第2話 お見舞いはラブコメのスパイス
「ここは……?」
俺が目を覚ますとそこはベッドの上。辺りを見回すと、そこは見慣れた景色。どうやら俺の部屋で間違いないようだ。
安心した俺はとりあえず深く息を吐きだした。
「ん?」
息を吐きだした時、右腕の辺りに白い何かが写った。
白い何か……包帯だ。右の前腕部に包帯が巻かれている。ああ、そうだ。俺は自転車で家に帰る途中頭痛がひどくなって、えっと、それから……ダメだ。覚えてない。
部屋の窓からは月光が差し込んでいるので夜だということはすぐに分かった。
俺は「時間なんてスマホつければすぐに分かる」などと普段から言っていたことを悔やんだ。
俺は視界の端に人の後頭部を捉えた。何だろうと思い、そちらを見る。そこには紗希がいた。驚くことに、ベッドにもたれかかるような状態ですやすやと眠っている。よくそんな体勢で眠れるものだと思った。まさかとは思うが、俺が目を覚まさない間もずっといてくれたのだろうか?
「ありがとな、紗希」
そう言って、俺は紗希の頭を軽く撫でる。紗希は何の取り柄もない俺にはホントにもったいないくらい出来た妹だ。そんな事を思いながら、俺は再び眠りについた。
再び目を覚ますと、すでに日が昇っていた。そこへコンコンとドアをノックする音が響く。そして、ドアを開けて入ってきたのは母だった。
「あら、目が覚めたのね!調子はどう?」
「たぶんもう大丈夫。それより心配かけてごめんな、母さん」
母さんは首を横に振ってこう言った。
「いいのよ全然。子供なんて親に迷惑かけてなんぼなんですからね。それよりも、もう少し寝ておいたらどうなのですか?」
「いや、もう十分寝たから大丈夫だ。あっ、そうだ!」
「あら、急に大声を出してどうしたの?」
俺が急に大声を出したので、どうやら母さんを少し驚かせてしまったようだ。
「今日って何日だっけ?」
「今日は7/6の土曜日よ。あと、学校には欠席の連絡入れておきましたよ」
……さすが、母は行動が速い。
「ありがとな、母さん」
「いいのよ全然。あと何か必要なものとかは有りますか?」
必要な物……あっ!
「スマホ!寛之たちから何か連絡が来てるかもしれない。母さん、俺のスマホってどこにある?」
「スマホですか?今そこの机の上にありますよ」
「じゃあ、それを持って来てくれないか?」
俺がそう言うと、母さんは俺の部屋にある机まで歩いていき、机の上に置かれているスマホを持ってきてくれた。
俺は「ありがとう」とお礼を言ってスマホを受け取った。
「いえいえ、怪我人を動かす訳にもいきませんからね。それじゃあ、私はお父さんと紗希に直哉が目を覚ましたことを伝えてきますからね」
母さんはそう言うと部屋を出ていった。俺はとりあえず、スマホを開く。スマホにはメッセージが13件と着信が3件来ていた。
寛之からメッセージ3件、着信1件か。どれも俺からの返事がないことを怪しんでいる感じだった。
『すまん、ケガして寝込んでたんだ。返事遅くなって悪かった』
返事を打って送信する。まだメッセージが10件と着信が2件残っている。俺の携帯に登録されている連絡先は家族以外には寛之と呉宮さんだけだ。まさか……
……予想通り。呉宮さんからメッセージ10件と着信が2件来ていた。メッセージの内容も……ん?最後のメッセージは今朝?内容は……?
『薪苗君、あの後怪我したの!?紗希ちゃんから聞いたよ!授業が終わったら皆でお見舞いに行くからね!』
「……マジか」
どうやら、皆来るらしい。今の時刻は10:30だ。土曜の授業が終わるのは12:30。それから、家に帰って昼食をとってから俺の家に来るのであれば恐らく14:00前には来るだろう。となると……。
「まずい!昼寝ができない!」
俺の昼食後の楽しみでもある昼寝ができない!これは死活問題である!
結論:今から寝ることで昼寝の時間を前倒しする!
そうと決まれば寝ることにしよう!そうしよう!そうしよう!
