らねぇよ」


「……!」


 ガタンという椅子が倒れる音と共に寛之から洋介へ右の拳が放たれる。


「危ないな。急に殴りかかってかかって来るんじゃねぇよ」


 そう言う洋介は寛之の右の拳を左手で危なげもなく受け止めていた。


「お返しだ!」


 洋介は右手で弧を描くようにして寛之の頬を殴った。いわゆる右フックというやつだ。それはボクシングに詳しくない俺でも知ってる。


 寛之は洋介の右フックをもろに受けて後ろのテーブル席に突っ込んだ。そこには誰もおらず、幸いにも俺たち以外の人は皆食べ終わっていて誰もいなかった。なので、巻き込まれた人は居なかった。でも、早く二人を止めないといけない。このままヒートアップすると二人とも大ケガをしてしまう!


「二人とも……」


 俺は二人に駆け寄ろうとした。その瞬間、後ろから誰かに腕を掴まれた。


「……武淵先輩?」


 後ろを振り返るとそこには武淵先輩がいた。


「大丈夫。止めに行かなくても大丈夫だから」


「いやいや、喧嘩ですよ!早く止めないと取り返しのつかないことに……!」


「そうかもしれないけど、ここは洋介を信じてあげてくれないかしら」


「でも……!」


 俺は言いかけたことを自分の中へと押し戻した。


「分かりました。ここは先輩の言うとおり、洋介を信じます」


 武淵先輩はそれを聞くと静かに頷いた。何より、洋介のことは俺よりも武淵先輩の方が詳しい。だから武淵先輩の言う事を信じることにしたのだ。


 それに俺は少し冷静さを欠いていたようだ。まず、洋介はわざわざ喧嘩を吹っ掛けたりするようなやつじゃないことは俺でも分かる。洋介が殴りあいの喧嘩するなんてことは今まで見たことがなかった。恐らくだが、この殴りあいには何らかのがあるんじゃないだろうか。そして、武淵先輩はそれを伝えたかったんじゃないかと思う。


「……っ!洋介……!」


 寛之は勇敢にも洋介に正面から突っ込んでいった。最初の方は勢いがあったのもあり、何発か洋介になんだかんだでダメージを着実に与えていた。


 しかし、洋介の肘打ちが寛之の鳩尾みぞおちに決まるとともに決着はついた。


 震えながら苦しそうにうずくまる寛之。洋介はそんな寛之のところへと歩いていき、こう言った。


「少しは気は晴れたか?」


「……ど、どういうことだ?」


 どういうことか分からず、寛之は唖然としていた。


「お前がうじうじと今さらどうにもならないことを言ってるからちょっとな。どうだ?スッキリしたか?」


「……確かにモヤモヤしてたのがスッキリしたけど、もうちょっと他のやり方なかったのか?結構痛かったんだが」


 どうやら洋介は寛之がうじうじとしているのに喝を入れたかったようだ。


「悪い悪い。俺バカだからな。そこまで考えてなかった」


「……僕より頭いいだろ」


「学校の成績はな」


 二人ともそう言って笑っていた。どうやら一件落着?のようだ。


「直哉!夏海姉さん!片付けるの手伝ってくれ!」


 洋介に俺と武淵先輩は呼ばれて片付けを手伝うことに。もうすぐで昼休みも終わってしまうので、倒れた椅子とか机を急いで元に戻して食堂を後にした。


―――――――――――


「俺、ちょっと紗希のところ行ってくる」


 俺はふと、紗希に伝える事を思い出した。


「どうしたんだ?何かあったのか?」


「ああ。洋介、今日の放課後に茉由ちゃんを探しに行くのに紗希も誘っちゃダメか?」


 そう、放課後の茉由ちゃんを探しに行くのに紗希を連れて行かない理由がない。


「良いに決まってるだろ。まあ、紗希ちゃんが良ければだけどな」


「分かった。それじゃあ、紗希にも話してくるよ。放課後急に言われても困るだろうから」


「ああ、分かった」


「それじゃあ、また放課後ね」


 洋介、武淵先輩、寛之の三人は階段を上がって教室へと戻っていく。て言うか、洋介と寛之の二人は保健室とか行かなくてもいいんだろうか?……殴り合いのケンカしたのに。


 ちなみに教室があるのは武淵先輩たち3年生が3階。俺たち2年生が2階。紗希や茉由ちゃんのいる1年生は1階だ。


「早く紗希のところに行かないとな」


 俺が走ろうとしたその瞬間とき、寛之に後ろから呼び止められた。


「……直哉!次は体育だから急げよ!」


「分かった!超特急で行ってくる!」


 寛之の忠告に感謝しながら、俺は紗希の教室に向かって走り出した。


 紗希のクラスは3組だ。廊下の一番奥にある。そのためほとんどの人が食堂には行かずに教室で食べているとこの前紗希が言っていた。


 とりあえず扉が空いていたので教室の中を覗いてみると、紗希は友達と談笑していた。


 その光景を眺めているとクラスメートたちが俺に気づいたようで少しざわつき始めた。紗希が気づくのも早かった。そして、こっちへと走ってやって来た。


「こんな時間にどうしたの?」


「いや、紗希に用があってな……」


『あれ、紗希の彼氏じゃない!?』


『この前彼氏が出来たって言ってたし!』


 外野がうるさいな……って、ちょっと待て。紗希にが出来た……だと……!


『あの人、この前彼氏の写真見せてくれって頼んだ時に紗希の写真に写ってた人だよ!』


『てことはあの人が紗希の彼氏!?』


「……紗希、これは一体……!」


 俺が問いつめようとした時。急に顔を真っ赤にした紗希に手を引っ張られた。


 そして、俺たちは昇降口まで移動した。


「紗希……?あれは何のことだ……?」


 俺が呼吸を整えながら、改めてあの教室でのことを聞いてみる。


「……それは、そのうち話すから」と言われた。まあ、話してくれるんだったら良いんだけど。……気になって仕方がないのだが。


「それより兄さん、どうして教室に来たの?」


「ああ、今日の放課後空いてるかどうかを聞こうと思ってな」


「放課後は特に何もないけど、何かあるの?」


 俺は少し、深呼吸をして呼吸を整える。


「武淵先輩の提案でもう一度、茉由ちゃんを探そうってことになったんだ」


 俺がそう言うと紗希は急に黙りこんでしまった。


「……嫌なら別に無理して来なくてもいいからな?」


「ううん!行くよ!」


 急に紗希が黙り込んだものだから、一瞬焦った。


「そ、そうか。じゃあ、帰りに昇降口で待っててくれ」


「うん、分かった。それじゃあ、ボクは教室に戻るね!」


 紗希は顔の横で手を振りながら、教室へと戻っていった。


 一方の俺は走って教室へ戻っていく紗希を静かに見送った。

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