81話目 和解への道

 こちらの内臓をビリビリと震わせながら重低音が言った。


「カツオばっかりかよ」


 唐突であったことと、音が低かったこともあり、言葉の全貌を捉えることができなかった。

 カツオ、という単語だけはかろうじて聞き取ることができた。


「四天王のカツオを殺して喰ったことを怒ってるの?」


 俺は隣のケルベロスに聞いた。


「いや、そういうわけではないらしい」


 丘の頂上で、体長5メートルはあろうかという巨大マグロがこちらを見下ろし、さらに口を開く。


「マグロももっと食えよ。マグロは唐揚げもイケるで」


 今度は構えていたので、マグロ大王の言葉を聞き取ることができた。しかし、その意図が分からなかった。


「わたしは好きだし、食べてるよ。マグロ」


 秋山さんが、だらりと垂らした右手に日本刀を携えて、俺の横に並んだ。


「美味しいよねー」


 意外なことに、マグロ大王は、自らマグロの美味を称賛しているのだった。


「うん。美味しい。今すぐ、食べちゃいたいくらい」


 秋山さんの目つきが妖しくなっていく。


「オレも、オレ食いてぇ~」


 マグロ大王は、慌てる様子もなく、まったくの自然体でそう言った。


「じゃあ、食べさせてあげるよ」


 そう言って、秋山さんが前傾姿勢を取り、走り出そうとしたときだった。


「人間マグロ食いすぎやねん! このままやとおらんくなるねん! まったく、かなわんわー!」


 重低音が、これまで以上のボリュームで鳴り響いた。危険を感じたのか、秋山さんは体重を後ろへ移し、守りの姿勢を取った。


「なんか、マグロ大王、情緒不安定じゃない?」


 隣の秋山さんに同意を求めるように聞いた。


「わたしは、マグロの情緒には興味ない。身にしか興味ないから」


 かくして、同意は得られなかった。


 ペーターもアーツも、戦いの構えを取り、ケルベロスも静かに、その頭を低くした。みんな、やる気だ。


 しかし、俺はここで考えていた。なんのためにマグロ大王を追ってきたのか。それは、この戦争を終らせるためであって、マグロ大王を殺すためではない。

 結果的に殺す必要は出てくるかもしれないが、殺すこと自体が目的ではなかったはずだ。秋山さん以外は。


「待ってくれ。俺に、少し話をさせてくれ」


 手でみんなを制してそう言うと、みんなの視線がこちらに集まり、同意を示すうなずきが続いた。


「マグロ大王! 俺が売子木きしゃのきだ! 今回の戦争のきっかけとなった人間だ。この戦争を終わらせたいと思っている」


 マグロ大王は、巨大な目でギョロリとこちらを見た。


「るぅぅらぁくてんすっぱぁぁせぇぇぇいいるるぅぅぅ!!!」


「え、今なんて言ったの?」


 周りのみんなに問うが、一様に頭を振るばかり。誰も言葉を聞き取れなかったようだ。


「もう一度言う。この戦争を終わらせたいんだ。話し合えないか」

「戦争を終えたら、どうなんねん?」


 今度は会話が成立した。


「どうなるって、それは、今まで通り平和に――」

「平和に、人間が魚介星人を喰い続ける日々が続くんか? 我々の平和はどこにあんねん? 戦争を終えることでウチらが得られるものはなんや?」


「共存だよ」

「るぅぅらぁくてんすっぱぁぁせぇぇぇいいるるぅぅぅ!!!」


「だから、それなに?」

「共存やと!? 笑わせんなや。怒りで赤身が余計に赤くなってまうわ。ついでに、トロからは血の気が引いて、白さアップやで!!」


「たまんねえ」


 興奮したのか、秋山さんがよだれを垂らしながら言ったのを、俺は聞き逃さなかった。


「あんたの赤白はいいとして、地球人と魚介星人は、よりよい共存ができると思うんだ」

「どんな共存が可能か言うてみいや。ええか? 共存言うからには、魚介星人から見ても、人間が役立つ存在にならなあかん。ちょっと餌やるとか、養殖するのは共存とは言わんで。お前ら人間は、ウチらになにを提供してくれんねん!」


 出まかせで共存とか言ってみたはいいものの、どうしよう。

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 なにが提供できる? どんな共存を提案する?

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