「直哉!まだ起きてるか?」
部屋をノックする音と共に親父の大声が部屋中に響く。寝ているフリでもしようかと思ったが、やはりそうするわけにもいかないわけで。
「まだ起きてるぞー!」
俺は親父に負けないくらい大きな声で返事をする。
「んじゃあ、入るぞ!」
そう言って親父が勢いよく扉を開けて入ってきた。
「直哉、もう体は大丈夫なのか?」
「今のところはな。それで、今からもう一度寝ようとしていたところだ」
俺がそう言うと、親父は胸を撫でおろした風だった。
「そうか、それなら良いんだ。あっ、ちゃんと安静にしておけよ!」
「もちろんだ。心配かけたな、親父」
俺が言葉を聞いて、親父は豪快に笑った。
「本当に心配したぞ。でも、一番心配してたのは紗希だがな。それに、倒れてるお前を見つけたのも紗希だ。後でちゃんとお礼言っとけよ」
「ああ、分かった」
それから親父は静かに頷いてから部屋を出ていった。
……さて、寝るか。
横になって目を閉じる。かなり寝たつもりだったのだが、不思議とあっという間に眠りに墜ちた。
一体どれくらいの時間が経ったのだろうか。何やら周囲が騒がしい気がする。俺はなんだろう?と思い、目を開けてみる。
「あっ!兄さん、やっと起きた!」
「……やっと起きたか」
「えとえと……薪苗君!目が覚めたんだね!よっ良がった~!」
「お姉ちゃん泣かないの!少し落ち着いてよ……」
そこにいたのは手前から見て紗希、寛之、呉宮さん。そして、呉宮さんの妹の茉由ちゃんだ。
俺はふざけ半分でもう一度寝ようとしたのだが、紗希に全力で阻止されてしまった。
とりあえず枕元に置きっぱなしのスマホをつけてみると、時刻は17:00になっていた。いつの間にか夕方だと!?ちょっとだけ寝るつもりだったんだが、予想以上に寝てしまっていたようだ。
「兄さん、一回寝たら6時間は起きないからね……」
えっ?そうなの?ていうか何故か紗希の方が俺のことをよくわかっている気がするんだが。
そういえば、皆まだ制服だ。今気付いた。
「皆、学校終わってそのまま来たのか?」
「うん、そうだよ!」
俺の問いに対して呉宮さんが間髪入れずに答えた。
「……あと、これは先生から預かってきた宿題と配布物だ」
そう言って寛之から渡されたものは……ほとんど月曜日提出の課題だと!?
全く、怪我人にも容赦のない学校である。まあ、怪我といっても元々大した怪我でもないし、ほとんど治ってはいるんだが。
「そういえば、茉由ちゃんも来てたんだな」
「そうだよ。私が薪苗君のお見舞いに行くって言ったらついてきちゃって……。」
呉宮さんは呆れたようにため息をついている。
「だって、お姉ちゃんったら『放課後薪苗君の家に行ってくるね♪』なんて言うもんだから、何となく危なっかしくて一人じゃ行かせられないよ」
「えっ!?私、そんな感じだったの!?」
どうやら一切の自覚がなかったようだ。呉宮さんは目を見開いていて、本当に驚いている様子だ。
「そうだよ。上機嫌で鼻歌何か歌っちゃってさ。大体、普段から私には薪苗先輩の話かアニメの話しかしないし」
「ちょっと、茉由!それ以上は言っちゃダメ!!」
呉宮さんは顔を耳まで赤くして、これ以上喋らせまいと茉由ちゃんの口を両手で塞いでいた。茉由ちゃんは口を塞がれて呼吸がしづらいのか必死の抵抗をしていた。呉宮さんもやり過ぎたと思ったのか急いで手を離す。
「ごめん、茉由!大丈夫!?」
「……大丈夫だよ、お姉ちゃん」
「良かった……」
呉宮さんが茉由ちゃんの背中を優しくさすっている。俺もあんな風に……じゃなくて!
「私の方こそごめん。お姉ちゃんの気持ちも考えないで……やっぱりこういう事って自分の口で……」
「わー!ほら、その事はもういいから気分転換に外でも行こう!ね?」
「あ、うん。分かった!」
何か無理やり会話を捻じ曲げたような気もするが……しかし、どうやら一件落着のようだ。
「そういえば薪苗君。何か必要なものってあるかな?」
「呉宮さん?急にどうしたの?」
……随分唐突だな。一体どうしたというのだろうか。
「まあまあ。それより聞いたことに答えてよ」
「了解。必要なものか……強いて言えば昨日発売されたラノベの最新巻かな。昨日買いに行きそびれたからさ」
「あー、あれだね!分かった!今から茉由と買いに行ってくるね!」
「あ、うん。ありがとう」
……って、えっ?今から買いに行くの?
「ほらっ、茉由も行くよ!」
「えっ……!ちょっと、お姉ちゃん……!」
呉宮さんは茉由ちゃんを拉致して足早に部屋を出ていった。呉宮さん急にどうしたんだろう……?
「兄さん、そういえば弥城先輩と武淵先輩も来てたよ」
呉宮さんが部屋を出ていってすぐ紗希が俺に話しかけてきた。
「"来てた”ってことはもう帰ったのか」
俺が尋ねると紗希は首を縦に振った。
「うん、兄さんが起きる少し前に帰ったよ」
「そっか……二人には後でお礼言っとかないとな」
「そうだね。それじゃ、ボクは皆の分の飲み物入れてくるね」
紗希は小走りで台所へと向かっていった。そして、俺と寛之だけが部屋に残る形となった。俺的には全く嬉しくないシチュエーションである。
「……そういえば紗希ちゃんって一人称“ボク”なんだな」
「そうだ。昔は"私"だったのに、いつの間にかそうなってたんだよ。まあ、ボクっ子の妹ってのもも悪くないなぁって思ってたりするんだが」
「……なんだそれ。まあ、直哉らしいと言えば直哉らしいが。そういえば、明日の夏祭りに呉宮さんは誘ったのか?」
「あ、そういえば誘ってないな」
……しまった。すっかり忘れていた。
「……戻ってきたときにでも誘ってみたらどうだ?」
「それじゃあ、そうするか」
「……んじゃ、僕は帰るよ。あまり長居しても迷惑だろうからな」
「おう、それじゃあな」
寛之はそう言って帰ろうと立ち上がった。そして、突然ドアの前で立ち止まった。
「明日は夏祭りの会場の神社の一番手前の鳥居のところに18時集合だ。今日の朝に洋介と武淵先輩の二人と話した時に決まった。すまない、伝えるのが遅くなった。」
「了解。それじゃあ、今度こそまた明日な」
寛之は小さく頷き去っていった。それから少しして、紗希がお茶を入れて戻って来た。
「守能先輩帰るんだね。さっき廊下で会ったよ」
「ああ。長居しても迷惑だからってさ」
「そうだったんだね。はい、お茶」
俺は紗希から差し出されたお茶を受け取る。
「ありがとう。そういえば今日は剣術の稽古はしないのか?」
剣術の稽古は俺の家の道場で行われている。親父が剣術の道場を営んでいるのだ。
「ううん、するよ。お父さんが18:00からするって」
俺は手元にあるスマホをつける。表示された時刻は17:50。
「今は17:50だからあと10分で始まるじゃないか!」
「うん。だから、急がないといけないんだけど、兄さんにお茶だけ渡しておこうと思って。あと、晩御飯は20:30位になると思うってお母さんが言ってたよ」
……なんて、出来た妹なんだ……!こんな妹、リアルでは二人と居まい!
「そうか。わざわざありがとな。紗希、稽古頑張ってな!」
「うん!それじゃあ、行ってくるね!」
紗希はニコニコと笑いながら手を振って部屋を出ていった。
「さて、今のうちにゲームのログインボーナス貰っておくか」
俺はスマホゲームのログインボーナスを回収するためにゲームを始める。やっぱりゲームをしてる時間は楽しいものだ。時間を忘れられる。
そうして俺はゲームに没頭していた。ゲームをしている間にも時間はあっという間に過ぎる。
「もう18:30か。割と時間経つの早かったな」
呉宮さんと茉由ちゃん、遅いな。心配だ。道中何かあったのかもしれない。そう思ってメッセージを確認すると30分前にメッセージが来ていた。通知を切っていたから気付かなかった。
『無事頼まれたのは買えたよ!とりあえず一度家に戻ってから行くね。』
……良かった。何か事件に巻き込まれたりした訳ではないようだ。最近は何かと物騒だ。近所で変死体が4つも発見されたりしてるし。
「とりあえず、呉宮さんが来るまでゲームでもして待っておこう」
また俺はゲームを再開した。それから十分ほどして。
「こんばんはー!」
玄関の方から声がする。それから、母さんの声もだ。階段を上がってくる足音。そして、コンコンとドアをノックする音。
「薪苗君?入るよ?」
そう言ってから、
「薪苗君?あんまり見られると恥ずかしいんだけど……」
「あ、ごめん。つい見とれちゃってさ」
俺がそう言うと呉宮さんは顔を真っ赤にしていた。
しばらく沈黙が続き、呉宮さんが口を開いた。
「ごめんね。茉由が家に帰るって言い出したから、一度家に戻って来たから遅くなっちゃった」
「それくらい全然いいよ。それよりわざわざありがとう。『ラノベ買ってきて』何て変なこと頼んじゃって」
「全然!何かいるものはあるか聞いたのは私の方だし!……はい、これ!」
パタパタと顔の前で手を振っていた呉宮さんから本を手渡された。
「あっ頼んでたラノベ!ありがとう!」
すげえ、実は昨日最新巻が出たのは二つあったのに俺が欲しい方を買ってくるなんて!まるで俺の心を読んでいたみたいだ!
「どういたしまして。そういえば薪苗君ってホントにそのシリーズ好きだよね」
「そうだな、初めて読んだのがこれの1巻だったから」
「そうなんだね。私2巻目まで読んでそれから読んでないんだよね……。正直に言っちゃうと、私的にはそこまで面白くはなかったんだよね……」
「なんですと!これは結構面白いですぞ!」
「薪苗君!何か口調変わってるよ!?」
この後、俺は呉宮さんにその面白さを熱く語った。語っている間にも時間はあっという間に過ぎていく。そして、時間を確認すると20時を今にも過ぎようとしていた。
「もうこんな時間!ほんとに長居しちゃってごめんね!」
「こっちこそ何か一方的に熱く語っちゃって……ごめん」
「全然大丈夫だよ!私も聞いてて楽しかったし!それじゃあ、明後日また学校でね!」
呉宮さんが部屋を出ようとする瞬間。
「呉宮さん」
俺は呉宮さんを優しく呼び止めた。
「薪苗君?どうしたの?」
「あ、急に呼び止めてごめん。明日予定とかって空いてる?」
「うん。明日は何も予定とか入ってないよ。明日がどうかしたの?」
「夏祭り。神社で明日やるって」
「あ、そういえばそうだね。すっかり忘れてたよ。それで夏祭りがどうかしたの?」
「その……えっと……」
……いざ、誘うってなるとやっぱり緊張するな……。
「良いから言ってみて。別に薪苗君が何言っても私は別に怒ったりしないよ?」
俺は呉宮さんにそう言ってもらって安心した。大きく息を吸って、吐く。
「……良かったら夏祭り、一緒に行かない?」
「……え?」
突然のことに驚いたのか、キョトンとする呉宮さん。そして、一時停止ののち突如としてアワアワと慌て始める。
「い、一緒にってことは“私と”夏祭り行くってことだよね!?」
「そうだけど……」
何か呉宮さんが慌てすぎてワケわからんことになってる!?
「私は全然いいけど、薪苗君はそ、それで良いの?」
「良いに決まってるでしょ。じゃなかったら、何で誘ったんだよ!って話になるだろ?それに、呉宮さんと話してると楽しいし」
「た、楽しい……?私と話してるのが……?」
「そりゃあ、もちろん」
それに、楽しくなかったら誘ったりなんかしないし。呉宮さんはと言えば、頬を真っ赤に染めて左右の人差し指を突き合わせていた。
「あと、集合場所と時間なんだけど……18時に夏祭りの会場の神社の一番手前の鳥居の前に集合で大丈夫?」
「うん!大丈夫だよ!18時に神社の一番手前の鳥居の前に集合だね!じゃあ、また明日!」
そう言った後。上機嫌で嬉しそうに帰ろうとする呉宮さんを俺は再び呼び止める。
「明日の夏祭りには茉由ちゃんも連れてきたらどうかな?皆も来るし」
「……皆?他にも誰か来るの……?」
「紗希、寛之、洋介と武淵先輩の4人が来るよ」
「そ、そうなんだね……分かった……」
そう言って、呉宮さんはトボトボと落ち込んだ様子で帰っていった。
俺が鈍感主人公みたいなことをやってしまったと気づいたのは随分後の事だった。
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